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7.つながる想い
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しおりを挟む顔は関係ないと思うが、事実だ。
実際には虫は殺せるが、避妊はうまくできなかった。
ダイニングテーブルで向かい合って座るお父さんの眉間と顎に、深い皺が刻まれる。
「向こうの親はなんて言ってる」
「さあ? 結納もまだだし、謝りに来られてもね」
「でも、顔合わせまでしたんだから、普通は来るでしょ」
「悪いのは親じゃないでしょ。それに、謝られても許せないし」
「それでも――」
「――未練はないんだな」
「うん」
「そうか」
お父さんがコーヒーを啜る。
お父さんが使っている白とグレーのストライプ柄のマグカップは、私が中学の修学旅行の体験学習で陶芸をした時に作ってきたもので、真っ直ぐ立ってはいるものの、若干斜めで、飲み口が厚い。
旅行から帰ってすぐにお父さんへのプレゼントを作ったと言った手前、出来が不満でも焼き上がってきたものを渡さないわけにはいかなかった。
飲みにくいから使わなくてもいいと何度言っても、コーヒーを飲むときは必ず使っている。
いっそのこと壊れてしまえばいいのだけれど、そういうものほどなかなか壊れなかったりする。
今もそのカップを使い続けるお父さんの、娘《私》への気持ちを思うと胸が痛む。
「ごめんね?」
「……謝るな。お前は悪くない」
「うん……」
お父さんの隣で、お母さんが人差し指で目尻を拭う。
お父さんが、皇丞と同じ言葉をくれた。
それが、とても嬉しい。
両親を悲しませてしまったことは申し訳ないけれど、お父さんの言葉に救われた。
「帰ってきたら?」
お母さんが言った。
「そうだな。通えない距離じゃないし、いずれまた出るとしても一度帰ってこい」
両親を安心させたいと思うのなら、直との思い出がある今のマンションを引き払い、実家に帰るべきだろう。仕切り直すという意味でも、それがいいのかもしれない。
でも、私には帰る場所がもうひとつできてしまった。
婚約解消を報告したすぐ後にそれを伝えるのはどうなのだろう。
軽薄だと思われるだろうか。
その程度の気持ちで結婚するつもりだったのかと、責められるだろうか。
それとも、応援してくれるだろうか。
「梓?」
お母さんの呼びかけに、私はぼんやりと眺めていたコーヒーから視線を上げた。
「お父さんと同じように言ってくれた人がいるの」
「……?」
「私は悪くない、って」
ファミレスで、皇丞がスマホを眺めながら、私からの連絡を今か今かと待っている姿を想像すると、心が落ち着けた。
ご飯……食べずに待ってたりするのかな。
実家のキッチンからは、醬油の香りがする。多分、煮物。
「その人がいてくれて……救われたの」
「……男の人?」
お母さんの問いに、お父さんの表情が険しくなる。
「うん」
「お付き合いしてるの?」
「……うん」
「好きなの?」
「……うん」
「流されてるだけじゃないのか」
お父さんの指摘は至極当然だ。
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「前から……私を見ていてくれた人なの。上司でね? 軽々しく部下に手を出すような――」
「――上司って……社長の息子って言ってなかった!?」
「うん」
「そんな人とお付き合いしてるの!?」
「うん」
「ちょっと待って。それ……あちらは知ってるの?」
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