70 / 208
6.乗っ取り
10
しおりを挟む『本人がやる気になっているのだから』だそう。
「林海きらりです! えっとぉ、資料の一ページを見てください。木曽根先輩のSNSでアンケートを取るって案は悪くないと思うんですけど――」
細かいことを気にせず、資料に目を通す。
彼女の発表が邪魔なほどよくできた企画書。
内容はともかく、企画書としての様式は守られている。
誰が作ったの……?
私の資料があれば比較できるから、この場にいる誰かとは限らない。が、恐らく宇梶さんだろう。
なぜなら、とても楽しそうにきらりの発表を聞いているから。
そういえば、先週の会議に宇梶さんが出席したのは、当初担当予定だった彼の先輩と交代してだ。
交代の理由までは聞いていないが、その時からすでにきらりの企画乗っ取り作戦が始まっていたことないだろうか。
沖課長がきらりに都合の良い立場の人間に担当を交代させたとしたら。
いや、でも、先週の沖課長はきらりの暴走に慌てていた。
考え過ぎかな……?
「――ナビゲーターは、インパクトのある、有名……俳優を――」
きらりは資料をただ棒読みしているだけ。
しかも、練習不足がわかる。いや、緊張からかもしれない。
どちらにせよ、最初はにこやかに聞いていた専務も頬がピクピクし始めている。
社長の表情は見えないが、専務と同じか、違えばそれはそれで恐ろしい。
「――以上です」
ため息が聞こえそうなほどか細い声でそう言うと、きらりはそそくさと席に戻り、ペットボトルを握り潰す勢いで水を飲む。
突っ込みどころが色々あり過ぎて、最後まで投げ出さなかったことを褒めてあげたくなる。
「林海さんは、こういった場は初めてですか?」
社長が聞いた。
とても穏やかに。
それに、むしろゾッとしたのは私だけではないだろう。
だが、きらり本人はそうでない。
「はい! そうなんです。ずっと、企画とかさせてもらえなかったんです。雑用ばっかりで!」
さも、やる気はあるのにと言わんばかり。
「そうですか」と社長は、やはり穏やかに言った。
「それについては部長と課長の責任ですね。部下の教育を怠ったのだから」
「え?」
きらりの横で、彦谷部長が青ざめている。
「申し訳ありません」
部長より先にきっぱりとそう言ったのは、皇丞。
「ただね、林海さん。どんな仕事も立派な仕事です。雑用と一言で言ってしまうのはどうだろうね」
「え? あ、はい……」
社長の穏やかさに隠された緊張感を察したのか、単純に諭されて拍子抜けしたのか、気が抜けた返事。
「ただ、企画書はよく書けていますね。気になる点もあるけれど、初めてならとても上手だ」
「ありがとうございます!」
瞳をキラッキラさせるきらりの隣で、宇梶さんが唇を捻ったのが見えた。
彼が協力者……?
では、彼が先輩の代わりを買って出たのだろうか。
そもそも、彼はきらりと親しいのか。
社長が進行を促し、皇丞が立ち上がる。
「まず、今回の企画は木曽根さんが発案者です。彼女の企画に対して林海さんが内容の改善を求めたことでこの場が設けられたわけですが――」
要するに、私の企画よりきらりの企画を押す奴がいたら前へ出ろ、という内容をものすごく堅苦しく話す皇丞。
私は、正面に座る一同の様子を窺う。
「はい」と手を上げたのは、宇梶さん。
皇丞に促され、その場に立つ。
「営業一課の宇梶です。林海さんの、俳優をナビゲーターとすることで華やかさを持たせるのは賛成です。実際に――」
宇梶さんは他社のイメージキャラクターを例に挙げて、俳優の起用を推す。
私も、俳優を起用することが悪いなんて思っていない。
ただ、『HOME+@』に関しては一般の主婦や編集者が、消費者目線でナビゲートすることで評価されている。
10
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
訳あって、お見合いした推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
羽村 美海
恋愛
【タイトルがどうもしっくりこなくて変更しました<(_ _)>】
狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。
過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。
いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。
だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。
以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。
そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。
そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。
しかも見合い相手にドタキャンされたという。
――これはきっと夢に違いない。
そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。
確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー!
✧• ───── ✾ ───── •✧
✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23)
狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子
✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33)
業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中
✧• ───── ✾ ───── •✧
※R描写には章題に『※』表記
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✿エブリスタ様にて初公開23.10.18✿
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる