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-monster children-
#25-monster children-
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ビーッという呼び鈴が鳴り、来たかといつもの様に玄関に出迎えに出た家主が帰って来ると、その後ろには四人ほど引き連れており、彼らが部屋に入ってきた瞬間に部屋の空気が変容し車でも乗せられたのかと思うほど肩が重たくなった。
ついでに持って来てくれたのだろう私の前に火鉢を置きいた少年がいつもの席に座り、右手には仁王のような服装をした人間の数倍の体躯を持つ古狸がドカリと腰を下ろし、いつも山川の座っている左手には、身長は170㎝程度で純白の着物の後ろに輝くそれ以上に真白な尻尾を優雅に振る女老狐がさっと座る。
このメンツだけでも十分に部屋の中は重厚な空気となり息をするのも苦しいくらいなのだが、最後から二番目に入室し対面に座ったのは先日再度の当選で継続日数を伸ばし最長内閣となったとテレビが言っていた総理大臣その人であり、最後に部屋に入ってきた秘書然とした男性は座るや否や簡単な挨拶から入り、黒く固そうな鞄から取り出した書類を読み上げ始めた。
「それでは早速ですが、この度行方不明となられた金田団吉様と葛ノ葉麻実様に関しての調停会を始めさ」
「会など必要ない。我が倅、団吉を誑かしたであろうこの女狐めの家に合戦を申し込む。」
大狸のしわがれながらも大鐘を思わせる低音には確かな圧が内在し自分に向けられている訳でもないのに背筋が寒くなるが、面と向かって言葉の鉾を向けられた老狐は何を下らぬことをと前置きをしさも何も感じていないかのように言葉を返した。
「皺の隙間から何を言うかと思えば世迷言を。とうとうボケたか糞狸。うちの者がそのような事をするはずがなかろうて。そもそも縁談を断ったのは麻実からじゃ。だのに此方が誑かすなど道理がねじくれておると何故きづかぬ。どうせ振られたことを逆恨みした貴様の手の者がうちのに何かしたじゃろう?」
「抜ぅかせ女狐。先代の遺言ゆえ仕方なく縁談を申し込んでやったとゆうに、それを顔も見ずに破談とした不義理に倅は怒りもせず、今は自分で相手を選ぶ時代ゆえ仕方ないと言うただけだったわ。だのに有りもしない報復を恐れた貴様がアレに何かしたのだろう。先日町で狐と歩む姿が最後に消息を絶っておるのがその証拠よ。」
「おやおや倅と言ってももういいお年でしょうに。未だに目付がいるような御仁だったとは。やはり何かしでかしたのは其方の倅殿ようじゃな。破談にして正解じゃったかのう。」
「なぁんじゃと!?」
「双方、今少し口を閉じろ。」
興奮から今にも襲い掛からんばかりの勢いで机を叩いた古狸と舌戦を繰り広げ相対する女老狐に、短く小さいながらも強制力のある声で調停師が双方の鉾を収めさせた。
具合悪そうに押し黙った二人の様子を認め、再び今回の議題を読み上げるよう指示すると、咳払いを挟んだ秘書が内容を読み上げ始める。
「事の始まりとなるのは二百年前に亡くなられた佐渡狸の先代棟梁様まで遡り、土地を守るためとはいえ自身の行動により葛ノ葉家との関係が悪化した事に深く憂いを持っておられたとのことで、思いついた時には既に子同士の仲が悪かったため孫同士の婚姻をもって手打ちとしてもらいたいという団三郎様たっての願いから佐渡狸側から申し出があり、今回の縁談話が持ち上がったとなっておりますが、これに関してお二方から異論はございますか?」
「ない。」
「ありませぬ。」
最後に入室した男性の整然としつつも額に汗をかきながら読み上げられた内容に静まり返る客間に、喧嘩をしていた二人から異がないことを確認した彼は今日の本題を読み進める。
