愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

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αとα

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 城に入ると、中は少しひんやりとしていた。中庭から見上げると、規則的に並んだ瓦が夕方の西日を反射して優しく光っている。
 (もう随分と歩いた気がする)
 長い間馬車に揺られ、直後に移動を求められ、アンバーは流石に疲れが出ていた。
 しかし彼も王族、そんな素振りは一切見せずに歩み続ける。
「お疲れのところ申し訳ありません。この城はオステルメイヤーが今より大きな国で、戦の多かった時代に建てられたものなのです。敵の侵入を防ぐ為、城の構造が複雑になっているから沢山歩かなければいけない、という訳です」
 勿論子供の頃からの教育の過程で知っている内容ではあったが、アンバーは相槌を打ちながらその話を聞く。
 (この青年はよく話す内容が無くならないな)
 かつてセルジオに城の中を案内された時はこんなにも賑やかでなく、ポツリポツリと一瞬の会話が生まれては消えていくような有様であった。どれほど気まずい時間だったかなど想像に容易いだろう。
「もうじきディラン、国王の待つ謁見の間に着きます。部屋に入る前にはまず礼をして下さい。そうしたら履き物を脱いで上がります。オステルメイヤーはリリーシャ帝国と違い床座です。座り方は正座、もしくは胡座あぐらであれば問題ありません」
 ダリウスは作法を丁寧に説明する。
 こちらが聞くより前に必要なことを教えてもらえる。「当然お分かりですよね?」といった態度を取られてきたアンバーにとって、ダリウスの行動は全て新鮮に感じられた。

 一際凝った造りの襖が見えてくると、ダリウスは少し歩くペースを落とす。
「緊張されずとも大丈夫です。いざとなったら私を見て真似て下さい」
 そう言いながらダリウスは腕を下ろし、それと同時にアンバーもダリウスの腕から手を離した。
 (先程から懇切丁寧に作法を教えてくるが、そんなに私は無作法者に見えているのか?)
 このような扱いをされたことの無いアンバーは、寧ろダリウスの行動を疑ってしまう。
「お待たせ致しました、陛下」
 部屋の前まで来るとダリウスはそう言いながら礼をし、アンバーもそれに倣う。
 ダリウスがディランと対面する位置に形良く胡座で座ると、アンバーは靴を脱いで床を歩く感覚に戸惑いながらもダリウスが座らなかった方の座布団に正座した。
 顔を上げ、瞳に映ったディランの表情にアンバーは急激に体温が下がるのを感じた。
 明かに戸惑い、困惑の色が窺える。
 アンバーはの脳裏に一つ、非常に悪い事態が浮かぶ。そして、なんとかその予想が外れてくれと、心の底から祈った。
 困惑が消えないまま、ディランは恐る恐る口を開く。
「この様な小国に御出でいただき、大変感謝いたします。私はディラン・オステルメイヤー。貴方を歓迎いたします、殿
 アンバーの嫌な予感が的中した瞬間だった。
「?……兄上、失礼ですが、この方はアンバー様でいらっしゃいます」
 アンバーはこの事態をどう説明したものかと混乱し、咄嗟に視線を移した位置から微動だに出来ずにいた。
「……これはどういったことでしょう。……アンバー殿?」
 針の筵だった。
 上手く動こうとしない口を、アンバーは無理矢理に動かす。
「……私は、文を送り了承されたと皇帝から聞き及んでおります」
「……失礼ながら、その様な文は届いておりません」
 ダリウスの返答に、ブワッと冷汗が噴き出るのをアンバーは感じた。
「……どこかで行き違いがあったのでしょう」
 アンバーにはそう言うのが精一杯だった。とても短い会話だった。しかしその場の全員が、事態を理解するのには十分だった。
 リリーシャがアンバーを押し付ける為に、オステルメイヤーを陥れたのだと。

 それから数日後、ディランに呼び出されたダリウスは、頭を抱えた兄と対面することになった。
「リリーシャは『確かに文を送り、了承された』の一点張りだ。一応抗議はしているが、覆るとは思えん」
 苦虫を噛み潰したような表情で苦悩するディランに対し、ダリウスも悔しげに応える。
「……そうですか」
「正直、私の、この国の力ではこの婚約を無かったことにするのは難しいだろう」
「リリーシャめ……!これほど舐めた態度を取られたのは初めてだ……!」
 ダリウスは憤りと共に拳を膝に打ち付ける。
 はぁっと溜息をつきながら、ディランは話題の矛先をダリウスに移した。
「ところでダリウス、お前は何故初対面で彼が婚約者でないと気がつかなかった」
「……婚約者が何方どなたか存じ上げませんでした」
 ディランは呆気に取られる。
 変なものを見る目で暫くダリウスを凝視すると、
「……失礼な話だが、年齢で違和感を覚えなかったのか?」
 と尋ねた。
「……そういうこともあるかと」
 ダリウスからは呆れる様な返答が返ってくるだけだった。
 ディランは先程と同じくらい大きな溜息をつくと、かえって弟を心配する口調で話しかける。
「お前はそれで良いのか?王族だ、政略結婚の覚悟くらいは出来ていても不思議でないが、お前は相手が誰でもかまわないのか?」
「かまいません」
 ダリウスは即答した。
 口調は先程までとは打って変わり真剣で、ディランを見据える瞳には並々ならぬ覚悟が伺えた。

「相手が誰であろうと関係ありません。ただ、国の為に愛してみせるのみです」
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