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第二章 地の底の緑
第十四話 地の国
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闇色の身体に、灼熱の赤い目。
黒い炎のように揺らめく髪からのぞく、
一本の黒角。
突如現れた黒鬼。
闇が常の地の底、そいつが歩いた道の後ろは、凶悪で異端な赤色に染まる。
地底に暮らす者たちが造り上げた道が、建物が、赤い熱に呑み込まれて、溶けて消えていく。
人間に地上を追われ、300年。
光も、水も、食べる物も、何もかもが失われ、それでも生き抜いてきたその跡が、消えていく。
その命さえも、今消えていく。
【助けてェ……!!】
逃げる魔物たちの身体から、頭が一瞬で消えていく。
音を立てて、地に落ちる身体。
小さな魔物の子が泣き叫び、その子の姿が消えた。
物言わぬ骸の転がる黒石の道を、黒鬼が歩いてゆく。
【くそッ!ちくしょう!!】
地に伏した、右足首と左脚を失ったジ・タラが、叫んだ。
その身に纏う、どんなものも貫く針山は、折れて、青い血に汚れ、無惨だ。
(ヤツを知っている。)
ジ・タラは幼子の時に見たのだ。
まだ、地上にいた頃のこと。
赤い灼熱が、闇色の空を照らした。
黒く染まった大地の上で、多くの生命が黒灰となって消えていった。
ジ・タラの家族も、一族も消えた。
その黒く赤く燃える大地の上に、赤い目を輝かせて黒い鬼が立っていた。
(忘れねぇッッ!!)
【ウオオオオオオーーーーーー!!!】
地の底へ、どんどん進み、魔物たちを殺していく黒鬼にジ・タラと、魔物たちは襲いかかった。
【!!】
ジ・タラの身体は、斜め下の半身が消えた。
他の魔物たちは頭を消されていた。
【速すぎる…!何をされた?】
ジ・タラと魔物たちの身体は、赤い溶岩の河の中へと落ちていく。
ジ・タラの身体を、青と金色の混じった腕がひっさらった。
【タ・カラン…!】
昆虫のような頭を持つ人型の魔物、タ・カランだった。
頭の上の2本の触覚が、上に下に動く。
【ようやく外に行けると思っていたら、とんでもないものが入りこんだな。】
タ・カランは、口をむしゃむしゃと動かしながら言う。
あたりに散乱していた魔物たちの下半身は、いつの間にか消えていた。
【アンタ、食いやがったかのか、こんな時によぉ…!】
【こんな時、だからよ。食わなけりゃ、生き残れんぞ。ここは仲間すら食べて生き延びる、そういう場所…】
タ・カランは、むふーッと鼻息を吹き、胸を張る。
彼の身体が、ムキムキと膨れ上がる。
【力が漲ってきたわい…、これならば。】
タ・カランは、そう言うと、消えた。
切り裂くような重低音が響きわたる。
黒鬼と青くて金色の魔物が、拳を撃ち合う。
拳の衝撃で、周辺の壁や道が砕け消えた。
【タ・カラン!!】
叫ぶジ・タラと、他の魔物たちの頭が消えた。
『なぜ、触れられる?』
黒鬼は、タ・カランの拳が己の黒い手に触れたことが、よほど不思議だったらしい。
赤い目を見開いていた。
タ・カランは、当然か、と思う。
この黒い手は、たくさんの命を消してきた。
神さえも、滅ぼしてきたのだ。
【いや?熱くて、痛くて、たまらんわい。】
黒鬼の拳を握りしめたタ・カランの手の甲から、青白い星のように輝く曲刃が現れた。
それは黒鬼の側頭を斬りつける。
『!』
鬼の頭は斬れない。
けれど、黒い耳に小さな傷、赤いものが見える。
『………。』
微かに目を見張る黒鬼に、タ・カランはもう片方の手にも同じ曲刃を出し、鬼の首を両手の曲刃で一閃した。
斬れない。
鬼の身体が、少し欠けるだけ。
斬る。
黒鬼が、身に纏う黒い長布で他の魔物たちを屠ったように、タ・カランの首を狩ろうとするのを、避けながら、ただ斬る。
