白花の君

キイ子

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追憶4

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「ええ、だからこそ一つ、お願いがありまして」

 ここまで来たら、やり切ってやる。
光の大陸の、戦力も、国力も、ギリギリまで削り切って、あの子たちに続く未来がすこしでも生き残れるように。
私の名が、英雄として残れば、その弟子であるあの子たちも、きっと生きやすくなる。

 船に拡張の魔法をかける。
この場にいるすべての人を収容できるくらいに。
英雄になる。悲劇の英雄に。
その死の間際ですら、赤の他人を救うことを考えた、偉大な英雄に。

 あの子たちのために。
いずれ強大な力を持つものとして台頭するあの子たちが、誰かに搾取されたりしないよう、民意に、守られるように。
ダイアン、ルカ、ライル……最愛の、弟子たちに、残せるだけのものを残そう。

 歯を食いしばりながら痛みと苦しみに耐える。
胸元掻き毟るように押さえ、必死に平常を騙った。

 「……っ、これで、船の問題は消えました。対価も払った……どうですか?」

震える手で改めて袋を押し付ける。震える私の手を見て彼は息を飲む。
私の覚悟を汲んでくれてだろうか、彼は視線を合わせてしっかり頷いてくれた。

「ありがとう……ございます……」

 口端が緩む。
彼がそれを受け取って船内へ消える瞬間、その場に警笛が響いて、場は騒然となった。
肉眼で確認できる範囲に、大勢の兵士たちがいる。
とうとう、来たか。

 腕を一振りして、その場にいた全員を船の中へ転移させ、船員に船を出すように叫んだ。
そのまま振り返り、兵士たちへ嘲笑を向ける。
苦しい。

 こちらをにらみつける兵士たち。ざっと見ただけでも100人は下らないだろう。
少しでも彼らの気が引けるように、出来る限り余裕のある笑みを浮かべて見せるのだ。
本当はそんな余裕、あるわけなど無いが、彼らがこちらに気を取られてくれたらその分時間が稼げるから。
だから、私は笑う。出来るだけ不敵に大胆に傲慢に見えるように笑う。

 「化け物め」

 吐き捨てるような声が耳に届く。
光の大陸の兵士は皆恐々と、引きつった顔をしていた。
彼らからしたら恐怖の対象でしかないだろう。
魔封じの塔のひざ元で平然と魔法を行使できる人間など。
かの塔の効力は、魔法を封じるのではなく、それを行使する魔力を通常の数千倍にすることだ。
普通の人間に、それだけの魔力があるはずが無い。

 だが、私は……。

 「観るがいい、これがお前たちの作り上げた最高傑作であるぞ。この私こそが……」

 何一つ、この大陸にいい思い出は無い。
生まれ落ちたこの光の大陸には。私にとってこの世界というものは苦痛以外の何物でもなかった。
それが苦痛であるということすらわからずただ在っただけのあの頃。
多分、この使い捨てられるだけの彼らは、この場にいるような兵下なんかは、私のあったかもしれない、未来の一つなんだろう。

 魔法の発動のために残りかすくらいしかない魔力を練り上げる。
足りない大部分は、こちらも風前の灯でしかない生命力を、込めて。
視界が霞む、手が、足が震えている。
割れるような頭の痛みに、頽れそうだ。

 でも、まだ。
まだもう少しだけ……。
思った瞬間、私に応えるように、小さな小さな光の玉が、私が練り上げてる強大な魔力の塊にフラフラと近づき、触れた。
瞬間、その塊は三倍も四倍も大きなものになる。
それはまるで太陽のように辺りを照らし出し、あまりの眩しさに目を開けていられないほどだ。

 (リア!)

 もう、言葉を手繰ることすら出来なくなってしまった、それでも懸命に自らの存在を示そうと、私に力を貸してくれた優しい私の精霊。
このままいけばもうじき理性も何もかも消えるだろう。それでもなお寄り添おうとしてくれている、私の、精霊。
そんなリアに助けてもらいながら練った魔法を塔へ放つ。

 「この私こそお前たちが作り上げた厄災、古代生命体星の子のクローンである! 己が因果で受けるこの災いをしかとその目に焼き付けるがいい!」

この大陸に渡ってから、脳裏を過ぎるのは大切な人たちのことばかりだった。
失った人。救えなかった人。愛した人たち。こんな私を愛してくれた人たち。
顔が浮かんでは消える。
走馬灯、というものなのだろう。

 後悔なら、腐るほどある。
でも、不思議と笑みがこぼれた。
あの時ああしていればよかった、こうすればよかった。そんな思いばかりが溢れてくるというのに。
不可思議なほど、心が凪いでいる。

 暴走の予兆として波打つ魔力とは裏腹に、どこまでも、心地よい。
きっと、きっと。
私は皆の元には、同じとこには行けない。
もういい、それでいい。

ちょっとだけ、疲れて、いた。
ちょっとだけ、とても。
もう、いいんだ。

ああ、でも、これだけ……。
最期に、一つだけ。

 「リア」

 おそらくもう、視認も出来ない。けれども私に応えるように手のひらが暖かくなる。

 「ありがとう、リア。ずっと傍にいてくれて」

 返事はない。あるはずが無い。

 「ごめんね、リア」

 始まりも君だった。
終わりもまた、君だ。
リアにとって、これは呪いになるかもしれない。
でも、いいよね、リアも、私に呪いをかけたんだから。
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