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7.つながる想い
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しおりを挟む「好きな女のために自分以外の男の力を借りるのが、ダサいんだろ」
男のプライドはよくわからない。
わからなくて、思わずふふっと笑ってしまった。
皇丞はそれにいじけたのか、おでこを私の肩にぐりぐりと押し付けた。
彼の髪が襟元をくすぐる。
髪が、伸びた。
直との別れ話を聞かれた頃はもっと短くて、やんちゃな感じがしてたが、今は程よい長さで私は好きだ。
「ありがとう」
「え?」
「私の企画を守ってくれて」
「ああ……」
「ありがとう」
そう言いながら彼の髪を梳くように指をさし込んだのは、ほとんど無意識。
私を犬みたいだと皇丞は言ったけれど、今の彼だって十分犬っぽい。
飼ったことはないけれど。
昔、友達の家で飼っていた犬が、よくこんな風に私に顔をぐりぐりと押し付けて、撫でられ待ちをしてきた。
皇丞も気持ちがいいのか、じっとして動かない。
だから私もやめなかった。
可愛いなんて言ったら、またダサいっていじけるかな。
「そういえば――」
彼の髪に指を絡ませながら、言った。
「――焼鳥屋さんの壁に『一串入魂』って書いてあったじゃない?」
「あったか?」
「うん。すっごい達筆で。あれ、あのおじさんが書いたのかな」
駅前の焼鳥屋は昭和な雰囲気が漂う小さな店で、店に入ると煙たいが肉の焼ける匂いとタレの香りに堪らなく食欲をそそられた。
店主らしい厳つい風貌の男性が筆を持って半紙に向かう姿を想像すると、少し笑えた。
「皇丞ならなんて書く?」
「書初め?」
「書初めじゃなくても、こう……座右の銘的な?」
「んーーー……」
皇丞が半紙に向かう姿もまた、似合わな過ぎる。が、和装ならアリかも、なんて想像する。
和装……、アリかも。
お正月にでも着てほしいと頼んでみようか。
「日々忍耐」
「え?」
意外な言葉。
「何を耐えて――」
腰を引かれ、肩にのった皇丞の頭が重くなり、私は抵抗の間もなく仰向けでソファに横たわる。
私の顔の横に手をついて見下ろす皇丞との距離は、二十センチほど。
「――本気で言ってるなら、ムカつくんだけど」
可愛い、なんて言葉が少しも似つかわしくない、今にも牙をむきそうな鋭い眼光。
私の首筋をくすぐっていた少しうねりのある髪が、宙に揺れる。
ドキッ、なんて可愛いもんじゃない。
私の心臓がゴツゴツと重く鈍い音を立てて肋骨を叩いているらしく、痛い。
わかってる。
皇丞が我慢してくれていること。
毎晩、私を抱く腕が優しくて、だけど不意にうなじに口づける唇は火傷しそうなほど熱い。
わかってる。
皇丞がどれほど私を欲しがってくれているか。
同じくらい、大切にしてくれているか。
わかってる。
皇丞は直と違う――。
「私――」
喉の粘膜が急速に乾燥して、貼りつく。
私はごくっと少しわざとらしいくらいわかりやすく唾を飲んだ。
「――直と別れて……まだ二か月? ……くらいで――」
私の言葉を聞く、というより、言葉を発する唇をじっと見つめられ、唇まで乾燥してくる。
「――親にも……まだ、言ってなくて――」
きっと、皇丞にはどうでもいいこと。
その証拠に、彼は眉ひとつ、口端をわずかにも、動かさない。
呼吸をしているのかさえ疑問になるほど、微動だにしない。
「――なのに、男の部屋に転がり込んでること自体どうなのって感じなんだけど――」
笑って茶化しないのに、笑えない。
だって、皇丞の表情が、視線が、それを許さない。
「――だから……」
皇丞が聞きたいのは、こんな型にはまったな言い訳じゃない。
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