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-monster children-
#26-monster children-
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◇ ◇ ◇
「おっすマメ久しぶり。ひえー寒かったー、取り合えず暖まらせてくれー」
玄関のチャイムが鳴らされ戸を開くと、専門学校に進みながら既に将来の有望株として頭角を現し始めている新進気鋭のデザイナー【ももも】こと望月桃がトナカイよろしく真っ赤になった鼻をすすりながら立っていた。
大女はドアを大きく開いて招き入れ暖炉の前へ案内し、戸の鍵を閉めドアチェーンも忘れずに掛けてから部屋に戻ると、約束していた午後七時ぴったりに到着した友人に羽曳野冬華がウェルカムドリンクを振舞わんとキッチンに入ったところだった。
「さっきのメールの通りに作っているけれど、これ本当に美味しいの?」
「わかってねーなー。エッグノックの滑らかさとシナモンの香り、そこにアップルブランデーときて美味くない訳がない」
火に一番近い席に座るとかつては高校時代の短かった頃の面影もない、腰まで伸びる乱れ髪に未だ大きな雪の結晶が数えきれにないほど付着させている小柄な女は、後ろから見れば人間というより栗梅色の毛玉かなにかのようだ。
寒風から解放されつい先程まで屋内をサウナ一歩手前まで加熱していた暖炉の前で、椅子に座ったまま脚を浮かし小尻でバランスを取りつつ掌と足裏を火に向かって掲げるマスコットは、手元に届けられたマグカップに入っている乳白色のカクテル【ブランデーエッグノック】を口に含むと先程までの自信に満ちた尻上がりの眉とは裏腹に、数秒後顕著に下がった眉尻は誰がどう見てもご馳走に喜んでいる表情ではなく、割と健闘はしたものの半分ほど残してゲンドウポーズで机に着いた。
「これを作ったシェフを呼べ」
冬華が私だけどどうかしたのと名乗り出ながら目の前に座り、一生懸命低い声を出している桃は短く重ねて質問をする。
「味見はしたのかいマダム?」
「するわけないじゃない。私は下戸よ」
実際はガブガブ飲めるザル女の全く悪びれる様子のないガッツリ嘘を、そんなことは知る由もないデザイナーは明らかに失敗作であったカクテルを指さしながら糾弾する。
「なんでシナモンの代わりに七味と胡椒振っとんじゃい!こんなもん美味いわけあるかー!」
「あらそう?体が温まると思って気を利かせたつもりだったのだけれど」
「いーや嘘だね!またそうやってうちを騙そうとしてるに違いない!」
「ばれてしまっては仕方ないわね。そうよ、わざとよ。これでいいかしら?」
「お、いやに素直じゃん。じゃあ今日は特別に許してやるか。ってなるわけねーだろ!許さねえよ!ってかあっちーなこの部屋、何度あんだよ!」
一人増えただけで賑やかになり大女も混ざってリビングに姦しい笑い声が反響する。
暫くそうしていたのだが、叫び疲れたチビッ子が机の端に重ねられている目原稿用紙の束に気付いたらしく、一言断ってからペラペラと読み始めた。
文章を書いた本人は再びざわつかんとする心を宥める様に珈琲に口を付け、緊張というものを母の胎内に置き忘れてきた疑いのある話者ことマメは、静かになった卓上を離れ席の後ろに回り、少し広くなっている辺りで一人ヨガに興じ始める。
望月桃は一通り目を通し終え元の位置に戻すといつかのように羽曳野冬華を呼びつけ、宮比さんの目は緑じゃなくて翡翠で、塵塚さんの羽織は赤じゃなく緋色だなどと色表現の細かな訂正を入れ始めた。
先程までの口喧嘩していた様相とは打って変わり冬華もそれを素直に受け入れ手直しする姿を遠巻きに眺めるヨガに飽きた女は、一人だけ蚊帳の外で寂しくなってしまったのかスマホで明日合流する予定の四人目にメールを打っていた。
「ありがとう。貴女のお陰できっと過去最高の作品に仕上がるわ」
