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4.合鍵
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しおりを挟む「私、直のこと本当に好きだったよ。愛してた」
すんなり言えて、自分でも少し驚いた。
過去形で、はっきり言えたことが。
「プロポーズ、嬉しかった。幸せだった。けど、その気持ちを裏切られて、散々泣いて、慰めてくれた皇丞に気持ちが揺らぐの、おかしい?」
「……」
「ずっと引きずっていればいい? 惨めな気持ちのまま、会社中の噂にされても一人で耐えればいい?」
「……ごめ――」
「――そうしないと、私が本気で直を好きだったって信じてもらえないの!?」
泣きたくない。
直の前では、絶対に。
そう思うと、つい声が大きくなる。
「婚約指輪を外して! 理由を聞きたそうにしてる人の視線に俯いて! 幸せそうに結婚報告してる直と林海さんを眺めて! どうして私がそんな惨めな思いをしなきゃいけないの!? 私が何をしたの!? 私が何かしたから、直は浮気したの!? 私が悪いの!? 惨めに泣いてる私でもいいって言ってくれる皇丞に縋っちゃいけないの!??」
「……っ! ごめん! 違う。梓は何も悪くない! 全部俺が悪いんだ。誘われて、断り切れなかった俺が悪い。梓のことが好きなのに、フラついた俺が全部悪い! ごめん!」
直が、肩に掛けていた紙袋を放って、跪く。
「ごめん! けど、梓が好きなんだ! 今も、梓だけが好きなんだ!」
おでこを床につけて、土下座して、愛の告白なんて、全然嬉しくない。
惨めだ。
私も、直も。
「それを聞いて、私はなんて応えたらいい?」
「林海さんとは……結婚する気なんてなかったんだ」
「私とじゃつまらなかった?」
「違う! そんなんじゃない。最初は本当に間違いだったんだ。彼女、仕事でミスが多いから梓に嫌われてるんじゃないかって相談してきて、食事だけのつもりが話が盛り上がって酒……飲んじゃって、それで……」
心変わりしたと、言ってくれたほうが良かった。
無意味な言い訳を繰り返されるより、ずっと良かった。
どうしてそうなったかなんて、今更聞いてもどうにもならない。
「俺も、どうしていいかわからないんだ……。梓が好きなのに、責任を取らなきゃいけなくて」
課長の言ったとおりだった。
直の言葉は、どんな言葉も私を傷つける。惨めにさせる。
それでも、潔さ、みたいなものを期待していたのかもしれない。
復讐なんて馬鹿げてると、全部忘れて前を向いていけると、課長に言わせてほしかった。
「合鍵……返してくれる?」
紙袋には、入っていなかった。
直が身体を起こし、床に正座する格好になる。じっと私を見上げ、何か考える。
「持って来て……なくて……」
嘘だ、とわかった。
直は私の部屋の鍵を、自分の鍵と一緒にキーケースに入れている。
そのキーケースは、私が彼の誕生日にプレゼントしたもの。
「引っ越すの。鍵は二つとも返さなきゃいけないから」
「引っ越し……?」
直が眉を顰め、唇を震わせる。
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合鍵を使って侵入することはないだろうけれど、訪ねてくるかもしれない。
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「私の鍵は袋に入ってるから」
事実だ。
「梓……」
「返して」
「持って来てない」
「直」
「子供はっ――」
直が言葉を区切り、弾かれたように立ち上がった。
「――中絶してもらう」
「はっ!?」
中絶……って――。
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