愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

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αとα

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 ディランへの宣言通り、アンバーに対するダリウスの対応は穏やかだった。

「私はエリオスではなかったというのに、何故顔を見せに来られるのです?それもほぼ毎日」
 アンバーは訝しげに眉を顰めながら尋ねる。
「婚約者に会いに来ることの何がおかしいのですか?」
 アンバーの対面に座るダリウスはからりと笑いながらそう答えた。香り高い茶を楽しみながら言う彼には、打算こそあれ悪意などはない発言だった。
 しかし、それを聞いたアンバーの顔は曇る。
「……婚約者などと」
「?」
 政略結婚に後ろ向きの印象しか持ち合わせないアンバーは『婚約者』という単語に少々強く反応する。
 一方、真意の見えないダリウスは、続きを促すように微笑みかけた。
「いくらリリーシャの王子とはいえ、夫にするにはご不満もあるのでは?」
 アンバーは相手を困らせる為に、片頬だけで笑いながら嫌味を言う。八つ当たりなど彼にとっては茶飯事であった。
 ダリウスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの柔らかい表情に戻り逆に問いかける。
「私には不満などありません。何故そう思われたので?」
 ダリウスがするりと相手の手を握りながら言った言葉は、アンバーにとって想定外だった。
 今までなら、こうやって謙遜してみせると皆慌てながら「そんなことはない」「貴方は完璧な方だ」と必死に取り繕う姿を見せただろう。そしてアンバーはその姿を見て笑い、憂さを晴らしていた。
「……私は嫁ぐ側の人間にしては可愛げのない身体つきでしょう?」
「健康的で大変良いと思いますよ」
 アンバーがもう一度仕掛けても、ダリウスはその調子を崩さない。
「二十代の貴方と違って少々とうが立っておりますし」
「私は愛に年齢は関係ないと思う方です」
「周りからは悪い噂ばかりたてられているのをご存じないので?」
「噂はあてになりませんね」
「αの男ですから子どもも産めません」
「私には貴方がいれば十分です」
 ダリウスの物腰にアンバーは戸惑う。
 また初対面の時の様に頬が染まっていく感覚がした。
 (どうしたというのだアンバー、しっかりしろ!わかりにくいだけで、こいつの笑顔は作り物だ!言葉はまやかしだ!)
 アンバーは必死になって自分に言い聞かせる。今まで目を合わせて率直な愛の言葉を掛けてくる者がいなかったから反応に困っているだけだと。
 いつの間にか指を絡めて手を繋がれていることに気がつき、アンバーは更に慌てる。
「てっ、手をお離し下さい!」
「何故です?」
 握る手に更に力を入れながら、ダリウスは言う。
「あまり大人を揶揄わないでいただきたい!……最初の日の従者達の目をお忘れか!?」
「彼らは今回の事態に慌てただけです。嘲笑などしてませんよ」
 ダリウスはアンバーの手を引き寄せると、その甲にキスをした。
「なっ……!何を!」
「恋人なら当然でしょう?」
「私達は恋人ではない!政略結婚の婚約者です!」
 アンバーはわなわなしながら言い返す。
「照れているのですか?キスくらいで?」
「リリーシャでキスをするのは、人目のある場所の場合儀式的な時だけです!破廉恥な!」
 アンバーがばつが悪そうに顔を背けると同時に、従者がダリウスに執務へ戻るよう促す。
「それではアンバー様、また明日」
「来なくて構いません!」
 強く吐き捨てたアンバーだったが、少しだけ自分が変わり始めているのを感じ、同時にそれに恐れを抱くようになっていた。

 そんな毎日が数ヶ月続き、アンバーにとって二度目の結婚式の日がやってきた。
 とはいっても、以前のラシールとオステルメイヤーではその儀式も大分違った。
 アンバーはやっと慣れてきた、ゆったりとした造りの衣装を身にまとう。婚姻の儀の為のそれは構造こそ普段着とさして変わらないが、刺繍をはじめとした装飾が桁違いに多い、一眼で特別なものだとわかる逸品だった。
 婚姻の儀の日に、夫婦となる二人だけが飲める酒が盃に注がれる。
 ダリウスはそれをほんの少しだけ口に含むと、盃をアンバーに手渡す。
 (!これは……香り豊かでなかなかに美味い酒ではないか)
 どれほど飲めば良いのか分からないアンバーは、注がれた酒を一気に全て飲み干した。
 そうして、アンバーが思っていたよりもさっくりと式は終わり、宴が始まった。
「この度は御結婚、誠におめでとうございます」
 そんな明かに上部だけの祝辞が続く。
 アンバーがちらりと隣を見やると、酒のせいか少し据わった目で一点をぼんやりと見つめるダリウスの姿があった。
 (ああ、なんだ)
 視線を辿った先には、王妃、ディランの夫であるカイの姿があった。
 雪の様に白い肌に、透き通る様な白髪。赤色の瞳。
 (年齢もさほど変わらない。レイを思い出すな)
 その時アンバーが感じたのは、レイを思い出した不快感よりもダリウスがカイをあんな目で見つめていたことに対するショック。そして何よりショックを受けていることに対するショックだった。
 (本気になる前で良かった)
 アンバーがそう心の片隅で思った時だった。
「いや~しかし、いつ見てもカイ様はお美しい!」
「あれでは花婿が可哀想だな」
 そんな軽口を叩く声が外から微かに聞こえた。
 周りには聞こえていなかったらしい。誰もそれを咎める気配がない。
 (祝いの席だというのに沈んだ気持ちでは、私だけ損をしている様ではないか)
「酒を注いでくれませんか?」
 話しかけられハッとした表情をするダリウスに、アンバーは酒を強請る。
「こ……、これを飲まれるのですか?」
「?婚姻の儀の時以外ものめるのでしょう?」
「それはそうなのですが……」
 ダリウスが言い淀んでいる間に、アンバーは酒を掠め取り流し込む。
 (酒でも飲んで全て忘れてしまえば良い)
 アンバーは一杯、また一杯と酒を呷り続けた。
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