「今回お集まりいただいたのは他でもありません。縁談話にあったお二方が行方不明となられたことで、御両家内で互いへの不信や様々な噂が立ち物理争議となるのも時間の問題という話が耳に入りましたので、国としては何とか鉾を収めていただきたいという思いから調停師塵塚様の元での話し合いを発起した次第です。」
秘書は一仕事終えた風に書類を膝の上に整えて、会話の主導権を総理大臣に渡す。
固く引き締められた顔には出ていないが、きっと内心ではホッとしていることだろう。
少なくとも私であれば両隣に居る狐狸の渋い表情の中では、ただ紙に書かれた内容を読み上げる事すらままならないと思うので、絶対に心の中で息を吐いていると思う。
「えーという訳で、先程お伝えした通り私たちといたしましては、お二方に何とか折り合いをつけていただくべく、何か落とし所のような物を共に考えさせていただきたいなと思っている次第なのです。」
「こういった時は合戦と相場が決まっておるのだ。部外者はだぁっとれ!」
「然り。現棟梁の主動で狐狸の長きに渡る因縁断ち切ればよい。それに貴様、数が多いとはいえ他種族の問題にまで口を出す権利はなかろう?」
「それはそうなのですが、ここは今一度お互い冷静になってしっかりお話していただいて、合戦に変わる方法を模索していただければと。」
「だぁら伝説級の破壊遺物でも差し出させぇ。そうすりゃこの女狐が次になんかしたら叩き潰してやれる。」
「このような馬鹿狸に武力を持たせるなど愚の骨頂。それに遺物を貰う立場にあるのは此方です。」
左右から部外者は黙っていろと突っぱねられた総理は薄くなった頭頂部に玉のような汗を浮かばせながら尚も食い下がる。
正直政治に詳しい訳ではないが、目の前に座る百何代目かの総理大臣は人性生物と人間との壁を完全に取り払うことを目標にした政策を推しており、それまでなあなあであった教育やその他の制度を今一度いちから見直すことで街での共存を実現した傑物だ。
もともと人性生物と日本人との仲は悪いものではなかったが、それを更に一歩進める政策には双方に妥協を強いることになり針の筵に座る場面が多かったらしいのだが、意思の疎通が図れるならば根気よく対話を続けることで分かり合えるといった内容のインタビューの記憶がほんのり残っている。
クラスメイトに人性生物がいるのが当たり前の時代に生まれたので考えたことも無かったが、人性生物と人間或いは他種族間との対立というのは意外と今日にいたっても激しいのかもしれない。
「うむ。三方の言い分相分かった。しかし合戦だの折り合いだのがどうこう以前の話があるのではないか?まずは消えた二人から話を聞くのが寛容だろうよ。」
再び卓上の口喧嘩が始まり、それを諫める総理を暫く眺めながら呑気にお茶を啜っていた調停師が、ようやく諭すように口を開いた。
「もう散々探したわい。産廃様はそこの人間と遊んでおいてくださればよかろう。」
「ずっと何者かと横目に見ておったが口もきけぬ置物を侍らすなど、塵塚の爺も耄碌したものよな。」
「……貴様ら今の言葉は私にまで牙を向けたと思って相違ないな?貴様ら同士の諍いに手は出さぬが、私に噛みついてきた者を切り捨てる分には何の問題もない。物の弾みだったと反省の意を述べるなら今だぞ。」
いつも通り岩の様に変わらぬ表情から出されたであろう言葉には珍しく感情が籠っており、右後ろにいる私ですら血の気を引いていくのがわかる。
総理は相変わらず禿げ頭に汗を浮かべたまま三人の間に分け入って仲裁しようとしているが、後ろに控える秘書は当初の引き締まった表情など跡形もなく真っ青となっており、今にも倒れそうなほど首から上が振り子の様に揺れている。
「もうええでっか?」
一触即発の緊迫した空気を台無しにするような声が庭から聞こえた。
隣で首肯の衣擦れ音が聞こえると、部屋と池の間に立った河童は全員からの視線を浴びる中地面に何かを叩きつけ、濛々と立ち上った煙が庭一帯を包み込んだ。思った以上に濃い煙に山川は咳込みながら誰かを呼び煙が晴れると、そこには行方不明になったとされる二人が立っていた。
「「私達、紆余曲折ありましたが無事縁談の通り番と相成りました!」」
声を合わせて大きな声で宣言され庭の二人に部屋の中に居る全員の目が集まると同時に、黒紋付き袴姿の金子団吉と白無垢に身を包んだ葛ノ葉麻美の合わせて四本の腕に抱えられた四人の子供達に部屋の中の殆どが当惑し、秘書はとうとう畳に伏した。
どういう事なのかと驚くも束の間、直ぐに正気に戻った歴々を前にしても臆さず、縁側で姿勢を正して座る金田さんと葛ノ葉さんの姿があった。
二人の抱えていた四人の子供に私の隣で正座のまま眠りこけていたこやぎも加わった子供連合と広い庭で縦横無尽に立ち回りその相手をする山川を尻目に、先程まで険しい顔で口論していた親達の標的は夫婦に切り替わり質問が始まる。
「団吉、どういうことか説明せえ。」
「棟梁。見た通り私は彼女に惚れ、そして番になったのです。」
古狸の言葉に真っ直ぐな視線を返す若狸に、短くほうかと呟き狸の棟梁は口を重く閉ざし、次はお前の番だと対面に視線を送る。
「麻美、そん人はあんたが振ったお方や。わかっとんのか?あんなに縁談なんて嫌やと言うとったお相手やで?」
「承知しています。」
やはり真っ直ぐな答えに、此方もそうかと口を閉ざした。
「経緯はどうあれ、先代佐渡狸棟梁と先代葛ノ葉狐棟梁からの因縁はここに終結した。異論はないな?」
「ない。」
「ありません。」
調停師が纏めるよう大きく手を打ち、これにて終いだと告げて場に弛緩した空気が流れ始めるが、ようやくもう口を開くことを許された私は開口一番に言いたいことを言ってみる。
「これ、喧嘩する必要あった?」
「いやーめんこいのー。ほれ転げてべそをかいておるようでは山川殿の皿を割るなど夢のまた夢じゃぞ。」
「全く狸の教育は野蛮でならぬ。ほれ女子達はこちらでオババとお話しましょ。」
庭や縁側にでて爺馬鹿と婆馬鹿が炸裂する中、少年の左手に座った私の正面に座した新婚夫婦は床に手をついて少年と総理にお礼を述べていた。
私は少年の左後ろから席に着きいつもは山川の座っている位置から左手に総理大臣、正面に狐狸夫婦を眺める位置に着いている。
「例など不要だ。此度の件について私は何もしておらん。」
「私もただ頭皮の汗を拭くばかりでしたし、どうか頭をあげていただいて。」
「いいえ、先日訪れた時に背中を押していただかなければどうなっていた事か。それに数週間に及ぶ対話の呼びかけも。どちらも無ければ庭で子供と戯れている二人が殺し合っていたかと思うと、今でも身が震える思いです。」
口を開かないように言われていたのでずっと黙っていたが、告白の成就を見届けていたのでなんだこの茶番はと思いながら眺めていたのだが、どうやら本家に顔を出しづらい二人の為に場を設けることが目的だったらしい。
しかし驚いたのは子供達まで連れていた事だ。それも四人も。
「それにしても二人とも隅に置けないですね。告白した時には実はとっくに子供がいたなんて。」
「まさかそんな。あの子等はちゃんと番になってから産んだ子供です。」
赤面しながら否定する麻美さんの言葉に、またまた~と返すが私に向けられる視線は何言ってんだこいつという雰囲気を纏っていた。
「おおそうだった、私が台座と呼んでいるこの助手は最近怪異と言うものを知ったところでな。心合という物の存在を知らんのだ。」
「ほう、それは珍しい。まさか怪異の事をほとんど知らないのに塵塚様の助手に抜擢されるとは。まだ学生さんのように見えますが卒業後の進路が決まっておられぬなら是非こちらにお電話を。」
総理大臣から名刺を貰うなんて思ってみなかったので、マナーなどはよく分からないが取り合えず両手で受け取って財布のカードスペースに差し込んでおく。
