52 / 208
5.月夜
7
しおりを挟む「赤かなぁ。いや、黄色も捨てがたい……」
その二色に絞ったのは、きっと皇丞が紺か緑を選ぶと思ったから。
「この四色で一番好きな色は?」
「え?」
少し言い方が変わっただけなのだが、なにか意図があってのことかと深読みしてしまって即答できない。
それを察したのか、皇丞が言い直した。
「自分が使うのじゃなくて、一番綺麗だなと思う色」
四つのグラスを見比べる。
「紺……が綺麗」
「俺は緑が綺麗だし好きかな。主張しすぎない濃さがいい具合で」
確かに緑も綺麗だ。紺ほど色濃くないけれど、見る角度や光加減で浮き出るようだ。
「じゃ、これにしよう」
皇丞がそばにいた店員さんに声をかけ、紺と緑のグラス、手に持っていた雑誌を渡した。
「マグカップもいるよな?」
やはり手を引かれてグラスの背面に並ぶカップを見に行く。
「どれがいい?」
マグカップもやはり大きさや形が様々で、パッと見てコレと思うものがない。
「梓って優柔不断じゃないよな?」
「え? はい」
「だよな。仕事でも、割と即断即決なとこあるし」
「え、それ、突っ走ってるって言いたい?」
「いや?」
くすっと笑われて、少しだけムッとする。
「コレに関して言ってるなら――」とカップたちを指さす。
「――どれも可愛くて迷っちゃう、とかじゃないですよ? 正直、どれでもいいというか?」
「へぇ? 女ってこういうの選ぶの好きかと思ってた」
更にムッとした。
「そういう女と付き合ってきたんですね、課長は!」
ぷいっと顔を背け、ついでに手も離そうとしたが、しっかりと指を絡まれてしまっていて、それはできなかった。
「妬いてんの?」
「妬いてません!」
「てか、なんで課長呼び?」
「知りません」
我ながら子供染みた怒り方をしてしまった。
皇丞はククッと喉を鳴らして肩を揺すり、それから単色に格子状のラインが入ったマグカップを指さす。
「これは?」
「素敵ですけど、コーヒーマシンに入ります?」
「あ、そうだな。こんなゴツいのじゃダメか」
「これは?」
今度は私が指さす。
皇丞が選んだものとよく似ているが、それより一回り小さくて、飲み口が少し広がっている。
「いいな」
「じゃ、私はコレで」
白に黒のラインが入ったものを手に取る。
「んじゃ、俺はこっち」と、皇丞は黒に白のラインが入ったものを選んだ。
それも店員さんに預け、お皿や茶わん、箸なんかもペアで選び、会計を終えて店を出ると皇丞の両手に食器という量になっていた。
一旦、車に荷物を置き、次は寝具。
私の枕と、タオルケットを買う。皇丞が会計している間に、私はシングルサイスのシーツと布団カバーを選んで買った。
自分の部屋のベッド用だと言うと不機嫌になったが、直と使っていたものを捨てると言ったら、少し機嫌を直してくれた。
このままずるずると同棲生活を続けるのは良くない。
これは一種のけじめだ。
「あとは……なにが必要だ?」
「もう十分です」
「ま、足りなきゃまた買いにくればいいよな」
けじめの寝具を抱えながら、『また』があることに少しだけ喜んでしまう私は、矛盾している。
エレベーターに差し込む夕陽に目を細め、時計に視線を落とす。
「食事にしません?」
「ん? ああ、いい時間だな」
「あ、夜ご飯は私にご馳走させて。今日一日全部出してもらっちゃったでしょ。だから、お礼に」
皇丞ほどの男には大した金額ではないのかもしれないが、それなりに稼いでいる私にしても今日の買い物はなかなかな額だ。
それもこれも、百均とは無縁そうな、グラスひとつに一万円近いものを選んでしまう御曹司様のせいだが。
「俺はまた今度、な」
「え?」
「初デートだ。最後まで格好つけさせろよ」
あんまり嬉しそうに笑うから、何も言えなくなった。
格好つけさせろなんて言いながら、子供みたいに笑うなんて……ずるい。
7
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
訳あって、お見合いした推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
羽村 美海
恋愛
【タイトルがどうもしっくりこなくて変更しました<(_ _)>】
狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。
過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。
いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。
だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。
以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。
そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。
そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。
しかも見合い相手にドタキャンされたという。
――これはきっと夢に違いない。
そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。
確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー!
✧• ───── ✾ ───── •✧
✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23)
狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子
✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33)
業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中
✧• ───── ✾ ───── •✧
※R描写には章題に『※』表記
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✿エブリスタ様にて初公開23.10.18✿
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる