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5英雄の断罪
無力感
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(なぜ正しいことを主張しているのに私がこんなに頭を悩ませなければならないの?)
間違っているのは向こうのはずだ。ルディはなにも罪に問われることなどしてはいない。ただ、みんなを救うために命賭けで戦ったのではないか。
プライドだの面子だの、配慮などと煩わしい。間違ったことを馬鹿みたいな理論で主張している連中など、みんな恥を掻いて死ねばいい。
しかしそう思う内心とは裏腹に、現実のジュリアは重いため息をついて首を横に振るのだ。
だってもしここで正しいことを正しいからと無策に主張して失敗したらどうなる?
ジュリアはいい。自業自得だ。馬鹿な暴挙に及んで勝手に自分で自滅しただけだ。正しいと思うことを声高に主張できて「私は間違っていない」と息巻いて溜飲を下げて、大満足だろう。
しかし、それで領民はどうなる。運営している会社の社員達は、これまでついてきてくれた部下達は?
自分がいなくなったところで一斉に収入を失って路頭に迷うとまでは言わない。しかし後ろ盾を失って経営は傾くだろうし、下手な人間に領地が渡ればどんな目に合うかわからない。
(身動きが取れない……)
誰かの上に立つとはそういうことだった。わかっていたはずだった、いままでも。
しかし今になって思い知らされる。わかっているつもりで、実感するほど追い詰められたのはこれが初めてだった。否、これまでにも感じる機会はあったのだろうが、明確に手放すか否かを選択する余地があるような場面が初めてなのだった。
頼もしく愛おしいはずの彼らの存在が今は少し疎ましい。そんなことを感じる自分自身にすらうんざりとしてジュリアは低く唸る。
選択できることがどちらか一方だけだというのならば、まずは彼らを被害の及ばない位置へと逃がそう。
(コーデル伯ならば人柄も技量も申し分ない)
会社の名義も利権も全てをまずは彼に譲り渡し、領地の一部も会社や店舗があるのに付随させて彼の物とする。
(屋敷は部下の……、そう、長年仕えてくれたバルトにあげよう)
彼は先代の頃から仕えてくれている信頼のおける執事長だ。ジュリアが両親を亡くした直後に支えてくれた部下の筆頭でもあり、本人にとってジュリアはもはや孫のような存在のようだ。ルディの件ではついにジュリアが結婚するのかと浮き足だっていたのにこんな結末になってしまって申し訳ないことだ。このぐらいは報いても罰はあたらないだろう。
領地に関しては誰に渡るかは多少の賭けになる。近隣で仲の良い者達に事前に声をかけて根回しをさせるのが良いだろう。
そう決めると今度は思考している時間すらも惜しくなり、慌ててジュリアは羊皮紙とペンを手に取った。
最近開発させたシンプルな棒状のペンは内部にインクを入れているため一々ペン先をインクにつける必要がなくとても便利だ。急いでいる時にはなおさら役に立つ。惜しむらくは時々インクがだまになってしまうため公的な文書には向かない。しかし身内宛てに指示を出すには十分だろう。
羊皮紙一枚一枚に素早く、けれど丁寧に宛先を記し、それぞれに何を譲るか、どういう由来でそうなったのか、今後の展望と必要最低限の引き継ぎを書き綴る。細かい引き継ぎは後回しだ。この件で玉砕して貴族位を失うことはあるだろうが、命を取られることはおそらくない。
今の最優先事項は、ルディの命を助けるための方策を考えることだ。
例え可能性の低い方法でも、ひねり出さなくてはならない。最悪の場合はもう力尽くでも構わない。彼を牢から引きずりだして、二人で逃亡してしまおう。
(まぁ、あの馬鹿の説得にどうしようもなく手こずりそうだけど……)
自ら進んで出頭した馬鹿な男を脳裏に浮かべる。まぁ、そこは下策だが「貴方が死ぬなら私も死ぬわ!」と脅しでもすれば動くだろう。
ぽつり、と羊皮紙にしみが浮かんだ。
最初は何かわからなかったそれも、数が増えるうちにジュリアも気づかざるを得なかった。
これは涙だ。
またひとつ、ひとつとしたたり落ちる。なんて惨めなのだろうと己をなぐさめる涙が落ちる。
(あまりにも、愚かすぎる)
今辛いのは彼だ。苦境にいるのはジュリアではなくルディなのだった。それにも関わらず己を哀れむなどと、あまりにも愚劣すぎてジュリアは自身を鼻で笑って涙を拭き取る。
(ああ、でも私は……)
なんて、こんなにも無力なのだろう。
間違っているのは向こうのはずだ。ルディはなにも罪に問われることなどしてはいない。ただ、みんなを救うために命賭けで戦ったのではないか。
プライドだの面子だの、配慮などと煩わしい。間違ったことを馬鹿みたいな理論で主張している連中など、みんな恥を掻いて死ねばいい。
しかしそう思う内心とは裏腹に、現実のジュリアは重いため息をついて首を横に振るのだ。
だってもしここで正しいことを正しいからと無策に主張して失敗したらどうなる?
ジュリアはいい。自業自得だ。馬鹿な暴挙に及んで勝手に自分で自滅しただけだ。正しいと思うことを声高に主張できて「私は間違っていない」と息巻いて溜飲を下げて、大満足だろう。
しかし、それで領民はどうなる。運営している会社の社員達は、これまでついてきてくれた部下達は?
自分がいなくなったところで一斉に収入を失って路頭に迷うとまでは言わない。しかし後ろ盾を失って経営は傾くだろうし、下手な人間に領地が渡ればどんな目に合うかわからない。
(身動きが取れない……)
誰かの上に立つとはそういうことだった。わかっていたはずだった、いままでも。
しかし今になって思い知らされる。わかっているつもりで、実感するほど追い詰められたのはこれが初めてだった。否、これまでにも感じる機会はあったのだろうが、明確に手放すか否かを選択する余地があるような場面が初めてなのだった。
頼もしく愛おしいはずの彼らの存在が今は少し疎ましい。そんなことを感じる自分自身にすらうんざりとしてジュリアは低く唸る。
選択できることがどちらか一方だけだというのならば、まずは彼らを被害の及ばない位置へと逃がそう。
(コーデル伯ならば人柄も技量も申し分ない)
会社の名義も利権も全てをまずは彼に譲り渡し、領地の一部も会社や店舗があるのに付随させて彼の物とする。
(屋敷は部下の……、そう、長年仕えてくれたバルトにあげよう)
彼は先代の頃から仕えてくれている信頼のおける執事長だ。ジュリアが両親を亡くした直後に支えてくれた部下の筆頭でもあり、本人にとってジュリアはもはや孫のような存在のようだ。ルディの件ではついにジュリアが結婚するのかと浮き足だっていたのにこんな結末になってしまって申し訳ないことだ。このぐらいは報いても罰はあたらないだろう。
領地に関しては誰に渡るかは多少の賭けになる。近隣で仲の良い者達に事前に声をかけて根回しをさせるのが良いだろう。
そう決めると今度は思考している時間すらも惜しくなり、慌ててジュリアは羊皮紙とペンを手に取った。
最近開発させたシンプルな棒状のペンは内部にインクを入れているため一々ペン先をインクにつける必要がなくとても便利だ。急いでいる時にはなおさら役に立つ。惜しむらくは時々インクがだまになってしまうため公的な文書には向かない。しかし身内宛てに指示を出すには十分だろう。
羊皮紙一枚一枚に素早く、けれど丁寧に宛先を記し、それぞれに何を譲るか、どういう由来でそうなったのか、今後の展望と必要最低限の引き継ぎを書き綴る。細かい引き継ぎは後回しだ。この件で玉砕して貴族位を失うことはあるだろうが、命を取られることはおそらくない。
今の最優先事項は、ルディの命を助けるための方策を考えることだ。
例え可能性の低い方法でも、ひねり出さなくてはならない。最悪の場合はもう力尽くでも構わない。彼を牢から引きずりだして、二人で逃亡してしまおう。
(まぁ、あの馬鹿の説得にどうしようもなく手こずりそうだけど……)
自ら進んで出頭した馬鹿な男を脳裏に浮かべる。まぁ、そこは下策だが「貴方が死ぬなら私も死ぬわ!」と脅しでもすれば動くだろう。
ぽつり、と羊皮紙にしみが浮かんだ。
最初は何かわからなかったそれも、数が増えるうちにジュリアも気づかざるを得なかった。
これは涙だ。
またひとつ、ひとつとしたたり落ちる。なんて惨めなのだろうと己をなぐさめる涙が落ちる。
(あまりにも、愚かすぎる)
今辛いのは彼だ。苦境にいるのはジュリアではなくルディなのだった。それにも関わらず己を哀れむなどと、あまりにも愚劣すぎてジュリアは自身を鼻で笑って涙を拭き取る。
(ああ、でも私は……)
なんて、こんなにも無力なのだろう。
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