私は名刺なんて小洒落た物は持っていないので、取り合えず自己紹介だけしておいた。
「それにしても塵塚様、助手のお嬢さんは凄いですね。あの重圧の中で平然としていられるなんて。うちの怪異担当大臣なんてほら、ま~だ伸びとります。もうちょっと気を張って場に臨んでもらいたいもんです。」
「少し事情があってな。台座の光玉は純正二次の破片で補修したゆえ、よほどでなければ気圧される事などないだろうよ。」
「それは何と稀有な。ますますうちで働いていただきたい。」
「よくわかんないけど、今なんか聞き捨てならない事言わなかった?」
うっかり口走ったことな無かった事にするよう押し黙った少年をしつこく問い詰めたところ、私がこやぎの姉こと吸収の怪異に内臓の多くを食べられた折に、光玉と呼ばれる物、人の世でに言う所の魂も一部食べられてしまったらしく、足らなくなった部分を八つ裂きにした吸収の怪異のそれで補填したそうだ。
通常見えず触ることも出来ない物なのだが命を救うため遺物を使い無理やり私の物と合わせた所、いい具合に馴染んで助かったのだそうだ。
遺物の布で目隠しをしなくても怪異が見えるようになったり最近妙にお通じが少ないと思っていたが、どうやら取り込んだ吸収の怪異性の影響であることが判明した瞬間である。
「もう隠してることないよね?」
「………………ない。」
明らかにあるやつの間だったし、頑なに目を合わせない調停師を更に追求するも今度はいやに口が堅い。
仕方ないので気を取り直して部屋の隅にある辞典で先ほど聞いた心合という言葉を調べたところによると、怪異は交尾という物を必要とせず、互いの光玉を合わせることで子を為すらしい。
怪異性が薄くなり逆に人性の強くなりすぎた怪異には出来ないらしいが、二人の場合は由緒正しい怪異であったため可能だったのだろう。
そして心合で子をなした場合は妊娠や胎児の過程が存在せず、互いの特徴を備えた子が最低でも二人は生まれるそうだ。
「子は鎹とよく言うが、その先にある孫というものは戦をも止めうるのだな。」
「まあ一概には言えませんが、少なくとも今回はそのようです。今日はうちの新人教育に御助力いただきありがとうございました。これは心ばかりですがお納めください。ではまたよろしくお願いいたします。」
肝心の心合の方法は書かれていなかったが自分には関係ない事かと頭を上げると、総理が懐から分厚い封筒を取り出して少年に手渡して退出するところだった。
ただ二人のお披露目をするだけでなく怪異担当大臣の実習も兼ねていたようだが、何も知らないまま鉄火場に放りこまれた挙句気を失い、上司に肩を借りてよたよたと帰っていく後ろ姿を見て社会人って大変なんだなと沁み染み思った。
あまりじろじろ見るのも悪いので庭で河童と戯れる子供達と爺婆を眺める。
先程までは子供達がただ追いかけて飛びつく程度だったのだが、おそらく孫にカッコいい所を見せたいのであろう、狐狸の棟梁がそれぞれ漫画や映画の中でしか見たことのない雷の龍や土の鬼に乗って河童を追い込み、それらから放たれる稲妻と土の杭を普段軽薄なノリで軽口しか言わない河童が珍しく必死の形相で回避しているという和やかな風景を眺める。
「台座よ、来年顔を合わせた時に渡そうと思って負ったのだが、ひと月分の駄賃だ。」
唐突に横から出された封筒には達筆な字で助手代と書かれており、一応中を確認して中に納まるお札の顔を確認し思っていた以上の額に礼を言いながらしめしめと懐に収める。
朝起きた時こやぎが死んでしまうのではと心配したが、それだけでなく種族間抗争まで解決した一日に諸手を挙げて感想を述べよう。
「なにはともあれ、大団円だね。」
「たった今目の前でワテがバッドエンド迎えそうな状況で何を呑気に締めとんねーん!」
