白花の君

キイ子

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追憶3

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 今更ながら自分の愚かさに笑えてくる。
この道を選んだことにではない。今さら、今際の際になってそんなことを思っていることに。
自嘲気味に笑う。
嗤うことしか、出来ない。

 迫る足音が、大分近づいてきている。

 もう、時間がない。
渡された手紙を握り潰す勢いで掴み泣きじゃくりながら首を振るルカの頭を優しく撫でる。
この柔らかい髪の毛を撫でた人間がいたことを、自分が愛された人間だということを忘れないで欲しい。
どうか、幸せであってほしい。私のようには、ならないで欲しい。私のことを心の傷に、自らを責める心の傷にしないで欲しい。
そう願いを込めて微笑む。
きっと、この子は、生きていける。

 「お願い、ルカ。君にしか頼めないことなんです。……聞いてくれない?」

 言葉を発することが出来ない程、ぼろぼろと涙を流しながらも頷いたルカの頭を撫で、もう一度しっかりと抱きしめる。
額に口づけをして、かけていたペンダントをルカの首に移した。肌身離さず身に着けていたものだから、見る人が見れば私のものだと、すぐにわかるはずだ。
ルカはもう、その場で蹲りそうな勢いで泣いていた。

 「お守りです、どうか大切に持っていてくださいね」

 抱き留めていたルカを離す。
涙の止まらない顔で何度も頷くルカの元から赤い目が一層真っ赤になって、痛々しい。
それでも、最後に見せたのは、私を安心させるための笑みだった。

 「カインドは私の兄弟子にあたる人なんですが、喧嘩別れをしてしまったの」
 
 立ち上がってルカを抱き上げながら、一人呟く。

 「私も彼も、幼かったから……お互いに落としどころの付け方が分からなかった……」

 私は結局彼を救えなかったし、彼は私を救うことが出来なかった。
お互いを思いやる気持ちはきっとあったはずなのに、それがすれ違ってしまった結果がこれだ。
その結果、私たちは兄弟弟子では無くなって、私たちの妹弟子を失った。
ルカの、母親を。

 「謝れば、良かったんだよなぁ」
きっと、彼もそれを待っていたはずなんだ。
ぽつりと呟く声をルカが聞いていたかはわからないが、私は微笑んだ。

 ルカに守護の魔法と祝福の魔法をかければ、全身がきしむように痛んだ。
もうほとんど残っていない魔力を無理やり動かしたのだから当然か。
足りない魔力を生命力で賄っていて、それをこの大陸に来てから繰り返しているから、私の体はもうズタズタなのだ。
魔力は生命力で補えるけど生命力は魔力で代用できない。一方的に魂を削っていくしかない。

 足音が背後に迫る。
後はもう、やることは一つだ。
あの塔を壊して、兵士たちの意識を私の方へ釘付けにする。
派手にやろう。船の方へ意識が向けられない程、派手に鮮烈に。その隙に船が出てしまえばこちらの勝ちだ。

 そっと、ルカを船へと飛ばす。
風魔法を使って、ルカと同じ赤い髪をした女の元へ。多分、同族のよしみで助けになってくれるだろうという期待は正しかったようで、女はすぐさまルカを抱え上げて船の奥へ消えた。
その姿を見送って、一人。

 揺らぐ。
心が、揺らぐ。
死んでもいいと思っていた幼少期。生きていていいのだと知った少年期。生きなくてはいけないのだと、悟った青年期。
そして、死にたくないと、思っている、今。

 私にまだできること。
私がまだ、捨てたくない、心。思い。
まだ、少しだけ、時間がある。少しだけ、命が、ある。

 「そこの船員さん」

 近場にいた暗い顔をしている船員に声をかける。
莫大な金銭を取るこの密航船だが、ただ金儲けのためだけにこんな危険な橋を渡る人間はそういない。
死と隣り合わせの、危険を、わざわざ取らねばならない程、この大陸に住む普通の人間は貧しくは無いから。
きっと……きっと彼らの根本にあるのは正義感だと、思う。そう、信じていたい。

 纏っていたフード付きの外套を脱いで姿を示せば、その場に小さくないざわめきが起きた。
驚きと、隠し切れないささやかな希望。
外套に包んだずっしりと重い小袋を渡せば彼は絶句したのちに、それを私に帰そうとする。

 「無理だ……見ればわかるだろう……この小さい船に、そんなに人は乗せられないんだ!」

 この光の大陸でも大分名が通ったものだな、と笑う。
あれだけ派手に暴れまわっていれば当然なのかもしれないが。
この行動だけで見ず知らずの人間にすら頼みたいことが察せられるくらいには、私は迫害される者たちを救えて来たのかと、少しうれしくもなった。
魔法を使えるというだけで迫害の対象になり、魔法使いや希少な民族の血を引くものを非道な研究の対象にしている光の大陸で、あちこちにある魔封じの塔を圧倒的な魔力によって壊しまわった私の存在が、救いになったのなら、あちこちで起こったらしい反乱の力に、なれたのなら。

 
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