風紀委員はスカウト制

リョウ

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4・茸

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昼休み。キノコをなんとなくオカズ的な気分で眺めながら、お弁当を食べた。

水橋さんがあんまりにも美味しそう的な発言をするので感化されてしまった感じだ。

さっきまでは胞子を飛ばすんじゃないかと怯えていたのにおかしいな。



放課後、教室に残っていると風紀委員の三人が現れた。

他の生徒はもう帰ってしまっている。

まあ、誰か残っていたとしても、この人達なら追い出しそうな感じだ。



「アスカ」

呼ばれて研坂さんを見た。

「このキノコはなんだと思う?」

「え? そんないきなり振られてもわからないですよ」

困惑しながら答えると、研坂さんはすぐにフミヤさんに視線を移す。



「フミヤ、何か意見は?」

「うん、今回は僕には何も見えないからね、なんとも。それよりアスカ、このキノコは先日の猫のように動きまわったり話したりはしないんだね」

「え、あ、そう言えばそうですね。今回はただ生えているだけです」

「とすると、生き物がキノコ化して見えているって事はなさそうだな」

研坂さんが顎を摘まんで呟いた時だった。



「これは人間だって、じっちゃんが言ってるよ」

いきなり水橋さんが言った。

「じっちゃん?」

僕は首を傾げた。すると水橋さんはキノコの横に立つと、触れるように手を伸ばした。

「じっちゃんは、これは生霊じゃないかって言ってたぞ」

「そうか、お祖父さんがそう言ったのなら、今回はそうかもね」

フミヤさんが頷く。

「英三郎さんが言うのなら、間違いないか」

研坂さんまでが頷く。



「あの、英三郎さんて誰ですか? 水橋さんのお祖父さんらしいですけど、もしかして霊験あらたかなお坊さんとか、霊能力者とかですか?」

「え、俺のじっちゃん? 一般ピーポーだぜ。しかも死んでるぜ、だから幽霊!」

水を飲んでいたらふき出していた所だった。

でもそうだ、彼は霊感があるって話だったっけ。



「じゃ、じゃああれですか? 休み時間にイタコとなって、お祖父さんの霊を呼び寄せて、話を聞いてくれたんですか?」

「いや、じっちゃんはいつもこのヘンにいるからさ」

水橋さんは肩辺りを指差した。僕の背筋が冷えた。というかご飯を食べていたらご飯もふき出していた所だった。



「このキノコが生霊だっていうのは、じっちゃんの名にかけて間違いないぜ!」

おかしなノリだ。



「でも、なんで生霊がキノコなんだろう?」

フミヤさんが考えながらしみじみと呟いた。

「キノコに意味はないんじゃないか?」

答えたのは研坂さんだった。

「生霊っていうのは、何か強い思いがあるから出てくるんだろう? まさか死ぬほどキノコが食いたいとか、キノコを恨んでいるんじゃなければ、単に比喩だろう」

「わかんないじゃん、死ぬほどキノコが食いたいのかもよ!」

何故か楽しげに水橋さんが言った。僕もとりあえず意見を言う。



「もしかしてゴールデンウィークにキノコにあたって、それで死ぬほどキノコを恨んでいるのかも!?」

「それはないな」

水橋さんに即答された。同じような意見言ったくせに。

「お前達はもうしゃべるな」

研坂さんにギロリと睨まれてしまった。



「まず最初に、このキノコを放置で良いかの問題だが」

「え、放置ですか!?」

僕は叫んだ。

「言っただろう、問題がないものは放置だ。今回のこのキノコは今のところ害はないし、見えるのもお前とシュートだけだからな、放置しても良いレベルだ」

「そんな、害はないと言っても僕の視界には常にあるんで、視界がウザイ感じです」

「お前の視界がウザイ位、問題じゃないな」

「で、でもこれが誰かの強い気持ちなんだとしたら、放置したら良くないですよ。もしかしたら何か助けを求めるサインかもしれないじゃないですか?」

「助けを求めるサインか……」

研坂さんは考えるように呟く。その横で水橋さんはキノコをつんつん触る。

「でもさ、助けを求めるサインがキノコってのはどうよ? 普通はもっと違うもので助けを求めないか? お前が見えるって言う、蝶とか鳥とか、そんな綺麗な奴」

確かに水橋さんの言う通り、鳥や蝶は想いの具現化したモノとしては分かりやすい。

(いや、鳥の正体が何かはまだ分からないけど)

