復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

文字の大きさ
上 下
78 / 208
7.つながる想い

しおりを挟む

「好きな女のために自分以外の男の力を借りるのが、ダサいんだろ」

 男のプライドはよくわからない。

 わからなくて、思わずふふっと笑ってしまった。

 皇丞はそれにいじけたのか、おでこを私の肩にぐりぐりと押し付けた。

 彼の髪が襟元をくすぐる。

 髪が、伸びた。

 直との別れ話を聞かれた頃はもっと短くて、やんちゃな感じがしてたが、今は程よい長さで私は好きだ。

「ありがとう」

「え?」

「私の企画を守ってくれて」

「ああ……」

「ありがとう」

 そう言いながら彼の髪を梳くように指をさし込んだのは、ほとんど無意識。

 私を犬みたいだと皇丞は言ったけれど、今の彼だって十分犬っぽい。

 飼ったことはないけれど。

 昔、友達の家で飼っていた犬が、よくこんな風に私に顔をぐりぐりと押し付けて、撫でられ待ちをしてきた。

 皇丞も気持ちがいいのか、じっとして動かない。

 だから私もやめなかった。



 可愛いなんて言ったら、またダサいっていじけるかな。



「そういえば――」

 彼の髪に指を絡ませながら、言った。

「――焼鳥屋さんの壁に『一串入魂』って書いてあったじゃない?」

「あったか?」

「うん。すっごい達筆で。あれ、あのおじさんが書いたのかな」

 駅前の焼鳥屋は昭和な雰囲気が漂う小さな店で、店に入ると煙たいが肉の焼ける匂いとタレの香りに堪らなく食欲をそそられた。

 店主らしい厳つい風貌の男性が筆を持って半紙に向かう姿を想像すると、少し笑えた。

「皇丞ならなんて書く?」

「書初め?」

「書初めじゃなくても、こう……座右の銘的な?」

「んーーー……」

 皇丞が半紙に向かう姿もまた、似合わな過ぎる。が、和装ならアリかも、なんて想像する。



 和装……、アリかも。



 お正月にでも着てほしいと頼んでみようか。

「日々忍耐」

「え?」

 意外な言葉。

「何を耐えて――」

 腰を引かれ、肩にのった皇丞の頭が重くなり、私は抵抗の間もなく仰向けでソファに横たわる。

 私の顔の横に手をついて見下ろす皇丞との距離は、二十センチほど。

「――本気で言ってるなら、ムカつくんだけど」

 可愛い、なんて言葉が少しも似つかわしくない、今にも牙をむきそうな鋭い眼光。

 私の首筋をくすぐっていた少しうねりのある髪が、宙に揺れる。

 ドキッ、なんて可愛いもんじゃない。

 私の心臓がゴツゴツと重く鈍い音を立てて肋骨を叩いているらしく、痛い。

 わかってる。

 皇丞が我慢してくれていること。

 毎晩、私を抱く腕が優しくて、だけど不意にうなじに口づける唇は火傷しそうなほど熱い。

 わかってる。

 皇丞がどれほど私を欲しがってくれているか。

 同じくらい、大切にしてくれているか。

 わかってる。



 皇丞は直と違う――。



「私――」

 喉の粘膜が急速に乾燥して、貼りつく。

 私はごくっと少しわざとらしいくらいわかりやすく唾を飲んだ。

「――直と別れて……まだ二か月? ……くらいで――」

 私の言葉を聞く、というより、言葉を発する唇をじっと見つめられ、唇まで乾燥してくる。

「――親にも……まだ、言ってなくて――」

 きっと、皇丞にはどうでもいいこと。

 その証拠に、彼は眉ひとつ、口端をわずかにも、動かさない。

 呼吸をしているのかさえ疑問になるほど、微動だにしない。

「――なのに、男の部屋に転がり込んでること自体どうなのって感じなんだけど――」

 笑って茶化しないのに、笑えない。

 だって、皇丞の表情が、視線が、それを許さない。

「――だから……」

 皇丞が聞きたいのは、こんな型にはまったな言い訳じゃない。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

捨てられた花嫁はエリート御曹司の執愛に囚われる

冬野まゆ
恋愛
憧れの上司への叶わぬ恋心を封印し、お見合い相手との結婚を決意した二十七歳の奈々実。しかし、会社を辞めて新たな未来へ歩き出した途端、相手の裏切りにより婚約を破棄されてしまう。キャリアも住む場所も失い、残ったのは慰謝料の二百万だけ。ヤケになって散財を決めた奈々実の前に、忘れたはずの想い人・篤斗が現れる。溢れる想いのまま彼と甘く蕩けるような一夜を過ごすが、傷付くのを恐れた奈々実は再び想いを封印し篤斗の前から姿を消す。ところが、思いがけない強引さで彼のマンションに囚われた挙句、溺れるほどの愛情を注がれる日々が始まって!? 一夜の夢から花開く、濃密ラブ・ロマンス。

処理中です...