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6.乗っ取り
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「はぁ~……」
誰もいない休憩スペースに、私の陰鬱なため息が響く。
買ったばかりのブラックコーヒーのキャップを力いっぱい、勢いよく回す。
バキッと音を立ててキャップが外れる。
キャップに恨みはない。が、聞きなれた破壊音に少しだけスッキリする。少しだけだ。
今の私は、百本のペットボトルキャップを回しても、きっと完全に気分が晴れたりしない。
三百五十ミリリットルのコーヒーを半分ほど飲み、今度は力の限りキャップを締めた。
「はぁ~……」
自分の企画会議をきらりに邪魔されたことへの苛立ちが三割、きらりに邪魔されたことくらいで苛立っている自分に対する苛立ちが三割、強がってはいても企画が乗っ取られてしまうのではないかという不安と焦りが四割のこの嵐のような感情を持て余す私は、自動販売機横のソファに身体を投げ出す。
頭の上には窓があり、私は身体を捻ってすっかり暗くなった窓の外を眺めた。
今日は満月だったようだ。
この窓から見える景色には高層ビルがないため、遮るものがなく見晴らしがいい。
だから、ちょうど皇丞が連れて行ってくれたレストランの方向に満月が浮かんでいるのだが、なんだかホラー映画のタイトルが浮かんできそうな妖し気な輝きに、無意識にまた「はぁ……」とため息が漏れた。
月は月。
皇丞と見た月はうさぎか浮かんで見えるんじゃないかってくらい鮮やかだったのに、今日の月は墓場の背景にもってこいのおどろおどろしさ。
お墓からゾンビが這い出てくる映画が観たい……。
「梓」
呼ばれて、声のした方に首を回す。
「直……」
驚いたのは、残業が少ない経理の直が終業時刻を二時間以上過ぎた今も社内にいたからか、経理部のフロアに休憩スペースがあるのに違うフロアまで来ているからか。
「お疲れ」
「お疲れ」
ソファに半分のせていた足を下ろし、意味もなく立ち上がる。
「梓、話が――」
「――梓」
直の言葉にかぶせて、安心できる声が私を呼ぶ。
声のした方を見て、直の表情が強張り、唇を噛む。
「お疲れ」
コツと踵を鳴らして姿を見せたのは、皇丞。
「お疲れ様……です」
直は一瞬だけ私を見て、すぐに踵を返して立ち去る。
「大丈夫か?」
皇丞が休憩スペースに入ってきて聞いた。
予定では打合せから直帰だったはずだ。
「大丈夫」
驚きはしたが、何かされたわけではない。
「何が?」
「え?」
「なにが大丈夫?」
「……企画のこと?」
「お前……」
眉間に皺をよせ、威圧的な表情で寄ってこられて、無意識に一歩後退るが、ソファに阻まれる。
「そういうとこ、可愛いけど心配で堪んないわ」
「……え!?」
そういうとこがどういうとこかも、可愛いけど心配の意味も分からず、けれど可愛いと言われて恥ずかしくなる。
咄嗟に目を伏せる。が、同時にキスですくい上げられる。
職場で何をしているのかと、慌てて両手で皇丞の肩を押す。
唇が離れるどころか、腰を抱かれ、胸と胸とが密着する。
誰かに見られたら――っ!
皇丞は、唇を重ねる以上のキスはしない。けれど、いつも、つい唇を開いてしまいそうなほど強く押し当てられ、開いてしまったらもう戻れないと怖くなって、頑なに閉ざす。
怖い?
何が?
拳を作ってぐっと肩を押すと、身体は密着したまま唇が離れた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないでしょ! こんなとこ誰かに見られたら――」
「――いいだろ。俺たちの関係が周知されることが復讐に不可欠だ」
「もう十分知られてます!」
「まだ弱い気がするんだよなぁ」
口角を上げた笑みは、ニヤリ、という表現がぴったりで、遊ばれているようにしか思えない。
10
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