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4.合鍵
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しおりを挟む耳を疑う。
だって、直は、私が知っている直は、そんな言葉を口にできる人じゃない。
いつも、きちんと避妊してくれた。
持っていない時はシなかった。
一時の感情で梓や子供を傷つけたくない、と言って。
そういう直だから、酔った弾みだろうと避妊せずにセックスしたことに驚いたのと同時に、その瞬間はきっと私以上にきらりを愛したのだろうと思って悲しかった。
そんな直が、中絶を口にした。
もちろんそれ自体もショックだが、同じくらい、きらりの子供がいなくなれば私とヨリを戻せると思っている身勝手さに腹が立つ。
「なんてことを言うの!?」
「両親が愛し合っていないんだから、生まれてきても子供がツラい思いをするだけだ。そうだろ?」
「直、どうしちゃったのよ」
「子供……二人は欲しいって話したよな?」
「直!?」
「俺は! 俺の子は梓に産んでほしい」
何を言っているのだろう。
目の前にいる直が、知らない男に見える。
鬼気迫る形相でじっと見つめられ、怖い。
「バカなこと言わないで。鍵! 合鍵返して」
「持って来てないって言っただろ!」
知らない。
こんな風に大声を上げる直を、わたしは知らない。
私が愛した男《ひと》じゃない――。
「頼む、梓。俺――」
「――合鍵は郵送してください」
これ以上聞きたくなくて、彼の言葉を遮る。
怖い。
「もう、ここには来ないで」
「梓!」
ぬっと身を乗り出した直が手を伸ばす。
咄嗟に仰け反ったが、あっさりと両肩を掴まれた。
「頼む! 林海さんとは別れるから――」
「――離して!」
「梓!」
勢いよくドアが開かれ、課長が直の腕を掴む。
怯んだ直の手から解放された私は課長に抱き寄せられた。
「梓!」
課長は素早くロックを外して、ドアを閉めた。
だから、課長を見た直がどんな表情をしたのかはわからない。
どうでもいい。
直にどう思われても、どうでもいい。
私を裏切った男の反応なんて、どうでもいい。
「大丈夫か?」
「課長の言った通りでした」
「そうだな」
私は課長のワイシャツを掴み、顔を押し付けた。
表情を見られたくなくて。
きっと、すごく酷い顔をしている。
「荷物をまとめろ」
「え?」
「あいつが合鍵を返さない以上、ここには置いておけない」
「ちゃんと戸締りをして――」
「――お前の留守中に忍び込んでいたら? 帰った途端に襲われたら?」
「――――っ」
どうして言われるまで気づかなかったのかと、迂闊な自分が嫌になる。
家にいる時、注意していればいいと思っていた。
課長の言うように、留守中に忍び込まれていたら。帰った時、家の中に直がいたら。
想像しただけでぞっとする。
さっきの直には、嫌悪はもちろんだが恐怖すら感じた。
皇丞の、私を抱きしめる腕に力がこもる。
「かちょ――」
「――皇丞。天谷の前では呼んだろう?」
そうだ。
苛立っていたとはいえ、課長を『皇丞』と呼んだ。
「呼べよ」
課長が身体を離し、私の頬に手を添えて上向かせる。
「梓」
課長は、わずかに口角を上げ、穏やかに、少しだけ寂しそうに微笑む。
なんて表情で私を見るのだろう。
「皇丞……」
自分の声なのにそうは聞こえないほどか細くなってしまったのは、皇丞の表情に戸惑ったから。
名前ひとつ呼ぶことを恥ずかしがるような年じゃない。
「行こう。この部屋に一人にはさせられない」
頼もしい言葉と断固とした口調に、私はようやく肺一杯に酸素を取り込めた。
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