「いいってことよ、目が治ったお祝いまだだったしな。ああでも印税入ったら焼肉くらいは奢ってくれよな。にしても何で鍵括弧の終わりに句読点着けてんだよ」
「オリジナリティーよ」
「もっと他に拘るべき所があると思うがねえ」
二人がかりの色の見直しが終わったのを感じたA3ほどの大きさの箱を抱えた小説の主人公は、ハスキーが仕事から帰って来た飼い主に飛びつくように駆け寄ってきた。
まだ海外から帰国していない友人へ送ったメールが中々返って来ないので、暇つぶしに二階を散策しているうちに見つけたボードゲームを抱えて戻っていたのだが、何故か両方からすごい剣幕で元あった場所に返してきなさいと怒られてしょげる姿は、まさしく大型犬そのものであった。
「そのボードゲームは駄目よ。絶対に」
「うちもその意見に賛成だ。理由は分からんが、なんかこうやばいスメルがプンプンしてる」
彼女が持っていたのは二階のベッド下で見つけた【小戦略ー隔絶獣魔戦線ー】という敵から家を守るゲームだったのだが、過去の経験から鼻の利くようになった他二人はこれが実際に今居る家を周囲に召喚された獣魔から守る遺物という事にいち早く勘付いたようだ。
ほったらかしすぎてまた余計な事を始める前に話の続きを喋らせようと、渋々元に戻して来た話者を縛り付けるようにして席に座らせ先を促す。
「さあ今日のラストスパートよ。狐狸夫婦の後は何があったの?」
「あー、確か斑さんにすっごい愚痴られたような。でも中身あんま覚えてないや」
「任せなさい。あの人と一番会話したのは私だから、その位なら想像から創造してみせるわ」
過去から現在に至るまで八玉図書館に足しげく通っている羽曳野冬華は、今度は自信満々に原稿用紙に筆を滑らせ始めた。
◇ ◇ ◇
「決して勘違いしないで欲しいのだけど私は怒っている訳ではないんだ。ああこれっぽちも怒っていないし腹も立てたりしていないよ本当さ。ただなぜ次は友達を連れて来てくると言っていたのにあれっきり図書館に顔を出してくれなかったのかを知りたいのさ。しかも私の記憶によるとそれは私から求めたのではなく君の方から率先して打診してくれたと思うのだけど違ったかな?いやいやいや決して責めている訳ではないんだ。これもまた知りたいとゆう欲求のままに聞いただけのことで、もしかしたら私の記憶違いで実は此方から執拗に新顔を連れてくるよう無理強いされていると感じ二度と行きたくなくなったとか或いはその様に取られかねない事を言ってしまったのではないかとカウンターの奥でやきもきしていたんだ。もしそうであったのなら何がいけなかったのかどの言葉にそのような解釈をされる余地があったのかを把握しておかないとまた同じことをしでかさないとも限らないからね。待てど暮らせど来てくれなかった原因がそういったものであったのなら一つご教授願いたいんだよ。はたまた単純に忙しかったのかな?なるほどそれなら納得がいく。なんといっても君は華も恥じらい月も隠れる女子高生。朗らかに起き登校し学び舎では勉学に励む傍ら同輩達とも交流を深め今日も充実した一日だったと語らいながら帰路に着く毎日にはこんな山上の古臭い図書館に訪れる暇なんて無かったとしても仕方がないというものだ。しかし何故だろうここ最近、そう君が図書館を訪れてから今日までの数週間に君は何度も塵塚と会っていたそうじゃないか。これは妙だと思わないかい?締め上げた山川から君は電車通学と聞いているのだけど、であるならば君は学校から駅まで直帰するのではなくわざわざ大きく東に道を逸れてここに来ている訳だ。もちろん寄り道を咎めている訳ではないよ?学友のみならず外部のコミュニュティと接触対話、時には中に混じることで得られるものも沢山あるだろうからむしろ奨励したいぐらいさ。よしんばそういった意図が無かったとしても概ね人間は新しい物に心を惹かれやすい生き物というのは承知している。今まで経験したことのない刺激を求めて新しく出来た友達と何となく交流するなんて実に素晴らしい事じゃあないか。たとえ相手が塵塚のような朴訥な仕事人間であったとしても君にとってそれが新鮮であるなら良い事だと思うし得た物が今後の人性の役に立ち彩り豊かな未来の土台になるよう願いもする。