想いを飛ばす、というイメージで飛翔する存在なんだろう。



でもキノコというのはそれらとはかなり違う。

明るく開放的なイメージはないし、どっちかと言うと暗くジメっとした感じだ。

それともそれこそがこのキノコを生んだ人の思いなのだろうか?

学校への不満がこのキノコとなっているのだろうか?



「とりあえず、書くか」

研坂さんは黒板に向かった。

「意見は取り合えず書く、これが基本だ」

言いながら研坂さんはキノコの絵を書いた。



「すみません、落書きにしか見えません」

つい僕は突っ込んでしまった。

「なんだよ、こんなキノコじゃないのか?」

言われてその絵をマジマジと見た。

「いや、似てます。というか、むしろそっくり。えっと研坂さん本当に見えてないんですか?」

研坂さんは少し首を傾げた。

「見えてはいないが、まぁ、俺も能力者だからな。無意識に感じ取ってるのかもな」



研坂さんはカツカツと文字を書いた。

案件「キノコ事件」

なんだかすごい、まんまな案件名がつけられた。

「なんだよ、文句あるのか?」

何も言ってないのに、因縁つけられてしまった。

「じゃあ、こうか? それともこうか?」

キノコの怪、キノコの謎、キノコの不思議。

「コウ、どうでも良い事は書くな」

静かにフミヤさんが諌めた。



「アスカ、キノコが教室のどこに生えているか、書いてくれるか?」

フミヤさんに言われて、僕は黒板に四角を書くと、その中にキノコの位置を丸した。



「この配置に何か意味があるか、考えてみてくれ。キノコの場所と関係がありそうな人物とか」

研坂さんに言われて考える。キノコを順に繋いだり、対角線で結んだり。その間の席にいるクラスメイトの顔を思い浮かべてみたり。

「えっと、何もわかりません」

「諦めるのが早い」

呆れるように言いながら、研坂さんは黒板に文字を書いていた。



胞子、傘、ひだ、石づき、栽培、菌糸、お菓子、キノコ星人、ヘアスタイル、暗い、湿っている、あだ名。

「なんですか、それ?」

僕が授業中の生徒のように手を上げて聞くと、研坂さんはチョークを置いて手を拭く。



「キノコでイメージされるモノだよ、そこからとっかかりを見つける。このクラスにキノコとあだ名をつけられた生徒はいるか? あるいはキノコのようにジメっとした奴は」

「すみません、失礼すぎる質問です。でもこのクラスにそんなあだ名の人は居ないし、目に見えて暗い人もいないです」

「じゃあ中学時代とか、小学校時代のあだ名かもしれないな」

それじゃ僕にはわからないよ、そう思った時、水橋さんが言った。



「どうして今日から生えたんだ?」

「え?」

僕はマジマジと水橋さんを見つめた。彼は机の上に乱暴に座っていたが、顔は真剣だった。



「なんで連休が終わってから生えたんだ? そこに理由はないのか?」

「理由はもっと前からあったのかもしれないよ。でもそうだね、きっかけは何かあったのかもね」

フミヤさんがそう言った。



連休、ゴールデンウィーク、学校の開始……僕は思いついた単語に関連する事を考えてみた。

例えば僕とユリが映画に行ったように、誰かもゴールデンウィークに映画を見に行って、それに触発されてキノコが生えたというような事はないだろうか?



「研坂さん、映画とかどうですか? 連休でキノコの映画を見たとか」

「キノコの映画? 巨大キノコに襲われるホラーか? シュールだな」

「そんな映画ないだろ。だったらゲームの方があるんじゃないか? 連休にマリオしすぎて、キノコを無意識に生んでしまったとかさ」

水橋さんが言った。

「でも何かに触発された可能性は確かにあるな」

言いながらフミヤさんは黒板に文字を書いた。



茸。



「え?」

僕はその文字に釘付けになった。どこかで何か見た事がある字だ。

でもなんだか分からない。そもそもなんて読むんだろう?



