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5英雄の断罪

模索

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 一体、どうすればいいのかしら?

 あれから面会を終えたジュリアは屋敷の自室へと一人で閉じこもっていた。書類が両脇に積まれた机を見つめてぼんやりと考える。

 一体、どこから手をつければいいのかしら。

 彼を助けるためにはいくつかの手段がある。それを恐ろしくざっくりとわけるとするとおそらくは二つのルートに別れる。
 一つは彼を無罪にする道。そしてもう一つは有罪だが命と自由を確保する道。
 理想は前者だろう。しかしそのためにはとても複雑な工程と各所への配慮が必要だった。例えば金を積むにしてもどこか一カ所に渡せば良いというものではなく、この判決に関わる全ての箇所に適切な量が行き渡らなければならない。
 そしてその前提条件としてその全ての人間にルディを殺すよりも生かすことの方が有益であるという根拠を示す必要があった。つまり処刑を取り消すことによるデメリットよりもメリットが上回っていなくてはならない。更に、その上で理屈ではなく感情を優先する人間のプライドを保つようなお題目を用意することも必要だった。

(ルディを無罪にする、合理的かつ面子を潰さない理由……)

 それさえあれば、穏便にことは済む。しかしその「それさえ」がジュリアには全く見当たらないのだった。

 しかしもう一つのルートを取ろうにもそちらにも問題があった。
 有罪として社会的には殺すが命を秘密裏に保とうとした場合。この場合はあまり各所の面子のことは考えなくて良いという利点がある。表向きは死刑が執行されるのだから当然だ。
 しかしその際の手続きがいろいろと厄介であった。例えばルディを殺したという事実を公然の事実として主張したい人間がいた場合。影武者や、それが難しいならルディを間違いなく処刑したのだと国民に思わせるための上手いパフォーマンスを講じる必要があった。また、生き延びた際のルディの身分の問題もある。新しい名前、新しい身分を与えるとして、それがルディにとって居心地の良いものになるとは限らない。最悪の場合、飼い殺しにされる恐れがあるのだ。そしてそれを防ぐ手立てを考えることは非常に難しいことであった。

 だっておそらくルディを処刑しようとしている人達にとっては、下手に自由な身分を与えるよりも身動きの取れないように縛り付けたほうが遥かに都合が良いのだ。
 名前とこれまでの実績、肩書きを捨てるということは、社会的な保障の一切を手放すことと同義である。家族や友人との繋がりさえもを断ち切られてしまえば、人間社会ではあまりにも無力な存在になりはてる。

(もしもそんなことになったら……)

 今まで以上に都合良く利用され、振り回されることは必至だった。なにせ実力は折り紙付きでどこまでも利用価値の高い男だ。
 胸の前で組んだ手に額を押しつけてうなだれる。

(詰んでる……)

 いくら考えても思考は流転を繰り返し、ゴールの見えない迷路を右往左往とするだけだ。全く手立てが見当たらない。

(ここでもしも正面衝突をしたら……)

 自棄じみた考えが頭をかすめる。力業で無理矢理無罪を訴えたところで勝ち目などまるでなかった。しかしこんなことは間違っていると声高に正義を叫ぶ感情が、そんな馬鹿な真似をしてしまいたいという気持ちに拍車を掛ける。

(なぜ正しいことを主張しているのに私がこんなに頭を悩ませなければならないの?)
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