斬り続ける。
斬れない。
鬼の動きは、タ・カランに見える。
だが、鬼はとても硬い。
僅かに付けた傷口からのぞく、溶岩のような禍々しいモノに、寒気がする。
斬る。
タ・カランは、全身を青白い星色に光らせた。
全身に幾つもの刃を現した。
斬る。
黒鬼は、タ・カランの刃に、身体に、傷さえもつけられず、避けるだけ。
小さな傷が、黒鬼を覆いつくす。
小さな傷は広がり、黒鬼の片方の腕が、ぐらり揺れて地面に落ちそうになり、鬼はその腕をもう片方の手で押さえた。
(斬れそうだ。)
タ・カランは、ニヤリと笑い、さらに身体を青白い星色に光らせた。
身体の奥底から、あの、食えない力を引き出した。
タ・カランは、この鬼を知っている。
この鬼は、ジ・タラと同じように、タ・カランの家族も一族も、生きていた場所も奪った。
タ・カランは、地上から、地底に追いやられた後、ただ、求めた。
強者を。
タ・カランは、閉じ込められた地底で、強者を求め、戦い、戦い、戦い続けた。
戦うために、強くなるために何でも食った。
食糧の少ない地底で、力になりそうなモノは何でも糧とした。
共に暮らす魔物も、汚泥も、毒も、呪いも。
ある日、光る石の群を食った。
そうしたら、誰よりも強くなった。
少うし、手に負えない、時折、頭がイカれてしまう、そんな力だったが、かまわなかった。
タ・カランからすべてを奪った、あの黒鬼の力。
恐ろしい、
圧倒的な力。
あれが、
本当に、
【欲しくてなあ。】
黒鬼から距離をとったタ・カランは、胸の前に、青白い光る球を現した。
【これを受けとめられるか?】
放たれた青白い光球は、黒鬼を貫く光矢となる。
黒鬼は、腕の傷を押さえていた手を離した。
腕の傷は、斑に塞がっている。
黒鬼の黒い身体から、どくり、銀光が枝葉のように浮かびあがる。
黒鬼の右肩の上に、赤く燃える鱗片が散りばめられた銀色の光の球が浮かぶ。
ふい、と放られた鬼の光球は、震えると、一瞬で巨大な球となり、向かってきたタ・カランの矢の光球を飲み込み、タ・カランも飲み込んだ。
音もなく、
タ・カランは、光の中で、ぐしゃぐしゃになっていく。
かたかたん…
光が消えて、
地面に落ちたタ・カランの身体は、干からびた肉片となって落ちた。
【……】
タ・カランの目の前を、赤い溶岩が流れていく。
周りに、生きて動く者は誰もいない。
魔物たちの国は、元の形が見る影もなく粉々に破壊されていた。
何もない地底で、魔物たちが造り上げてきた街。
闇を友に、微かな青光を導べとしたその場所は、死の黒と破壊の赤に、押し潰された。
赤い溶岩が、ごぽり、ごぽりと呻く、そんな音だけが静寂の中に響く。
【……】
黒鬼が、音もなく近づいてきた。
【……】
優し気な笑みを浮かべながら。
昔と同じ。
すべてが同じ。
どれだけの年月が過ぎようとも。
変わらない。
変えられない。
【ジャージィカル……】
黒鬼の足が止まる。
タ・カランは、ありったけの力を振り絞って動こうとした。
【おぬしを……、倒す…】
けれど、身体はもう動かない。
【わしは、おぬしより、強く、なる…】
声は、小さく掠れて震える。
音が、辺りを揺るがした。
高く低く、おぞましくも美しい、その声は…
【サーチャー…、】
(懐かしいのう、300年ぶりに聞く声よ。)
すべてを失い、地上をさまよったタ・カランたち魔物が出会った巨神。
言葉も、何もかもが通じない、荒ぶる神。
地底の奥底に、300年、封じられた神。
黒鬼とタ・カランのいる地面が砕けた。
下に広がる、赤い灼熱。
黒鬼は、崩れた地面の底に落ちていく。
底に流れる赤い溶岩の中、音を立てて消えていく岩盤の群れをよそに、ふわりと赤い溶岩の上に乗る。
ペタリ、ペタリと、黒い足で歩く。
手に持っていた、黒靴を上に放り投げた。