「あの、その字はなんですか? なんて読むんですか?」

僕が聞くと、研坂さんが目を見開いて派手に驚く。

「漢字が読めないのか? どんだけバカだ? これはどっからどう見てもキノコだろ。だいたいそれ以外の話題をしていないんだから気付け!」

そうか、それはキノコと読むのか。

それにしたって、僕はいったいどこでその漢字を見たんだ?

なんとなく記憶の端にあるが思い出せない。



「何か思い当たる事でもあるの?」

フミヤさんに聞かれ曖昧に頷く。あるような、ないような。

黙り込んだ僕に、フミヤさんは茸にふりがなをふりだした。



「この字は『キノコ』の他にも『たけ』とか『くさびら』とも読むよ」

「なんだか一気に古風な感じですね」

言って気付いた。

「あ……」

「なんだ? 何か思いだしたか?!」

研坂さんに聞かれ、僕は頷いた。



「それ、狂言のタイトルで見ました」

「狂言……くさびらか!」

一人納得した風の研坂さんを僕達は見つめる。



「狂言とキノコが何か関係あるのか?」

机の上に胡坐をかくようにして、水橋さんが聞いた。

その格好は人にモノを聞く姿勢じゃないし、風紀委員失格じゃないのって体勢だと思う。



「狂言の一つに茸という話があるんだよ。なんだか知らないが、男の家にキノコが生えてきて、気味悪く思った男が山伏に退治を依頼するっていう話だよ」

「ギャグですね」

「狂言はギャグだよ。この状況、まんま今のアスカと同じだな。そして山伏はお前」

研坂さんは水橋さんを指差した。

「おれが山伏ってか?」

水橋さんはスマホをいじっていた。そしてなにやらニヤリと笑うと、スマホをしまった。



「よっしゃ! いっちょキノコ退治でもしてやるか!」

「え、退治出来るんですか?」

僕が期待をこめた目で見つめると、水橋さんは印を結んだ。

うわ、本格的だ。



「ボロンボロ、ボロンボロ、ボロンボロ」

そのヘンテコなまじないに茫然とした。

「それ、効くんですか?」

「心配ない! 今、ネットで調べた! セリフに間違いはない!」

「まんま狂言のセリフですか?」

「いや、こっからが俺のオリジナルだ。悪しきキノコや消え失せろ! 消え失せろ! 食べつくすぞ!」

言いながら水橋さんはキノコの周りを歩きだした。なんというかそんな姿の水橋さんが巨大キノコよりも恐ろしかった。

というかむしろ滑稽と言った方が良いだろうか。



「消えてないですよ」

僕が言うと、研坂さんが冷淡に言った。



「しばらくあいつは放っておけ。それより、狂言のキノコでどうしてこの状態になった? お前が狂言を見て影響を受けたって事か?」

「え、僕は狂言見てませんよ」

「見たんじゃないのか?」

「僕は連休中に普通の映画を見に行ったんです。狂言はその途中で、公民館でやるんだなー、ちょっと見たいなーって思って」

「それじゃないのか? お前の見たい気持ちが、このキノコ現象を生んだという事じゃないか?」

「だから僕はキノコが出てくるなんて知らなかったんです。確かに狂言を見たいなって思って、その場にいたクラスメイトを羨ましいなとは思ったけど」

「ちょっと待て。そこに誰かいたのか?」

研坂さんの言葉にハっとした。そうだ、あそこには松方が居た。



「はい、クラスメイトの松方という男子生徒がいました」

「それじゃないのか?」

「それ?」

「ああ、その松方という生徒が狂言を見て、その結果こうなったんだろう」

「なんでこうなったんですか?」

「それは分からない」

マジマジと研坂さんを見た。頼りになるのかと思ってたのに、分からないと即答されるなんて。



「言っておくが、この中で一番ヒトではないモノを感知する能力が高いのは君だからな。俺やフミヤは、君より知能はあるが、見る力は弱い。君が頼りと言っても良い位だ」

