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10.彼女が愛した男
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「梓っ――――」
目を閉じ、愛しい名を呼び、めいっぱい吸い込む。
もうとっくに消えたのに、彼女の匂いが鼻から全身に広がり、巡り、握り締めた欲望に集中する。
きつく扱きながら、また吸い込む。
マフラーのように首に巻き付けた、梓のパジャマ。
妊娠を告げたきらりによってほとんどの物は処分されてしまったが、アクセサリーとパジャマだけは守った。
「梓」
『直……』
甘い声。
「あず……さ」
『あ……ん』
潤んだ瞳。
「梓!」
『だめぇ』
柔らかい身体。
「あ……」
『私、も……お』
熱くうねる膣内。
「――――っ!」
激しく、力強く脈打ち、精が飛び散る。
「は……」
浅い呼吸を繰り返す。目を閉じたまま。
巻き付けたパジャマからはもう、なんの香りもしない。
「梓……」
手の中で力を失っていく自分は、なんてちっぽけなのか。
梓という名の花の蜜の甘さを、忘れられる日がくるとは思えない。
しがない働き蜂の俺には、高嶺の花だった。
初めて見た時からその美しさに目が離せなかったとか、虜になった、とかじゃない。
入社当初に、同期内で美人だの可愛いだのと男どもが色めき立った女は梓じゃない。
俺も、梓を美人だとは思ったけれど、一目惚れしたというほどではない。
同期内で一番人気だった女は、一年後には上司との不倫を噂されて退職した。
梓は羨望の広報課に配属されて忙しく、同期会も欠席だったり遅刻して来たりしていた。
男どもは『男以上に働く女って、なぁ』なんて悔し紛れに言ったものだ。
そして、梓が新しい上司である御曹司様に扱かれていると知った時は、『そこまで必死な女、引くわ』とまで言われていた。
でも俺は、時々見かける梓が眩しかった。
厳しい言葉を投げられてグッと唇を噛む姿には、ぞくっと寒気に似た興奮すら覚えた。
欲しい、と思った。
あの花の蜜を吸いたい、と。
だから、働き蜂はそれらしく、働いた。
真面目に、ひたすら真面目に。
そして、少しずつ高く飛び、やっと辿り着いた。
大輪でも派手な色でもない、なのに誇らし気に堂々と咲く彼女に、俺は触れさせてほしいと頼んだ。
あの時の、今まで見たことのない少女のように無防備な微笑みに、俺は完全に堕ちた。
俺は花を愛でた。
美しく咲き続けられるように、せっせと水を運んだ。
そうすることで、彼女にとって必要不可欠な存在になりたかった。
ところが、どんどん美しくなる花のそばに俺のような小物がいることをよく思わない奴らは、笑った。『惨めだ』『情けない』と。
俺は少しだけ、泣きたくなった。
だから、『彼女が俺に依存している』と見栄を張った。
その証拠にではないが、俺は誘われるまま他の花の蜜を吸ってしまった。
カラフルな色に目が眩んで寄って来た虫を喰う、花。
俺はカラカラになり、愛おしい花の蜜を求めた。
俺の裏切りなど知らない梓は、俺を優しく包み込んで満たしてくれた。
だが、バカな俺は、また同じ間違いを犯す。
甘すぎるのに逆らえない色香で誘われ、酔った俺は愛する花を乱暴に散らす夢を見た。
『直くんて、優しいHしそうなのに、すっごく激しくてびっくりしちゃった。でも、最高だったよ』
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