宙をはためく黒い長布が、黒靴を飲み込み、闇の中へと消え失せた。
また、響く。
あたりを揺るがす、その声。
『…4つ目…。』
ぐるりとあたりを見回す、黒朗。
黒朗は片足を上げ、足元の赤い溶岩の河を踏みつけた。
甲高い音が鳴り響く。
『行け…。』
赤い溶岩が上に下へうねると、黒朗の周りで、
3本の火柱が上がる。
それは、黒朗を飲み込んだ。
地底を縦横無尽に突き進んだ赤い灼熱は、たどり着く。
飛び込んだ先にあったのは、無音の闇。
深い、深い、闇の奥底へ。
なだれ込んだ赤い灼熱は崩れて、闇に溶けて消えていく。
巨大な邪悪が、そこに在った。
大きな、大きな、その黒の巨神は、小さな黒鬼を見ると、高く、禍々しい巨大な声を発した。
タ・カランにつけられた刀傷が、メキメキとひび割れて、黒朗の身体が砕けていく。
『ふッ…』
笑い声を上げた黒朗の全身が、灼熱色に染まる。
緋色の去ったその身体からは、ひびが消えている。
巨大な黒い目玉が、小さな来訪者を見つめる。
限りない悪意と憎悪。
生命ある者ならば息の根を止め、あるいは発狂するそれに、黒朗は微笑んだ。
《 Ⅸ Ⅷ 》
巨神が、甲高く、低い音を発した。
首まで闇にのみ込まれた、黒い、黒い、巨大なその神から、薄暗い球が、幾つも生みだされた。
捻れた黒い物体を纏うそれは、空間を埋め尽くし、黒朗の身体に触れると侵食し始めた。
《 Ⅹ Ⅹ Ⅸ 》
闇の空間の天井から、黒い糸のようなものが巻きついた巨大な2本の黒い腕が現れ、黒鬼を襲う薄暗い球ごと握り潰そうとする。
眉間にシワをよせた黒朗の身体から、チリチリと燃える赤い炎が現れた。
赤い炎鱗に包まれた銀色の光球が、黒朗を包みこむ。
それは、侵食する薄暗い球を、巨神の両手を押し返す。
崩れない均衡。
空間がぶれる、引き伸ばされ、潰れる。
それは、音も無く捻れて、切れた…
巨大な神が叫ぶ。
闇を割って、巨大な脚が、切れた黒い糸を纏いつかせながら飛び出す。
巨神は、ぎち、ぎちり、ゆっくりと上半身を起こしていく。
(封印が、解ける。)
闇の中、
巨神の手足に纏いつく、
黒い糸…
幾つもの糸が連なるその先端から、
金色が、きらり、きらり、
こぼれている。
(誰だ)
(封印を解いているのは…)
灰色の髪をなびかせて、少年は歩く。
魔の森を。
黒刃の斧を引きずりながら。
少年の前と後ろ、魔物たちが共に歩く。
少年にはわからない音で、魔物たちは歌っている。
襲ってくる人面の黒い牛のような魔物たちを引きちぎりながら。
襲ってくる人間たちを引きちぎりながら。
みんなで、歩いて行くのだ。
黒い炎のように揺らめく髪からのぞく、
一本の黒角。
突如現れた黒鬼。
闇が常の地の底、そいつが歩いた道の後ろは、凶悪で異端な赤色に染まる。
地底に暮らす者たちが造り上げた道が、建物が、赤い熱に呑み込まれて、溶けて消えていく。
人間に地上を追われ、300年。
光も、水も、食べる物も、何もかもが失われ、それでも生き抜いてきたその跡が、消えていく。
その命さえも、今消えていく。
【助けてェ……!!】
逃げる魔物たちの身体から、頭が一瞬で消えていく。
音を立てて、地に落ちる身体。
小さな魔物の子が泣き叫び、その子の姿が消えた。
物言わぬ骸の転がる黒石の道を、黒鬼が歩いてゆく。
【くそッ!ちくしょう!!】
地に伏した、右足首と左脚を失ったジ・タラが、叫んだ。
その身に纏う、どんなものも貫く針山は、折れて、青い血に汚れ、無惨だ。
(ヤツを知っている。)
ジ・タラは幼子の時に見たのだ。
まだ、地上にいた頃のこと。
赤い灼熱が、闇色の空を照らした。
黒く染まった大地の上で、多くの生命が黒灰となって消えていった。
ジ・タラの家族も、一族も消えた。
その黒く赤く燃える大地の上に、赤い目を輝かせて黒い鬼が立っていた。
(忘れねぇッッ!!)