ほとばしる雷鳴と地面の砕ける轟音の隙間に、一瞬今日と言う日に似つかわしくない慟哭のような物が挟まっていた気がしたがきっと気のせいだろう。
何故なら今日の天気は一片の曇りのない青空にも関わらず我儘雨が降り、紺碧を跨ぐように七色の梯子の掛かる絶好の嫁入り日和なのだから。
ついでに持って来てくれたのだろう私の前に火鉢を置きいた少年がいつもの席に座り、右手には仁王のような服装をした人間の数倍の体躯を持つ古狸がドカリと腰を下ろし、いつも山川の座っている左手には、身長は170㎝程度で純白の着物の後ろに輝くそれ以上に真白な尻尾を優雅に振る女老狐がさっと座る。
このメンツだけでも十分に部屋の中は重厚な空気となり息をするのも苦しいくらいなのだが、最後から二番目に入室し対面に座ったのは先日再度の当選で継続日数を伸ばし最長内閣となったとテレビが言っていた総理大臣その人であり、最後に部屋に入ってきた秘書然とした男性は座るや否や簡単な挨拶から入り、黒く固そうな鞄から取り出した書類を読み上げ始めた。
「それでは早速ですが、この度行方不明となられた金田団吉様と葛ノ葉麻実様に関しての調停会を始めさ」
「会など必要ない。我が倅、団吉を誑かしたであろうこの女狐めの家に合戦を申し込む。」
大狸のしわがれながらも大鐘を思わせる低音には確かな圧が内在し自分に向けられている訳でもないのに背筋が寒くなるが、面と向かって言葉の鉾を向けられた老狐は何を下らぬことをと前置きをしさも何も感じていないかのように言葉を返した。
「皺の隙間から何を言うかと思えば世迷言を。とうとうボケたか糞狸。うちの者がそのような事をするはずがなかろうて。そもそも縁談を断ったのは麻実からじゃ。だのに此方が誑かすなど道理がねじくれておると何故きづかぬ。どうせ振られたことを逆恨みした貴様の手の者がうちのに何かしたじゃろう?」
「抜ぅかせ女狐。先代の遺言ゆえ仕方なく縁談を申し込んでやったとゆうに、それを顔も見ずに破談とした不義理に倅は怒りもせず、今は自分で相手を選ぶ時代ゆえ仕方ないと言うただけだったわ。だのに有りもしない報復を恐れた貴様がアレに何かしたのだろう。先日町で狐と歩む姿が最後に消息を絶っておるのがその証拠よ。」
「おやおや倅と言ってももういいお年でしょうに。未だに目付がいるような御仁だったとは。やはり何かしでかしたのは其方の倅殿ようじゃな。破談にして正解じゃったかのう。」
「なぁんじゃと!?」
「双方、今少し口を閉じろ。」
興奮から今にも襲い掛からんばかりの勢いで机を叩いた古狸と舌戦を繰り広げ相対する女老狐に、短く小さいながらも強制力のある声で調停師が双方の鉾を収めさせた。
具合悪そうに押し黙った二人の様子を認め、再び今回の議題を読み上げるよう指示すると、咳払いを挟んだ秘書が内容を読み上げ始める。
「事の始まりとなるのは二百年前に亡くなられた佐渡狸の先代棟梁様まで遡り、土地を守るためとはいえ自身の行動により葛ノ葉家との関係が悪化した事に深く憂いを持っておられたとのことで、思いついた時には既に子同士の仲が悪かったため孫同士の婚姻をもって手打ちとしてもらいたいという団三郎様たっての願いから佐渡狸側から申し出があり、今回の縁談話が持ち上がったとなっておりますが、これに関してお二方から異論はございますか?」
「ない。」
「ありませぬ。」
最後に入室した男性の整然としつつも額に汗をかきながら読み上げられた内容に静まり返る客間に、喧嘩をしていた二人から異がないことを確認した彼は今日の本題を読み進める。
「今回お集まりいただいたのは他でもありません。縁談話にあったお二方が行方不明となられたことで、御両家内で互いへの不信や様々な噂が立ち物理争議となるのも時間の問題という話が耳に入りましたので、国としては何とか鉾を収めていただきたいという思いから調停師塵塚様の元での話し合いを発起した次第です。」
秘書は一仕事終えた風に書類を膝の上に整えて、会話の主導権を総理大臣に渡す。