僕が頼りと言われると、頑張らなきゃという気がしてくる。

でもさりげなく、水橋さんだけ知能部分を抜かれていたり、僕が知能低いと言われたり、流石ドエス様だという発言だ。



「とりあえず、その松方という生徒の情報をくれ」

研坂さんに言われ、僕は思いつくままを口にする。フミヤさんはそれを黒板に書いていく。

「えっと、フルネームは松方、えっと松方貴一だったかな? 喜一だったか、とにかくキイチ。優等生でいつも寡黙。クラスメイトとバカ騒ぎしてるのは見た事ないです。外見はえっと背が高くて、うーん男前に見えなくもないような、普通なのかな?」

「なんか要領得なくて、聞いているとイライラする説明だな」

腕を組んで顔をひきつらせながら、研坂さんが呟いた。

「その彼は何か思い悩んでいたりするの?」

聞かれて僕はフミヤさんを見た。

「悩んでいる?」

「そう、だってこのキノコ、なんだか楽しそうな感じには見えないしね」

「キノコ……」



僕は近くのキノコを見た。楽しそうな感じには見えないかな?

十分楽しい光景になっちゃってる気はするけど。



「あー消えないな、このキノコ!」

水橋さんが叫んだので、久しぶりに彼の方を見てみた。

おかしな踊を踊っていた。いや、あれは楽しい光景だなと思った。



「この呪文がダメなら、明日は茄子持ってきてやるぞ!」

「茄子が関係あるんですか?」

気になって聞くと、彼はこちらを見た。



「ああ、さっき調べたらキノコには茄子がきくって事で、山伏は茄子の印を結ぶんだとさ」

「そんな適当な知識で良いんですか? だいたい呪文もいい加減っぽかったし」

「ばーか、アスカ、分かってないなー。呪文って言うのは、使ってる人間の気持ちの問題なんだよ。実際に呟く言葉はなんでも良いわけ。その呪文が本気で効くと信じているから、効果がでんの」

「そういうものなんですか?」

「そうだよ、吸血鬼だって十字架や聖水そのものが怖いんじゃないぜ。奴らが怖いのはその信仰心」



言われてちょっと納得した。確かにどんなモノよりも、祈る心、信じる心は強いのかもしれない。

偽薬を飲んで病気が治るというプラシーボ効果、病は気からなんていうのも、まさにそれなのだろう。



「ボロンボロ、ボロンボロ、ボロンボロ、破っ!! カメハメ破っ!!」

いや、だからってその呪文もどうかと思う。



「とりあえずあいつは放っておけ」

研坂さんが冷たくそう言った。



「アスカ、お前は明日、その松方にそれとなくキノコに心当たりがないか、聞いてみてくれ」

「え? それとなくですか? どう、それとなく?」

「自分で考えろ」

「本気ですか? そんなに話した事もないのにいきなりキノコ好きですかとか、僕ヘンな人っぽくないですか?」

「そこは自分で不自然じゃないように声をかけろ。それにこれが風紀委員の仕事なんだから、ちゃんとやれ」

命令されてしまった。

僕が不安にかられていると、フミヤさんが穏やかに言った。



「大丈夫だよ。ただ世間話をすれば良いんだ。君の性格ならきっと上手くいくよ」

「フミヤさん・・・…」

彼が言うなら、本当に大丈夫という気がしてきてしまう。これが人柄とか人望というものなんだな。



「じゃあ、とりあえず今日の委員会はここまでにするか」

研坂さんの言葉で、退散という事になった。

でも水橋さんはまだキノコに何やら話しかけている。



「お前ら本当に消えない気なら、焼き肉のタレとバーベキューセット持ってきて食っちまうぞ」

具体的案でキノコを脅迫してるよ。

「あの、水橋さんは……」

「放っておけ。帰るぞ」



僕達は水橋さんを一人残し、帰宅となった。



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