【ウオオオオオオーーーーーー!!!】
地の底へ、どんどん進み、魔物たちを殺していく黒鬼にジ・タラと、魔物たちは襲いかかった。
【!!】
ジ・タラの身体は、斜め下の半身が消えた。
他の魔物たちは頭を消されていた。
【速すぎる…!何をされた?】
ジ・タラと魔物たちの身体は、赤い溶岩の河の中へと落ちていく。
ジ・タラの身体を、青と金色の混じった腕がひっさらった。
【タ・カラン…!】
昆虫のような頭を持つ人型の魔物、タ・カランだった。
頭の上の2本の触覚が、上に下に動く。
【ようやく外に行けると思っていたら、とんでもないものが入りこんだな。】
タ・カランは、口をむしゃむしゃと動かしながら言う。
あたりに散乱していた魔物たちの下半身は、いつの間にか消えていた。
【アンタ、食いやがったかのか、こんな時によぉ…!】
【こんな時、だからよ。食わなけりゃ、生き残れんぞ。ここは仲間すら食べて生き延びる、そういう場所…】
タ・カランは、むふーッと鼻息を吹き、胸を張る。
彼の身体が、ムキムキと膨れ上がる。
【力が漲ってきたわい…、これならば。】
タ・カランは、そう言うと、消えた。
切り裂くような重低音が響きわたる。
黒鬼と青くて金色の魔物が、拳を撃ち合う。
拳の衝撃で、周辺の壁や道が砕け消えた。
【タ・カラン!!】
叫ぶジ・タラと、他の魔物たちの頭が消えた。
『なぜ、触れられる?』
黒鬼は、タ・カランの拳が己の黒い手に触れたことが、よほど不思議だったらしい。
赤い目を見開いていた。
タ・カランは、当然か、と思う。
この黒い手は、たくさんの命を消してきた。
神さえも、滅ぼしてきたのだ。
【いや?熱くて、痛くて、たまらんわい。】
黒鬼の拳を握りしめたタ・カランの手の甲から、青白い星のように輝く曲刃が現れた。
それは黒鬼の側頭を斬りつける。
『!』
鬼の頭は斬れない。
けれど、黒い耳に小さな傷、赤いものが見える。
『………。』
微かに目を見張る黒鬼に、タ・カランはもう片方の手にも同じ曲刃を出し、鬼の首を両手の曲刃で一閃した。
斬れない。
鬼の身体が、少し欠けるだけ。
斬る。
黒鬼が、身に纏う黒い長布で他の魔物たちを屠ったように、タ・カランの首を狩ろうとするのを、避けながら、ただ斬る。
斬り続ける。
斬れない。
鬼の動きは、タ・カランに見える。
だが、鬼はとても硬い。
僅かに付けた傷口からのぞく、溶岩のような禍々しいモノに、寒気がする。
斬る。
タ・カランは、全身を青白い星色に光らせた。
全身に幾つもの刃を現した。
斬る。
黒鬼は、タ・カランの刃に、身体に、傷さえもつけられず、避けるだけ。
小さな傷が、黒鬼を覆いつくす。
小さな傷は広がり、黒鬼の片方の腕が、ぐらり揺れて地面に落ちそうになり、鬼はその腕をもう片方の手で押さえた。
(斬れそうだ。)
タ・カランは、ニヤリと笑い、さらに身体を青白い星色に光らせた。
身体の奥底から、あの、食えない力を引き出した。
タ・カランは、この鬼を知っている。
この鬼は、ジ・タラと同じように、タ・カランの家族も一族も、生きていた場所も奪った。
タ・カランは、地上から、地底に追いやられた後、ただ、求めた。
強者を。
タ・カランは、閉じ込められた地底で、強者を求め、戦い、戦い、戦い続けた。
戦うために、強くなるために何でも食った。
食糧の少ない地底で、力になりそうなモノは何でも糧とした。
共に暮らす魔物も、汚泥も、毒も、呪いも。
ある日、光る石の群を食った。
そうしたら、誰よりも強くなった。
少うし、手に負えない、時折、頭がイカれてしまう、そんな力だったが、かまわなかった。
タ・カランからすべてを奪った、あの黒鬼の力。
恐ろしい、
圧倒的な力。
あれが、
本当に、
【欲しくてなあ。】
黒鬼から距離をとったタ・カランは、胸の前に、青白い光る球を現した。
【これを受けとめられるか?】
放たれた青白い光球は、黒鬼を貫く光矢となる。
黒鬼は、腕の傷を押さえていた手を離した。
腕の傷は、斑に塞がっている。
黒鬼の黒い身体から、どくり、銀光が枝葉のように浮かびあがる。
黒鬼の右肩の上に、赤く燃える鱗片が散りばめられた銀色の光の球が浮かぶ。
ふい、と放られた鬼の光球は、震えると、一瞬で巨大な球となり、向かってきたタ・カランの矢の光球を飲み込み、タ・カランも飲み込んだ。
音もなく、
タ・カランは、光の中で、ぐしゃぐしゃになっていく。
