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その後のもう一つのお話

三度目の彼

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目の前で死んでいったエリザベスを腕に抱えていたはずが、俺はバリシネスの王城で食事をしていた。
エリザベスが刺され、その場で男は拘束された。
エリザベスは腹を刺されており、それ程大きな傷ではなかったが、1週間と保つことなく死んでいった。


ーーこの腕で抱きかかえていたはずなのに…


頭の中を整理するのに時間がかかり、気が狂ったのかと何人もの医者に診察を受ける。 


父は若く、兄も幼かった。
一体何が起きたのか、エリザベスは何処に行ったのか。
口に出るのはそんなことばかりだった。


漸く記憶の混濁から抜け出すと、エリザベスに早く会わなければと考えるようになる。
この記憶が自分の妄想だとは思えなかった。
子供であるはずの自分の知識は豊富で、本物で間違いなかったからだ。


ベッドに無理やり寝かされ続ける毎日で、何日も無駄にしてしまった。
これが過去ならば、当然エリザベスもリス国に存在しているだろう。
ならば現在の婚約者であろう男から、確実にエリザベスを奪い取らなければならない。


エリザベスを殺したのは、幽閉された彼女の婚約者であった男だと考えられた。
血だらけで階段から倒れる彼女が落ちる瞬間は、思い出しただけで鳥肌が立つ。
彼女を1人で待たせなければ、彼を始末しておけば…そうやって過去を悔やんでも悔やみきれない。
彼の供述によると、別邸に幽閉された後、当主の代替わりによって北方の国へ流刑とされたらしい。



フラフラと歩いていて、親切な商人の1人に声を掛けられた。
リス国の言葉が話せる男は、何の身分証も持たない彼を流刑国とされた北方国から逃してくれ、最初は感謝をしていたのだが、実際はヒルデ国の貴族へと高値で売り飛ばされていた。
奴隷制度のない国だったが、売られた先では酷い扱いを受け、逃げ出し、路銀を稼ぎながら過ごしていたら、元貴族であると聞いたシュガー男爵が、侍従の一人として雇ってくれたのだという。


エリザベスの身元がバレる恐れのある供述は、シュガー男爵の好意により表に出ることはなかったが、早々にこの手で彼は始末した。
謝り倒すシュガー男爵を責めることも出来ず、残酷な因果に嘆き、エリザベスが目を覚ますのを願うしか出来なかった。



今の目標は1日でも早くエリザベスに会いに行くことだ。


毒でも飲んだのではないかと騒がれている場合ではない。
このままでは最悪離宮で療養させられてしまう。


考えに考え、結局父と兄には事実を伝えることにした。
何にしても、最後まで話だけは聞いてくれるだろうとの判断だ。


「クーゲン、陛下と兄に時間を合わせて話をする時間を取ってくれと伝えてくれ」


子供の頃の口調を真似することなんて出来なかった。
子供は元気に遊ぶのが1番だと、比較的おおらかな環境の国なので、悪ガキの代表格のように悪戯して回っていた頃の真似事をしろと言われてもとても無理な話だ。


「え?あ、はい。すぐに伝えてまいります」


将来的に、国王補佐となる皇太子である兄に1番信頼される右腕として活躍するクーゲンも、少なからずこの状況に戸惑っているようだ。

口調も変わり、意味のわからないことを発していた俺に戸惑うのも無理はないが、今の返答ではとても優秀な人材とはいえない。
未来というのは分からないものだ。


彼女に出会って、彼女に出会っていなかった過去を変えようとしている。
彼女との未来は俺の記憶と違って来てしまうかもしれないが、彼女を救える未来を手に入れたいのだ。


「陛下、兄上、お話があります」


そう言って切り出した小さな身体の俺は、必死に自分の現状を伝えた。
自分が頭がおかしくなったわけではないと証明することは出来ないが、子供の私が知り得ない王宮内の人間関係、他国との現状、これまで習得して来た言語、どれをとっても納得するに値する筈だ。


エリザベスと結婚した事以外は、レールに敷かれた人生を送っていたと考えていたが、こうして身についていた知識があるのは、レールを敷いてくれた父や兄のお陰だった。


「信じられん」そう何度もその言葉を発しながらも、二人は納得するしかないといった様子だ。
兄はまだアカデミーにも通っていないが、「不思議なこともあるのだな」そう言って俺のことを否定することはなかった。