固く引き締められた顔には出ていないが、きっと内心ではホッとしていることだろう。
少なくとも私であれば両隣に居る狐狸の渋い表情の中では、ただ紙に書かれた内容を読み上げる事すらままならないと思うので、絶対に心の中で息を吐いていると思う。
「えーという訳で、先程お伝えした通り私たちといたしましては、お二方に何とか折り合いをつけていただくべく、何か落とし所のような物を共に考えさせていただきたいなと思っている次第なのです。」
「こういった時は合戦と相場が決まっておるのだ。部外者はだぁっとれ!」
「然り。現棟梁の主動で狐狸の長きに渡る因縁断ち切ればよい。それに貴様、数が多いとはいえ他種族の問題にまで口を出す権利はなかろう?」
「それはそうなのですが、ここは今一度お互い冷静になってしっかりお話していただいて、合戦に変わる方法を模索していただければと。」
「だぁら伝説級の破壊遺物でも差し出させぇ。そうすりゃこの女狐が次になんかしたら叩き潰してやれる。」
「このような馬鹿狸に武力を持たせるなど愚の骨頂。それに遺物を貰う立場にあるのは此方です。」
左右から部外者は黙っていろと突っぱねられた総理は薄くなった頭頂部に玉のような汗を浮かばせながら尚も食い下がる。
正直政治に詳しい訳ではないが、目の前に座る百何代目かの総理大臣は人性生物と人間との壁を完全に取り払うことを目標にした政策を推しており、それまでなあなあであった教育やその他の制度を今一度いちから見直すことで街での共存を実現した傑物だ。
もともと人性生物と日本人との仲は悪いものではなかったが、それを更に一歩進める政策には双方に妥協を強いることになり針の筵に座る場面が多かったらしいのだが、意思の疎通が図れるならば根気よく対話を続けることで分かり合えるといった内容のインタビューの記憶がほんのり残っている。
クラスメイトに人性生物がいるのが当たり前の時代に生まれたので考えたことも無かったが、人性生物と人間或いは他種族間との対立というのは意外と今日にいたっても激しいのかもしれない。
「うむ。三方の言い分相分かった。しかし合戦だの折り合いだのがどうこう以前の話があるのではないか?まずは消えた二人から話を聞くのが寛容だろうよ。」
再び卓上の口喧嘩が始まり、それを諫める総理を暫く眺めながら呑気にお茶を啜っていた調停師が、ようやく諭すように口を開いた。
「もう散々探したわい。産廃様はそこの人間と遊んでおいてくださればよかろう。」
「ずっと何者かと横目に見ておったが口もきけぬ置物を侍らすなど、塵塚の爺も耄碌したものよな。」
「……貴様ら今の言葉は私にまで牙を向けたと思って相違ないな?貴様ら同士の諍いに手は出さぬが、私に噛みついてきた者を切り捨てる分には何の問題もない。物の弾みだったと反省の意を述べるなら今だぞ。」
いつも通り岩の様に変わらぬ表情から出されたであろう言葉には珍しく感情が籠っており、右後ろにいる私ですら血の気を引いていくのがわかる。
総理は相変わらず禿げ頭に汗を浮かべたまま三人の間に分け入って仲裁しようとしているが、後ろに控える秘書は当初の引き締まった表情など跡形もなく真っ青となっており、今にも倒れそうなほど首から上が振り子の様に揺れている。
「もうええでっか?」
一触即発の緊迫した空気を台無しにするような声が庭から聞こえた。
隣で首肯の衣擦れ音が聞こえると、部屋と池の間に立った河童は全員からの視線を浴びる中地面に何かを叩きつけ、濛々と立ち上った煙が庭一帯を包み込んだ。思った以上に濃い煙に山川は咳込みながら誰かを呼び煙が晴れると、そこには行方不明になったとされる二人が立っていた。
「「私達、紆余曲折ありましたが無事縁談の通り番と相成りました!」」