しかし、しかしだよ君。どうしてついそこまで、駅から此処までに比べれば誤差に等しいほど僅かな距離を歩くだけで顔を出せる私の所には来てくれなかったのかな?自慢するわけはないけれれど塵塚よりもずっと私の方が多弁で場を盛り上げる能力に長けているという自負はあるのだけどもしかして君はあまりお喋りなのは嫌いなのだろうか。だとしたら確かに私の所へ顔を出すのが億劫になってしまったのだとしてもそれは初対面にも関わらず気を使って話題を振ってくれたのにも気が付かず昇降機の見所をべらべらと並べ立ててしまった私にも非があったそれは認めよう。けれども約束していた文学少女ちゃんを離れまで連れて来ていたのに紹介しに来てくれないと言うのはあんまりじゃないかい?私がどれだけ心待ちにしていたか君にわかるかい?以前も話したと思うけどうちの図書館には見知った者しか訪れないうえに、奴らと来たら有名雑誌に載るような売れ筋少年漫画ばかり読んで伝記も小説も読もうとしないし、最初に説明してあげたというのに同人誌についてはその存在すら覚えていないだろう。それがどれだけ私にとって悲しい事か。無論自宅の端末でダウンロードしたものを読んで実際の本を触る必要がないからうちに来ないという風になるよりはずっといいけれど、一介の本好きとしてはもっと多種多様に揃えた、それこそ所狭しと並べられたあの子達に見向きもせずソファに座ってただ届いた新刊を楽しむ姿しか瞳に映らない毎日というのはなかなかどうして切ないものなんだ。しかしながらそんな張り合いのない毎日に一筋の希望ともいえる存在を君が連れて来てくれると言ってくれて砂漠の様に乾いていた私の心にどれほど潤いをもたらしたことか。君の連れてくる本好きの子はどんなジャンルが好きなんだろう、伝記だろうか創作物語だろうか。もし伝記が好きならマイナーだけれど面白い人生を送った武将や偉人を紹介しようファンタジーが好きなら数千年前世界各地で作られた神話の原点からネット上の最新流派にして一部から狂信的なまた一部からは早くも飽きられ始めているなろう系なんかの楽しみ方も添えつつ選りすぐりの作品をお勧めしようなんて一日千秋の思いでいたわけだ。だのに一度目は離れで葛ノ葉の令嬢とお話しただけで帰らせ、二度目までも図書館に案内してくないとはどういう了見だい?一度目はまあ魅了されただの塵塚が伝説遺物で世を騒がせだのと聞き及んでいるから許せるとして二度目はクリスマスパーティーだったというじゃあないか。離れから嬉しそうに箱の中身を自慢がてら漫画を読みに来た子供達に大きな人間の女の子が二人も友達を引き連れて来ていると聞いて今か今かと待っていたのに一向にドアが開かれず、翌日まで待ちぼうけしてようやく私の所にはやってこないんだと悟った時の惨めな気持ちが君にわかるだろうか。何日かして離れに行ってみれば塵塚が見慣れぬ寝間着を纏っていて十中八九君からのクリスマスプレゼントだろうと思い至ってしまった時の惨めさと来たら万の言葉を用いても表すには足りない程の感情が私の中で嵐の様に荒れ狂っていたよ。おっといけない本題からそれてしまったし私の心の内なんてどうでもいい話だったね。私が君に問いたいことはただ一つ。最初の問いに戻ってしまうんだけど、どうして図書館に来てくれなかったのかな?そして万が一億が一兆が一にもないとは思うしこのような質問をすること自体失礼にも当たるかもしれないけれど、どうか私の心の平穏に訪れる一言が欲しいが為に無礼を承知で問わせてもらいたい。」
座っていても長身であることが容易にわかる斑さんは喋り始めから私の顔に固定した視線を一切逸らさず、ここまでが一繋ぎであるかのよう流れる様に述べ上げ、おそらく最も聞きたかったのだろう言葉を最後に短く吐き出すように問かけた。
「私の事、忘れていたわけじゃないよね?」
アルプスの湧き水よりも純粋で透明な雫に頬を濡らし寂寥感に塗れた声音に、その原因を作ってしまった私は正面から向き合って答えることなど出来ようはずもなく、新年早々平身低頭の思いを胸に誠心誠意謝罪する以外の選択肢は存在しなかった。