「それでお前はどうしたいんだ」

そう言われれば希望は一つ。

「俺はリス国へいく。陛下には、グワマン公爵家に縁談を持ちかけてほしい。もちろん妹ではなく、姉のエリザベスを娶りたいと。いくら積んでくれてもいい。婚約出来次第、俺は浮いた時間で事業を起こす」


遊学することになる時間を事業展開に使えば、いくらでも取り返すことが出来る。
これからの流行も知っているし、めざましく発展していった石炭やガス関連の事業の利益が大きかったことも知っている。


あとは、彼女が好んだピアノの発展に投資をするのもいいかもしれない。
技術者が増えれば、この国でもグランドピアノを置くことが出来る可能性はある。


叶えたいのはいつだって彼女が笑って過ごせることだ。
婚約出来るまでに数年かかるかもしれない。
彼女も同様に記憶があるなんて都合のいいことはないだろう。
それでも彼女に選ばれたい。


陛下はまだ幼い俺の為に、リス国への訪問を取り付けて来た。
兄は母と国に残り、俺は見識を広げる為に陛下が連れてきたとされた。
貴賓館への滞在を許され、ソワソワとエリザベスに会えるのを心待ちにしていた。
友好国の一つであるリス国は、社交シーズンに訪れた我々に当然のように歓迎の宴を開いた。


息子の見識を広げる為という大義名分が効き、歳の近い子供のいる貴族が多く招待された。
言わば縁を繋ぎたいと考えた者達が多く集まっている。


その中に、もちろん公爵家であるグワマン公爵一家もいた。
公爵ともなれば、挨拶に来れば、誰もが道を開ける。
その開けた道の先に、彼女はいた。


「エリザベス!」

「マー…ティン?」


妹と並んで来た彼女を見て、俺はつい彼女の名を呼び駆け寄ってしまった。

マーティン。確かに彼女は俺の名を呼んでいた。


「会いたかった」

俺は確信した。抱きついたように腕を回したその中にいる彼女が、何かしらの記憶を持っている。


「キャッ」


そう隣でアリエルが叫んだが、腕の中で死んでいった彼女に出会えた歓喜は中々現実に引き戻さなかった。


「エリザベス、俺を覚えているか?」

「マーティン、もしかしてあなた…」

「君も、そうだと思ってもいい?」

「どういうの事なの?待って、みんな見てる」

エリザベスにそう言われても、もうどうでも良かった。
彼女の子供の姿を見るのは初めてで、こんなに可愛かったのかと感動している。
グレースの顔を思い出す。


娘は自分に似ていると思っていたが、幼い頃のエリザベスにそっくりだ。
それに気付けたことも嬉しい。


再び彼女に出会えた。
それだけで胸がいっぱいだった。


それから、もう作戦や工作なんて殴り捨てる勢いで彼女にアプローチをした。
すぐに、公爵令嬢がバリシネスの王子に一目惚れされたと噂になった。
父がため息をつきながらもグワマン公爵の目の前で金を積み上げ、屈服させるに至るまで、それほど時間はかからなかった。
歓迎の宴での一部始終を見ていたリス国の国王が、両国の為になると後押ししたのが効いた。


彼女は名実ともにバリシネスのマーティン王子の婚約者となった。

正式に婚約者となった彼女をバリシネスに迎えられることになり、話をつけた父は満足そうに国へ帰ったが、俺は断固としてリス国を去らなかった。
生家を発つ彼女側の準備に三ヶ月の猶予を与えたためだ。
本当はすぐにでも連れ去りたかったが、そうもいかなかった。


だが、二度と彼女から離れないという過去の誓いは破るつもりはない。
二度と後悔はしない。


「マーティン、実はね、私はこれで3回目の人生なの」


そう彼女は衝撃的な告白をした。
彼女が決して口に出さなかったその事実を聞いて、彼女と結婚した頃を思い出す。
結婚してしばらくしても、彼女は生きている喜びを口にしていた。
それほどに公爵家の仕打ちが酷かったのだろうと考えていたのだが、それは、「公爵家では死んだように生きていたというより、ずっと死んでいたのよ」そう彼女が言っていたからだ。



一度目は25歳の冬に自ら死を選んだのだと話した彼女を抱きしめることしか出来なかった。


二度目は俺と逃げ、三度目はバリシネスの王宮で一緒に育った。
リス国へも何度も一緒に帰った。
彼女も俺も、表面上は普通にバリシネスの学園に通いながら、起こした事業の仕事もこなした。