声を合わせて大きな声で宣言され庭の二人に部屋の中に居る全員の目が集まると同時に、黒紋付き袴姿の金子団吉と白無垢に身を包んだ葛ノ葉麻美の合わせて四本の腕に抱えられた四人の子供達に部屋の中の殆どが当惑し、秘書はとうとう畳に伏した。
どういう事なのかと驚くも束の間、直ぐに正気に戻った歴々を前にしても臆さず、縁側で姿勢を正して座る金田さんと葛ノ葉さんの姿があった。
二人の抱えていた四人の子供に私の隣で正座のまま眠りこけていたこやぎも加わった子供連合と広い庭で縦横無尽に立ち回りその相手をする山川を尻目に、先程まで険しい顔で口論していた親達の標的は夫婦に切り替わり質問が始まる。
「団吉、どういうことか説明せえ。」
「棟梁。見た通り私は彼女に惚れ、そして番になったのです。」
古狸の言葉に真っ直ぐな視線を返す若狸に、短くほうかと呟き狸の棟梁は口を重く閉ざし、次はお前の番だと対面に視線を送る。
「麻美、そん人はあんたが振ったお方や。わかっとんのか?あんなに縁談なんて嫌やと言うとったお相手やで?」
「承知しています。」
やはり真っ直ぐな答えに、此方もそうかと口を閉ざした。
「経緯はどうあれ、先代佐渡狸棟梁と先代葛ノ葉狐棟梁からの因縁はここに終結した。異論はないな?」
「ない。」
「ありません。」
調停師が纏めるよう大きく手を打ち、これにて終いだと告げて場に弛緩した空気が流れ始めるが、ようやくもう口を開くことを許された私は開口一番に言いたいことを言ってみる。
「これ、喧嘩する必要あった?」
「いやーめんこいのー。ほれ転げてべそをかいておるようでは山川殿の皿を割るなど夢のまた夢じゃぞ。」
「全く狸の教育は野蛮でならぬ。ほれ女子達はこちらでオババとお話しましょ。」
庭や縁側にでて爺馬鹿と婆馬鹿が炸裂する中、少年の左手に座った私の正面に座した新婚夫婦は床に手をついて少年と総理にお礼を述べていた。
私は少年の左後ろから席に着きいつもは山川の座っている位置から左手に総理大臣、正面に狐狸夫婦を眺める位置に着いている。
「例など不要だ。此度の件について私は何もしておらん。」
「私もただ頭皮の汗を拭くばかりでしたし、どうか頭をあげていただいて。」
「いいえ、先日訪れた時に背中を押していただかなければどうなっていた事か。それに数週間に及ぶ対話の呼びかけも。どちらも無ければ庭で子供と戯れている二人が殺し合っていたかと思うと、今でも身が震える思いです。」
口を開かないように言われていたのでずっと黙っていたが、告白の成就を見届けていたのでなんだこの茶番はと思いながら眺めていたのだが、どうやら本家に顔を出しづらい二人の為に場を設けることが目的だったらしい。
しかし驚いたのは子供達まで連れていた事だ。それも四人も。
「それにしても二人とも隅に置けないですね。告白した時には実はとっくに子供がいたなんて。」
「まさかそんな。あの子等はちゃんと番になってから産んだ子供です。」
赤面しながら否定する麻美さんの言葉に、またまた~と返すが私に向けられる視線は何言ってんだこいつという雰囲気を纏っていた。
「おおそうだった、私が台座と呼んでいるこの助手は最近怪異と言うものを知ったところでな。心合という物の存在を知らんのだ。」
「ほう、それは珍しい。まさか怪異の事をほとんど知らないのに塵塚様の助手に抜擢されるとは。まだ学生さんのように見えますが卒業後の進路が決まっておられぬなら是非こちらにお電話を。」
総理大臣から名刺を貰うなんて思ってみなかったので、マナーなどはよく分からないが取り合えず両手で受け取って財布のカードスペースに差し込んでおく。
私は名刺なんて小洒落た物は持っていないので、取り合えず自己紹介だけしておいた。
「それにしても塵塚様、助手のお嬢さんは凄いですね。あの重圧の中で平然としていられるなんて。うちの怪異担当大臣なんてほら、ま~だ伸びとります。もうちょっと気を張って場に臨んでもらいたいもんです。」
