白花の君

キイ子

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 そう言われて見た家は、どこか見覚えのあるような、懐かしさを感じさせた。
見渡す限りの草原、何もないその空間に佇む質素な木の家。
少し離れたところに流れている川。
ここは満ち足りていた。 でも、今は何か足りない。

 そんな家の前で、多くの人が右往左往している。
おそらく彼らがロエナの言っていた神官なのだろう。
ロエナが僕を見つけ出した時と同じように皆が白い布を持っているのを見るあたり、彼らもまた僕のことを一生懸命に探しているのだ。

 「ねえロエナ、あそこにいるみんなにも僕の名前を呼んでって言ったら聞いてもらえるの?」

 「もちろんですフェルガ様。 皆さんきっとお喜びになります」

 「そっかぁ……あのねロエナ、皆にもロエナにも様付けもやめて欲しいな、フェルガって呼んで欲しいの……ダメ?」

 僕の言葉に、一瞬、本当に一瞬だけ、ロエナの瞳が潤んだ気がした。
僕の気のせいかもしれないし、実際何か思うところがあったのかもしれない。
僕には、わからないけど。 でも唇もちょっと歪んだから多分そうなんだと思う。

 そしてロエナは、もう一度土に膝を付けて、僕をぎゅっと抱きしめて笑った。

 「フェルガ様、いいえ、フェルガ、フェルガ。 もちろん、皆さんフェルガの願いを叶えてくださります。 皆、フェルガが心も体もただただ健やかにあって下さることを心から願っておりますもの。 わたくしたちはフェルガが何を願おうと何をなさろうと、一心にそれを叶えるために働きます、わたくしたちは何があろうと絶対にフェルガの味方でございますよ」

 味方。
絶対的な、味方。

 優しい、ロエナのこの上なく優しい柔らかな声で告げられた言葉を聞いて、ツキン、と胸が痛んだ。
僅かな痛み。 けれどもそれはとても鋭くて、なかなか収まりそうにない。
僕は、いまだに僕のことを抱きしめているロエナの手を握った。

 「さあフェルガ、そろそろ皆さんにフェルガの無事をお伝えしてあげなくては……一つお願いを叶えて下さいますか?」

 「なあに?」

 「わたくしきっとフェルガを独り占めしていたことを皆さんに怒られてしまいますもの、その時はフェルガ、わたくしのことを庇って下さいますか?」
 
 そう言って、いたずらっ子のように笑う。
釣られるようにして僕も笑みがこぼれた。
胸の痛みも、気づけば消えている。

 「いいよ!」

 そう言って駆けだす。
一歩一歩、跳ねるように足が弾み、素足で土を踏みしめる。
空を切る身体が、ロエナを引く手が、鮮明になる。 鋭い感覚を、取り戻していく。

 大分先に見えていたはずの神官たちを追い越していく、置き去りにしていく。
皆、とっても驚いた顔をして、でも次の瞬間にはとても嬉しそうに笑っていた。
それを見て、僕もなんだか嬉しくなって。

 訳など分からないけど、気分が高揚していた。
光が舞う。 揺れる金の髪に合わせて、キラキラ光り、見えるものすべてがとても美しくて、些細な当たり前の景色が特別なものに思えた。
歓びが、愛おしさが、繰り返し繰り返し心に湧き上がる。
何に対してその感情が生まれているのかすら良くは分からないのに。

 そうして見えていた籠り家に着いて立ち止まった時、ようやく自身を形成しているものが靄でなくなっていることに気付く。
金色の髪、視界に映る手足はちゃんと肌色をしている。
小さな手足はまだ幼い子供の物だ。 もっともそれ自体は靄だった頃から分かっていた。
視線の高さが確実に大人の物では無かったから。

 「フェルガ」

 「不思議だねぇ、姿が変わっちゃった」

 どことなく、残念そうな声が出た。
そんなつもり一切なかったんだけどなぜだろうか。

 いや、分かっている。
怖いんだ。 私は、変化というものが怖かった。 嫌いだった。
何かが変わるというのは、何かを失うということと同意義だったから。

 今もこうして、姿が変わったことでロエナに拒まれるんじゃないかと、不安になっている。

 「おめでたいことです」

 焦った。
ロエナが言ったその声が勘ぐるまでもなく涙に濡れていたから。慌てて振り向けばロエナはその場に膝を付き顔を両手で覆っていた。
溢れた涙が手を伝い土にしみこんでいく。
細い肩は小刻みに震えていた。

 「どっ、どうしたの!? なんで泣くっ」

 「フェルガ!」

 僕の言葉を遮って、ロエナは僕を抱きしめる。
笑いながら、泣きながら。

 「本当に、本当に、ようございました……わたくしたちの、神よ」
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