「おっすマメ久しぶり。ひえー寒かったー、取り合えず暖まらせてくれー」
玄関のチャイムが鳴らされ戸を開くと、専門学校に進みながら既に将来の有望株として頭角を現し始めている新進気鋭のデザイナー【ももも】こと望月桃がトナカイよろしく真っ赤になった鼻をすすりながら立っていた。
大女はドアを大きく開いて招き入れ暖炉の前へ案内し、戸の鍵を閉めドアチェーンも忘れずに掛けてから部屋に戻ると、約束していた午後七時ぴったりに到着した友人に羽曳野冬華がウェルカムドリンクを振舞わんとキッチンに入ったところだった。
「さっきのメールの通りに作っているけれど、これ本当に美味しいの?」
「わかってねーなー。エッグノックの滑らかさとシナモンの香り、そこにアップルブランデーときて美味くない訳がない」
火に一番近い席に座るとかつては高校時代の短かった頃の面影もない、腰まで伸びる乱れ髪に未だ大きな雪の結晶が数えきれにないほど付着させている小柄な女は、後ろから見れば人間というより栗梅色の毛玉かなにかのようだ。
寒風から解放されつい先程まで屋内をサウナ一歩手前まで加熱していた暖炉の前で、椅子に座ったまま脚を浮かし小尻でバランスを取りつつ掌と足裏を火に向かって掲げるマスコットは、手元に届けられたマグカップに入っている乳白色のカクテル【ブランデーエッグノック】を口に含むと先程までの自信に満ちた尻上がりの眉とは裏腹に、数秒後顕著に下がった眉尻は誰がどう見てもご馳走に喜んでいる表情ではなく、割と健闘はしたものの半分ほど残してゲンドウポーズで机に着いた。
「これを作ったシェフを呼べ」
冬華が私だけどどうかしたのと名乗り出ながら目の前に座り、一生懸命低い声を出している桃は短く重ねて質問をする。
「味見はしたのかいマダム?」
「するわけないじゃない。私は下戸よ」
実際はガブガブ飲めるザル女の全く悪びれる様子のないガッツリ嘘を、そんなことは知る由もないデザイナーは明らかに失敗作であったカクテルを指さしながら糾弾する。
「なんでシナモンの代わりに七味と胡椒振っとんじゃい!こんなもん美味いわけあるかー!」
「あらそう?体が温まると思って気を利かせたつもりだったのだけれど」
「いーや嘘だね!またそうやってうちを騙そうとしてるに違いない!」
「ばれてしまっては仕方ないわね。そうよ、わざとよ。これでいいかしら?」
「お、いやに素直じゃん。じゃあ今日は特別に許してやるか。ってなるわけねーだろ!許さねえよ!ってかあっちーなこの部屋、何度あんだよ!」
一人増えただけで賑やかになり大女も混ざってリビングに姦しい笑い声が反響する。
暫くそうしていたのだが、叫び疲れたチビッ子が机の端に重ねられている目原稿用紙の束に気付いたらしく、一言断ってからペラペラと読み始めた。
文章を書いた本人は再びざわつかんとする心を宥める様に珈琲に口を付け、緊張というものを母の胎内に置き忘れてきた疑いのある話者ことマメは、静かになった卓上を離れ席の後ろに回り、少し広くなっている辺りで一人ヨガに興じ始める。
望月桃は一通り目を通し終え元の位置に戻すといつかのように羽曳野冬華を呼びつけ、宮比さんの目は緑じゃなくて翡翠で、塵塚さんの羽織は赤じゃなく緋色だなどと色表現の細かな訂正を入れ始めた。
先程までの口喧嘩していた様相とは打って変わり冬華もそれを素直に受け入れ手直しする姿を遠巻きに眺めるヨガに飽きた女は、一人だけ蚊帳の外で寂しくなってしまったのかスマホで明日合流する予定の四人目にメールを打っていた。
「ありがとう。貴女のお陰できっと過去最高の作品に仕上がるわ」
「いいってことよ、目が治ったお祝いまだだったしな。ああでも印税入ったら焼肉くらいは奢ってくれよな。にしても何で鍵括弧の終わりに句読点着けてんだよ」
「オリジナリティーよ」
「もっと他に拘るべき所があると思うがねえ」