かたかたん…
光が消えて、
地面に落ちたタ・カランの身体は、干からびた肉片となって落ちた。
【……】
タ・カランの目の前を、赤い溶岩が流れていく。
周りに、生きて動く者は誰もいない。
魔物たちの国は、元の形が見る影もなく粉々に破壊されていた。
何もない地底で、魔物たちが造り上げてきた街。
闇を友に、微かな青光を導べとしたその場所は、死の黒と破壊の赤に、押し潰された。
赤い溶岩が、ごぽり、ごぽりと呻く、そんな音だけが静寂の中に響く。
【……】
黒鬼が、音もなく近づいてきた。
【……】
優し気な笑みを浮かべながら。
昔と同じ。
すべてが同じ。
どれだけの年月が過ぎようとも。
変わらない。
変えられない。
【ジャージィカル……】
黒鬼の足が止まる。
タ・カランは、ありったけの力を振り絞って動こうとした。
【おぬしを……、倒す…】
けれど、身体はもう動かない。
【わしは、おぬしより、強く、なる…】
声は、小さく掠れて震える。
音が、辺りを揺るがした。
高く低く、おぞましくも美しい、その声は…
【サーチャー…、】
(懐かしいのう、300年ぶりに聞く声よ。)
すべてを失い、地上をさまよったタ・カランたち魔物が出会った巨神。
言葉も、何もかもが通じない、荒ぶる神。
地底の奥底に、300年、封じられた神。
黒鬼とタ・カランのいる地面が砕けた。
下に広がる、赤い灼熱。
黒鬼は、崩れた地面の底に落ちていく。
底に流れる赤い溶岩の中、音を立てて消えていく岩盤の群れをよそに、ふわりと赤い溶岩の上に乗る。
ペタリ、ペタリと、黒い足で歩く。
手に持っていた、黒靴を上に放り投げた。
宙をはためく黒い長布が、黒靴を飲み込み、闇の中へと消え失せた。
また、響く。
あたりを揺るがす、その声。
『…4つ目…。』
ぐるりとあたりを見回す、黒朗。
黒朗は片足を上げ、足元の赤い溶岩の河を踏みつけた。
甲高い音が鳴り響く。
『行け…。』
赤い溶岩が上に下へうねると、黒朗の周りで、
3本の火柱が上がる。
それは、黒朗を飲み込んだ。
地底を縦横無尽に突き進んだ赤い灼熱は、たどり着く。
飛び込んだ先にあったのは、無音の闇。
深い、深い、闇の奥底へ。
なだれ込んだ赤い灼熱は崩れて、闇に溶けて消えていく。
巨大な邪悪が、そこに在った。
大きな、大きな、その黒の巨神は、小さな黒鬼を見ると、高く、禍々しい巨大な声を発した。
タ・カランにつけられた刀傷が、メキメキとひび割れて、黒朗の身体が砕けていく。
『ふッ…』
笑い声を上げた黒朗の全身が、灼熱色に染まる。
緋色の去ったその身体からは、ひびが消えている。
巨大な黒い目玉が、小さな来訪者を見つめる。
限りない悪意と憎悪。
生命ある者ならば息の根を止め、あるいは発狂するそれに、黒朗は微笑んだ。
《 Ⅸ Ⅷ 》
巨神が、甲高く、低い音を発した。
首まで闇にのみ込まれた、黒い、黒い、巨大なその神から、薄暗い球が、幾つも生みだされた。
捻れた黒い物体を纏うそれは、空間を埋め尽くし、黒朗の身体に触れると侵食し始めた。
《 Ⅹ Ⅹ Ⅸ 》
闇の空間の天井から、黒い糸のようなものが巻きついた巨大な2本の黒い腕が現れ、黒鬼を襲う薄暗い球ごと握り潰そうとする。
眉間にシワをよせた黒朗の身体から、チリチリと燃える赤い炎が現れた。
赤い炎鱗に包まれた銀色の光球が、黒朗を包みこむ。
それは、侵食する薄暗い球を、巨神の両手を押し返す。
崩れない均衡。
空間がぶれる、引き伸ばされ、潰れる。
それは、音も無く捻れて、切れた…
巨大な神が叫ぶ。
闇を割って、巨大な脚が、切れた黒い糸を纏いつかせながら飛び出す。
巨神は、ぎち、ぎちり、ゆっくりと上半身を起こしていく。
(封印が、解ける。)
闇の中、
巨神の手足に纏いつく、
黒い糸…
幾つもの糸が連なるその先端から、
金色が、きらり、きらり、
こぼれている。
(誰だ)
(封印を解いているのは…)
灰色の髪をなびかせて、少年は歩く。
魔の森を。
黒刃の斧を引きずりながら。
少年の前と後ろ、魔物たちが共に歩く。
少年にはわからない音で、魔物たちは歌っている。
襲ってくる人面の黒い牛のような魔物たちを引きちぎりながら。
襲ってくる人間たちを引きちぎりながら。
みんなで、歩いて行くのだ。
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