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10.彼女が愛した男
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しおりを挟む目が覚めて青ざめる俺に、きらりが言った。
この時、俺はなぜかちっぽけな働き蜂の自分が、まるで鷹か鷲のような大きくて強い鳥になった気がした。
『安心して? 梓先輩には秘密にするから。だから、ね? またシよ?』
甘すぎる香りは、毒だ。
俺は、梓には決してできないセックスを、きらりとした。
激しく、乱暴に、痛めつけるように。
ねじ伏せたかった。
梓をこんな風にねじ伏せて、許しを請わせたかった。
俺を愛していると、叫ばせたかった。
歪んでいる。
大事にしたいのに。優しくしたいのに。
歪な感情を持て余していた俺は、きらりが妊娠したと聞いた時、どこか期待した。
梓が、俺のために泣いてくれるんじゃないかと。
今思うと、現実逃避だった。
きらりの妊娠も梓との別れも、全部妄想のような気がしてた。
それが現実だとはっきりと自覚したのは、『気づかれていないとでも思っていたの?』と言われた時。
梓は気づいていた。
気づいていながら、何も言わなかった。
きらりが妊娠しなかったら、あのまま何も言わずに結婚したのだろうか。
それが、梓の愛だったのだろうか。
それとも、どうでも良かったのだろうか。
だから、別れた直後に東雲皇丞と付き合いだした――!
梓は泣かなかった。
俺の浮気にも、別れにも、泣かなかった。
それが、悲しかった。悔しかった。
けれど、そんな気持ちはすぐに消えた。
次に襲われたのは、激しい後悔。
『直くん! 私、挙式は海外がいいな。パーティーは日本で、三百人くらい? パパの友達とか会社関係とか。あ! イタリアは? 挙式。すっごく長いヴェールがいい! 素敵じゃない!? ね!』
きらりは勝手に社内で俺たちの婚約と妊娠を公表した。
引きずられるように重役たちに挨拶に回った。
家に押しかけてきて梓との思い出を捨て、自分好みに変えていく。
身の丈に合わない結婚式の計画を立て始め、うんうんと聞き流していたが、婚姻届に記入するように言われた時に、怖くなった。
『梓との慰謝料問題が解決するまでは提出できない。きらりや専務に迷惑をかけるわけにはいかないよ』
何度かそう言って婚姻届の提出を渋ったら、きらりが梓の企画に難癖をつけた。
荷物を交換するという名目で梓の部屋に行き拒絶されてから、俺は毎日のように通っていた。
が、いつも留守。
東雲皇丞の家にいるのか――?
梓が、俺の愛おしい花が血統書付きの雄に穢されていくのを想像すると、殺してやりたくなる。
梓は、俺が大事に大事に守ってきた花だ。
俺がいないと、水を与えないと枯れてしまう。
今はまだ気づいていないだけだ。
梓には俺が必要だと――――。
『梓は依存するような女じゃない』
うるさい。
そんなこと、言われなくてもわかっている。
『強い女だ。男に依存して腐る女じゃない』
うるさい。
そうだ。そんな女なら惚れてない、苦しんでない。
『依存していたのは、お前だよ。それを認められなかったのは、お前の弱さだ』
うるさい。
認めていたさ。だから、耐えられなかった。
頭の中で何度も繰り返される東雲皇丞の言葉に心臓を抉られているようだ。
お前なんかよりずっと長く、深く愛し合ったんだ。
お前なんかよりずっと梓のことをわかってる。
お前なんかより――!
目を閉じると東雲皇丞が勝ち誇った顔で現れる。
梓の肩を抱き、腰を抱き、口づけ、全身を撫でる。
そんな夢にうなされ、目が覚める。
「梓……っ」
梓は泣かない。
強いから。
それほど俺を愛していなかったから。
俺は違う。
弱いから。
それほど梓を愛しているから。
だから、涙がとまらない。
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