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7話 王女様は逃亡中1

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「あの……イブキさんは居ますか?」
 クリスが姿を現すとイブキが所属する高等部のクラスの2-Bの女子が騒ぎ出す。異国の水の一族の王子、しかも見た目将来性頭良し!うっとりとした視線を向けられてクリスはぞっとする。覚えのある値踏みされる視線。

(イブキは初めて会った時も全く僕に頓着してなかったのに……)
 女の絡みつくような視線が気持ち悪い。
 だからイブキに惹かれたのかもしれない。

「クリストファー王子、ごめんね。イブキ今日も休みなの。どうしたんだろう……。あの子、学校休んだことなかったのに。もうこれで一週間」
 イブキの親しい友人であるエミリーが申し訳なさそうに話す。
「いえ、ありがとうございます」
 エミリーにお礼を言って中等部に戻る。

 はっきりと拒絶されている。
 を見られたからだ。
 頭が痛い。
 そう自分が水の神器と一体化している所を……。

 油断していたのだ、本当に。
 ウィル王に呼び出されて、魔族を屠って戻った所をイブキに見られた。
 付き合い始めたイブキに家の合鍵を渡していたのだ。
 イブキには見られたくなかった、自分の汚い一面を。
 それを一番知られたくないイブキに見られた。

 あの日、ウィル神族の王命で水の剣で高位の魔族を屠り、騎士団の血だらけの制服姿のまま天空界に魔法陣で転移した。

 いきなり、水の神器がカタカタと鳴り出した。
 歓喜に近い感情が神器から伝わってくる。
(何だ……?)
 蒼のイメージが広がる。
 
「どうした?水の神器」
 神器を宥めるように声をかけた自分はまだ神器と共鳴していて、普段の青の双眸ではなくてその双眸は

 目の前に一番知られたくない少女が自分の部屋の扉を開けて、紫の双眸を見開いていた。

「水の神器……。噓でしょ?今居ない筈の!」
 風の王族であるイブキは驚愕する。
 天空族は風の神器使いを秘匿していた。
 同じくウィル神族は水の神器使いを秘匿している。

「イブキ……」
 クリスは手を伸ばす。
 イブキは驚いた表情が一転怒りに満ちた表情になり、手を振り払う。
「嘘つき!!」
 涙に濡れた紫の双眸がクリスを睨みつける。
 クリスは一歩も動けない。
 イブキは部屋から制服の裾を翻して、去っていく。

 イブキには水の一族の王太子でもなく、水の神器使いである自分でもなくてただのクリストファー=ウエストとして見てもらいたかったのだ。あの自由な風のような存在に憧れた、水の一族の王太子として、ウィル王の影の騎士として動く雁字搦めの自分だからこそ。

「絶対に逃がさない……。どこまでも追って必ず捕まえる」
 今どこに居るのかわからない愛しい少女を思い浮かべて決意する。
 
 一方イブキはそんなクリスの悲壮な決意など知るわけもなく、首都シルフィードの警視庁の一室でぼーっとしていた。

「ちょっとイブキ!いつまで呆けているのよ!仕事は山積みなのよ!」
 イブキが寝ている机をばんばんと叩く。
「お兄ちゃん」
「あんたねえ!ここではソウ=シルフィーディア警部よ!イブキ=シルフィーディア警視」
 もう女言葉が周囲にばれて隠す様子もないイブキの兄ソウ=シルフィーディアに注意される。
「うん……」
 のろのろと机から顔を起こす。

「悪かったわよ。学校があるのに呼び出して。ウィザードはリンも含めて大方ウィル神界に行っちゃっててね。今使える神器使いはあんたしかいないのよ。光の神器使いはまだガキだから使えないし」
「ううん……。丁度学校に行きたくなかったからタイミングが良かった」
「あらそう。まあいいわ。コーヒー居る?」
「うん」
 ソウが居なくなると、イブキは机に突っ伏して唸りだす。
「うう……」 
 まさか軟派して致してしまった下級生が水の一族の王太子で水の神器使いだったとは。
 余りの衝撃に勢いで嘘つきと言ってしまった。

「どうしよう、どうしよう……。だからウィザードで働いてお一人様で生きていくつもりだったのに」
 対魔組織「ウィザード」に所属している事や自分がウィル神族や一般にも秘匿されている神器使いですとは絶対に明かせられない。面倒くさい身の上だ。

 このまま逃げてフェイドアウトしよう。
 そう思ったのに涙が溢れてくる。
『イブキ』
 自分を呼んでくれるクリスの幼い年相応の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「好きだけど仕方ないよね」
 世界とか神器とかあまりにも自分たちを取り囲む事情が複雑すぎる。
 自分たちは幼過ぎる、好きの気持ちだけではどうにもできない。
「ごめんね、クリス」
 泣きながら別れを口に乗せる。

(炎の神器使いに追いかけられて羨ましいとか無神経に言ってごめんなさい)
 ウィル神界に出張している同僚の従姉に心の中で謝る。
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