流石に忙しくなりすぎて、遊学すると言って目眩しで拠点を変えた。
事業拠点が変わっても、然程影響はしない。
少し情報が遅くなるだけで、人材さえ揃えればどうとでもなる。
それを知っているのも、経験からだ。


エリザベスと一緒にリーベアに再び滞在することにした。
まだグランドピアノは存在していなかった。


音楽家達の集まるリーベアで、音楽家達の要望でチェンバロの改良をしている男に大きく投資した。
バリシネスでは、グランドピアノは手に入らなかった。
だからこそ、思い出のピアノの音色を早く聴きたかったし、バリシネスにもピアノを置きたいと願った。


それはきっと叶うだろう。
チェンバロを作る職人を育成する小さな工房を作ることにした。

音楽の街は、職人を希望する者も多かった。

それだけではない。
リーベアには彼女と何度も訪れたコンサート、オペラ、バレエを楽しめるホールが幾つもある。


美しいバロック建築の建物は、歩いているだけで満足できるほど美しいし、貴族も多く訪れる街だからこそ、馬車道も整備されている。
バリシネスやリス国とは違い、コーヒーが好んで飲まれているし、カッと顔がほてるような感覚は、眠気を吹き飛ばすにはもってこいで、仕事の傍ら良く飲んでいた。
前回彼女と滞在していた人生では、コーヒーの魅力に取り憑かれることもなかったのに、同じ出来事も、同じようには感じないものだ。


それは彼女にも言えた。
ピアノ・エ・フォルテというチェンバロや、教会のハープオルガンが好きだったように思うが、今では演劇にもハマっている。


全く同じ人生ではない。
前回の私たちの子供達にも、再び会うことはなかった。


この人生で、最初に授かった子供は、女の子だった。
その子にグレースとつけたりは決してしなかった。

結婚する前に妊娠が発覚した時は、当然そうなるだろうと喜びが先に出た。
俺たちは例外的にリーベアの教会で結婚の誓いをした。
前回よりも手を抜いてるって?そうじゃない。
彼女を愛しているのに、触れられないなんて気が狂いそうなことだ。

最初から無理な話だったのだ。
想定していないわけがない。


もちろん、それで慌てて帰っては彼女の身体にも良くないので、俺たちは事業を言い訳にして長くリーベアで過ごした。


ここが貴族に多く親しまれる社交の街となっていることも国内から肯定的な意見が出だ要因だ。
臣籍降下している第三王子が別の国で外交を担当している。


そういう意見を広めていくように手を出したのはいう必要もないことだが、嘘ではない。


エリザベスと俺は、リーベアの街で多くの投資をし、さらに利益も出していると、とても有名だった。
各国の貴族達は頻繁に邸に訪れるようになったし、それによって領地が潤うどころか、バリシネスへの関税も下げられ、輸入も増えていった。


エリザベスは今回の人生ではリス国とも、公爵家とも交流を持っており、全てがうまく回っていた。


アリエルという妹は、ヘンリーと結婚することになったが、意外にもあまり上手くはいっていないらしい。
それでもグワマン公爵家には息子が二人出来、爵位は孫へと移る予定だという。

エリザベスとの間には、6人の子供が出来た。
末の娘が3歳になったときにリーベアを去り、バリシネスに戻った時には、利益は充分にあったとはいえ、父はあまりの長期滞在に怒りもしたが、孫の顔を見ればそれもすっかり吹き飛んでいた。


もちろん、木工技術者やピアノ組立工、めったにお目にかかれない調律師まで連れて帰国した。


念願だったグランドピアノは、ホールに一つ、そして教会に一つ寄附をした。


今更ながらなどと宰相に嫌味は言われながらも、バリシネスでの結婚式を行った。
沿道には国民が集まり、教会にもたくさんの花が贈られた。
6人の子供達のお披露目も兼ねており、警備の騎士達が泣くほど盛大に祝福を受けた。


また再び時が戻ったとしても、また真っ先に彼女に会いにいくだろう。


別の人生で、愛しい前回授かった子供達、今回授かった子供達、再び会えるとしても、きっと別の名前をつけるだろう。

彼らはどんな名前でも、愛しいエリザベスとの間に芽生えた愛の証に違いないのだから。


どんな未来でも、幸せでいてほしいと願う。

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