二人がかりの色の見直しが終わったのを感じたA3ほどの大きさの箱を抱えた小説の主人公は、ハスキーが仕事から帰って来た飼い主に飛びつくように駆け寄ってきた。
まだ海外から帰国していない友人へ送ったメールが中々返って来ないので、暇つぶしに二階を散策しているうちに見つけたボードゲームを抱えて戻っていたのだが、何故か両方からすごい剣幕で元あった場所に返してきなさいと怒られてしょげる姿は、まさしく大型犬そのものであった。
「そのボードゲームは駄目よ。絶対に」
「うちもその意見に賛成だ。理由は分からんが、なんかこうやばいスメルがプンプンしてる」
彼女が持っていたのは二階のベッド下で見つけた【小戦略ー隔絶獣魔戦線ー】という敵から家を守るゲームだったのだが、過去の経験から鼻の利くようになった他二人はこれが実際に今居る家を周囲に召喚された獣魔から守る遺物という事にいち早く勘付いたようだ。
ほったらかしすぎてまた余計な事を始める前に話の続きを喋らせようと、渋々元に戻して来た話者を縛り付けるようにして席に座らせ先を促す。
「さあ今日のラストスパートよ。狐狸夫婦の後は何があったの?」
「あー、確か斑さんにすっごい愚痴られたような。でも中身あんま覚えてないや」
「任せなさい。あの人と一番会話したのは私だから、その位なら想像から創造してみせるわ」
過去から現在に至るまで八玉図書館に足しげく通っている羽曳野冬華は、今度は自信満々に原稿用紙に筆を滑らせ始めた。
◇ ◇ ◇
「決して勘違いしないで欲しいのだけど私は怒っている訳ではないんだ。ああこれっぽちも怒っていないし腹も立てたりしていないよ本当さ。ただなぜ次は友達を連れて来てくると言っていたのにあれっきり図書館に顔を出してくれなかったのかを知りたいのさ。しかも私の記憶によるとそれは私から求めたのではなく君の方から率先して打診してくれたと思うのだけど違ったかな?いやいやいや決して責めている訳ではないんだ。これもまた知りたいとゆう欲求のままに聞いただけのことで、もしかしたら私の記憶違いで実は此方から執拗に新顔を連れてくるよう無理強いされていると感じ二度と行きたくなくなったとか或いはその様に取られかねない事を言ってしまったのではないかとカウンターの奥でやきもきしていたんだ。もしそうであったのなら何がいけなかったのかどの言葉にそのような解釈をされる余地があったのかを把握しておかないとまた同じことをしでかさないとも限らないからね。待てど暮らせど来てくれなかった原因がそういったものであったのなら一つご教授願いたいんだよ。はたまた単純に忙しかったのかな?なるほどそれなら納得がいく。なんといっても君は華も恥じらい月も隠れる女子高生。朗らかに起き登校し学び舎では勉学に励む傍ら同輩達とも交流を深め今日も充実した一日だったと語らいながら帰路に着く毎日にはこんな山上の古臭い図書館に訪れる暇なんて無かったとしても仕方がないというものだ。しかし何故だろうここ最近、そう君が図書館を訪れてから今日までの数週間に君は何度も塵塚と会っていたそうじゃないか。これは妙だと思わないかい?締め上げた山川から君は電車通学と聞いているのだけど、であるならば君は学校から駅まで直帰するのではなくわざわざ大きく東に道を逸れてここに来ている訳だ。もちろん寄り道を咎めている訳ではないよ?学友のみならず外部のコミュニュティと接触対話、時には中に混じることで得られるものも沢山あるだろうからむしろ奨励したいぐらいさ。よしんばそういった意図が無かったとしても概ね人間は新しい物に心を惹かれやすい生き物というのは承知している。今まで経験したことのない刺激を求めて新しく出来た友達と何となく交流するなんて実に素晴らしい事じゃあないか。たとえ相手が塵塚のような朴訥な仕事人間であったとしても君にとってそれが新鮮であるなら良い事だと思うし得た物が今後の人性の役に立ち彩り豊かな未来の土台になるよう願いもする。しかし、しかしだよ君。どうしてついそこまで、駅から此処までに比べれば誤差に等しいほど僅かな距離を歩くだけで顔を出せる私の所には来てくれなかったのかな?