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10.彼女が愛した男
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しおりを挟む「余計なこと、するなよ」
俺はきつめの口調で言った。
だが、そんなことで怯むことも謝ることもする相手ではない。
『いつまで経っても連れてこないからだろう?』
「付き合い始めたばっかだし、噂のこともあるから――」
『お前自身が噂の火消しに走っているのは、本当か?』
「ぐちぐち言ってる奴らにくぎを刺す程度だ。それにしたって消えないけど」
『当たり前だ。七十五日も経っていないだろう』
相手のほくそ笑む顔が目に浮かぶ。
人の噂も七十五日、なんて今時通用するか。
『モテるのに浮いた噂もなかった息子が同棲してると聞けば、相手のお嬢さんに会いたくもなるのが親心だ』
こうなるのが嫌で、一緒に暮らしていることを黙っていたのに、どこから漏れたのか。
俵だな……。
あいつは父さんの犬の振りした飼い主で、俺の不幸が好物な下衆だ。
俺が梓と一緒に暮らしていると知れば、父さんが梓に接触するとわかって告げたのだろう。いや、父さんを唆したのかもしれない。
「だから会わせただろ」
『あれは仕事だろう?』
「だからって、こんな状況で、俺抜きで呼び出すなんて、別れさせたいのかと思うだろ」
『フラれたのか!? 何をしたんだ!』
「したのは父さんだろ!」
『ちょっとお話したかっただけなのに……』
なにがお話だ。
いきなり社長室に呼び出して、『息子との付き合いは真剣か』なんて聞かれたら、渦中の自分では相応しくないと思うに決まっている。
梓が、そこで噂など全く気にせずに恋人だと名乗るような女なら、惚れていない。
いや、今となってはそれくらいの強い心持であってほしいと思う。
支離滅裂な感情だが、要するに梓に俺を諦めてほしくない。
だからこそ、ここはきつく言っておかないと。
「母さんに言いつけるぞ」
『お前っ! それは卑怯だろ』
やはり、梓を呼び出したことを、父さんは母さんに言っていない。
ようやく焦った父の声に、俺はフンッと鼻息を荒くする。
「俺は梓以外の女と結婚する気はない。なのに梓にフラれたら、一生孫は抱けないな。それを母さんが知ったらどう思うかな」
電話の向こうで、ふぅっとため息。
『真面目な話、お前が無理強いしてるんじゃないだろうな。傷心の彼女につけ込むような真似を――』
「――始まりはどうでも、梓がプロポーズに頷けばそれがすべてだろ」
『皇丞……』
それほど本気だと、わかれ。
結婚前、取引先の令嬢との縁談が持ち上がった父さんのためを思って身を引こうとした母さんに、膝をついてプロポーズを、更に悪どいこともした父さんならわかるはずだ。
俺だって、土下座して梓がプロポーズを受けてくれるなら今すぐに、いくらでもする。
だが、泣き落としじゃ格好がつかないし、それこそ子供に両親の馴れ初めを話してやれない。
そもそも、梓はそんなことを望んでいない。
『順序は守れ』
「父さんが言うか?」
『だから、だ。死ぬまで言われるぞ』
「それで梓が手に入るなら構わないけどな」
『皇丞!』
急に大きな声を出すもんだから、反射的にスマホを耳から離す。
今度は俺がため息をついた。
「わかったよ」
『それと、母さんには言うなよ』
「……ああ」
『おい。たの――』
『お父さん? 皇丞と話してるの?』
母の声。
通話口を押さえたのだろう。父と母の話し声がくぐもって聞こえない。
『皇丞?』
母の声。
父からスマホを奪取したらしい。
「ああ」
『元気? たまには顔を見せなさい』
「ああ」
『男同士で何をコソコソしているのか知らないけど、お母さんに隠し事ができるとは思っていないでしょうね』
いつも思うが、いくら相手が母さんでも、父さんの隠し事の下手さはどうなのか。
経営者としては隠し事もはったりも完璧なのに。
そして、往々にしてとばっちりを受けるのは、俺。
こめかみを押さえてどう返答するか、考えを巡らせる。
経験上、俺が嘘ついても父さんは合わせられない。結局、俺が嘘をついたことを叱られる。
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