「少し事情があってな。台座の光玉は純正二次の破片で補修したゆえ、よほどでなければ気圧される事などないだろうよ。」
「それは何と稀有な。ますますうちで働いていただきたい。」
「よくわかんないけど、今なんか聞き捨てならない事言わなかった?」
うっかり口走ったことな無かった事にするよう押し黙った少年をしつこく問い詰めたところ、私がこやぎの姉こと吸収の怪異に内臓の多くを食べられた折に、光玉と呼ばれる物、人の世でに言う所の魂も一部食べられてしまったらしく、足らなくなった部分を八つ裂きにした吸収の怪異のそれで補填したそうだ。
通常見えず触ることも出来ない物なのだが命を救うため遺物を使い無理やり私の物と合わせた所、いい具合に馴染んで助かったのだそうだ。
遺物の布で目隠しをしなくても怪異が見えるようになったり最近妙にお通じが少ないと思っていたが、どうやら取り込んだ吸収の怪異性の影響であることが判明した瞬間である。
「もう隠してることないよね?」
「………………ない。」
明らかにあるやつの間だったし、頑なに目を合わせない調停師を更に追求するも今度はいやに口が堅い。
仕方ないので気を取り直して部屋の隅にある辞典で先ほど聞いた心合という言葉を調べたところによると、怪異は交尾という物を必要とせず、互いの光玉を合わせることで子を為すらしい。
怪異性が薄くなり逆に人性の強くなりすぎた怪異には出来ないらしいが、二人の場合は由緒正しい怪異であったため可能だったのだろう。
そして心合で子をなした場合は妊娠や胎児の過程が存在せず、互いの特徴を備えた子が最低でも二人は生まれるそうだ。
「子は鎹とよく言うが、その先にある孫というものは戦をも止めうるのだな。」
「まあ一概には言えませんが、少なくとも今回はそのようです。今日はうちの新人教育に御助力いただきありがとうございました。これは心ばかりですがお納めください。ではまたよろしくお願いいたします。」
肝心の心合の方法は書かれていなかったが自分には関係ない事かと頭を上げると、総理が懐から分厚い封筒を取り出して少年に手渡して退出するところだった。
ただ二人のお披露目をするだけでなく怪異担当大臣の実習も兼ねていたようだが、何も知らないまま鉄火場に放りこまれた挙句気を失い、上司に肩を借りてよたよたと帰っていく後ろ姿を見て社会人って大変なんだなと沁み染み思った。
あまりじろじろ見るのも悪いので庭で河童と戯れる子供達と爺婆を眺める。
先程までは子供達がただ追いかけて飛びつく程度だったのだが、おそらく孫にカッコいい所を見せたいのであろう、狐狸の棟梁がそれぞれ漫画や映画の中でしか見たことのない雷の龍や土の鬼に乗って河童を追い込み、それらから放たれる稲妻と土の杭を普段軽薄なノリで軽口しか言わない河童が珍しく必死の形相で回避しているという和やかな風景を眺める。
「台座よ、来年顔を合わせた時に渡そうと思って負ったのだが、ひと月分の駄賃だ。」
唐突に横から出された封筒には達筆な字で助手代と書かれており、一応中を確認して中に納まるお札の顔を確認し思っていた以上の額に礼を言いながらしめしめと懐に収める。
朝起きた時こやぎが死んでしまうのではと心配したが、それだけでなく種族間抗争まで解決した一日に諸手を挙げて感想を述べよう。
「なにはともあれ、大団円だね。」
「たった今目の前でワテがバッドエンド迎えそうな状況で何を呑気に締めとんねーん!」
ほとばしる雷鳴と地面の砕ける轟音の隙間に、一瞬今日と言う日に似つかわしくない慟哭のような物が挟まっていた気がしたがきっと気のせいだろう。
何故なら今日の天気は一片の曇りのない青空にも関わらず我儘雨が降り、紺碧を跨ぐように七色の梯子の掛かる絶好の嫁入り日和なのだから。
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