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10.彼女が愛した男
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「退職した方がいいんじゃない?」
一か月の謹慎を終え、明日から出社するというきらりに、言った。
きらりは、梓を苦しめる。
名ばかりの謹慎中、きらりからの連絡はなかった。
静かすぎて気味が悪かったが、俺にはありがたかった。
ずっと、梓のことだけを考えていられたから。見つめていられたから。
きらりとのことはすべて悪い夢で、梓の仕事が忙しくて会えないだけで、婚約は続いているんじゃないか。そんな風にさえ思えた。
両家の顔合わせ以来ご無沙汰してしまっているからと、両家にそれぞれお菓子を送った。俺の実家には、梓の名前で。
俺の両親は梓の気遣いに喜んでいた。
梓の両親も喜んでくれただろうか?
東雲皇丞が梓の両親のことで何か言っていたが、よく覚えていない。
その平穏も今日で終わりだと思うと残念で、同時に梓がきらりのせいで大好きな仕事に支障にきたすのは見過ごせないと思った。
梓は俺が守る。
そうしていたら、きっと梓は俺を許してくれる。
「どうして?」
きらりは首を傾げた。
艶のある髪は、恐らくつい最近美容室に行ったのだろう。根元から毛先まで均一に同じ色。
服も、見たことのないワンピース。
いや、服はいつも見たことのないものを着てるよな……。
見たことがあっても覚えていないのか、本当にいつも見たことのないものを着ているのかは、どうでもいい。
梓なら、覚えている。
あのニットが可愛かった、あのワンピースは色っぽかった、あの靴は俺と背が並んでしまうからあまり履いてほしくない。
梓のことなら、覚えている。
オレンジジュースを前に腕を組み、その腕をテーブルにのせて俺を見る彼女に、努めて冷静に、穏やかに言った。
「どうせもうすぐ産休に入るんだから、戻る必要――」
「――私が木曽根梓に何かするんじゃないかって心配?」
「違うよ。俺が心配なのはきらりの身体で――」
「――ね、久しぶりにシよ?」
グイッと身を乗り出したきらりの胸元が大きく開き、谷間が見えた。
「妊娠中は――」
「――浮気してるの?」
「してないよ」
「どうだか?」
疲れる。
梓はこんな風に試すようなこと、言わなかった。
梓が試したくなるようなことを、俺はしなかった。
「安定期に入ったから、シていいんだって」
「それでも――」
「――シたくないの? やっぱり浮気してるんだ」
お腹に子供がいるのに、シたいシたくないの話をしている彼女が、酷く汚らわしく思える。
「心配してるんだよ」
「ふ~ん」
「それより、仕事――」
「――辞めないよ」
「でも――」
「――このまま辞めてたまるか」
「……」
それが本音か。
ひと月経って落ち着いたかと思ったが、甘かったようだ。
頬杖をつき、見るからにベタベタした唇をひん曲げて鼻息荒く、壁を睨みつける目の前の女が母親になることに、ゾッとする。
何をする気か。
「子供の性別ってわかった?」
「まだ」
「そっか」
「次の健診、ついて行ってもいいかな」
「だめ」
「どうして?」
「恥ずかしいから」
なにが恥ずかしいのだろう。
妊娠がわかってから何度も、病院に付き添いたいと言っては断られている。
どこの病院に通っているのかも教えてもらえない。出産予定日も『春くらい?』としか聞いていない。
それに、宇梶が言っていた、きらりが酒を飲んでいた件。
きらりに確かめようかと思って、やめた。
聞いたところで意味はない。
きらりなら『一杯くらいいいじゃない』とか言いそうだ。
そして、それは、妊娠していない証拠にはならない。
もう、三流映画にもならない。
俺はすっかり冷めたキャラメルラテを飲み干した。
「シようか」
「……え?」
きらりが、大きな目をさらに大きく見開いて俺を見る。
「シてもいいんだろう?」
「そうだけど」
「シたいよ、俺も。もうずっとシてないから」
「ホント?」
「うん。明日は仕事だから、泊まれないけど」
「うん!」
そんなにセックスがしたいか?
俺と?
誰とでも?
思いっきり激しく突いたら、流れないだろうか。
そんな恐ろしいことを考える自分は、きっともう梓には相応しくない。
それでも、子供がいなければ、やり直せるんじゃないかと思ってしまう。
そんな期待がなければ、日々をやり過ごせないほど、俺の頭の中は梓でいっぱいだ。
顔を……見る気分じゃないな。
今日は後ろから思いっきり突いて、突いて、突きまくってやろう。
目を閉じて、耳を塞いで、梓の声を思い浮かべながら。
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