自慢するわけはないけれれど塵塚よりもずっと私の方が多弁で場を盛り上げる能力に長けているという自負はあるのだけどもしかして君はあまりお喋りなのは嫌いなのだろうか。だとしたら確かに私の所へ顔を出すのが億劫になってしまったのだとしてもそれは初対面にも関わらず気を使って話題を振ってくれたのにも気が付かず昇降機の見所をべらべらと並べ立ててしまった私にも非があったそれは認めよう。けれども約束していた文学少女ちゃんを離れまで連れて来ていたのに紹介しに来てくれないと言うのはあんまりじゃないかい?私がどれだけ心待ちにしていたか君にわかるかい?以前も話したと思うけどうちの図書館には見知った者しか訪れないうえに、奴らと来たら有名雑誌に載るような売れ筋少年漫画ばかり読んで伝記も小説も読もうとしないし、最初に説明してあげたというのに同人誌についてはその存在すら覚えていないだろう。それがどれだけ私にとって悲しい事か。無論自宅の端末でダウンロードしたものを読んで実際の本を触る必要がないからうちに来ないという風になるよりはずっといいけれど、一介の本好きとしてはもっと多種多様に揃えた、それこそ所狭しと並べられたあの子達に見向きもせずソファに座ってただ届いた新刊を楽しむ姿しか瞳に映らない毎日というのはなかなかどうして切ないものなんだ。しかしながらそんな張り合いのない毎日に一筋の希望ともいえる存在を君が連れて来てくれると言ってくれて砂漠の様に乾いていた私の心にどれほど潤いをもたらしたことか。君の連れてくる本好きの子はどんなジャンルが好きなんだろう、伝記だろうか創作物語だろうか。もし伝記が好きならマイナーだけれど面白い人生を送った武将や偉人を紹介しようファンタジーが好きなら数千年前世界各地で作られた神話の原点からネット上の最新流派にして一部から狂信的なまた一部からは早くも飽きられ始めているなろう系なんかの楽しみ方も添えつつ選りすぐりの作品をお勧めしようなんて一日千秋の思いでいたわけだ。だのに一度目は離れで葛ノ葉の令嬢とお話しただけで帰らせ、二度目までも図書館に案内してくないとはどういう了見だい?一度目はまあ魅了されただの塵塚が伝説遺物で世を騒がせだのと聞き及んでいるから許せるとして二度目はクリスマスパーティーだったというじゃあないか。離れから嬉しそうに箱の中身を自慢がてら漫画を読みに来た子供達に大きな人間の女の子が二人も友達を引き連れて来ていると聞いて今か今かと待っていたのに一向にドアが開かれず、翌日まで待ちぼうけしてようやく私の所にはやってこないんだと悟った時の惨めな気持ちが君にわかるだろうか。何日かして離れに行ってみれば塵塚が見慣れぬ寝間着を纏っていて十中八九君からのクリスマスプレゼントだろうと思い至ってしまった時の惨めさと来たら万の言葉を用いても表すには足りない程の感情が私の中で嵐の様に荒れ狂っていたよ。おっといけない本題からそれてしまったし私の心の内なんてどうでもいい話だったね。私が君に問いたいことはただ一つ。最初の問いに戻ってしまうんだけど、どうして図書館に来てくれなかったのかな?そして万が一億が一兆が一にもないとは思うしこのような質問をすること自体失礼にも当たるかもしれないけれど、どうか私の心の平穏に訪れる一言が欲しいが為に無礼を承知で問わせてもらいたい。」
座っていても長身であることが容易にわかる斑さんは喋り始めから私の顔に固定した視線を一切逸らさず、ここまでが一繋ぎであるかのよう流れる様に述べ上げ、おそらく最も聞きたかったのだろう言葉を最後に短く吐き出すように問かけた。
「私の事、忘れていたわけじゃないよね?」
アルプスの湧き水よりも純粋で透明な雫に頬を濡らし寂寥感に塗れた声音に、その原因を作ってしまった私は正面から向き合って答えることなど出来ようはずもなく、新年早々平身低頭の思いを胸に誠心誠意謝罪する以外の選択肢は存在しなかった。
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