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闇夜の世界
吸血鬼として
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暗い寝室で寝たきりとなって一週間が過ぎた。
腹部に開けられた風穴は傷跡一つ残さず閉じ、臓器の回復を待つばかりとなった。
クラリス曰く、穴が開いていたり欠けたりしているわけでは無いが、一見まともに見えていてもその機能は完全とは言えない状態らしい。
「……」
ルナは、自由に立ち上がったり、歩いたりすることができるところまで回復している。
吸血鬼になったからなのか、単純に慣れてしまったのか、暗い部屋の中でも問題なく行動できるようになった彼女は、時々物思いに耽っている。
「……家族や友人が心残りよね」
「……はい。私は助かったけど、もう誰も……私を知らない、覚えていないって……」
吸血鬼になってしまったときに、それまでの人間的繋がりの一切は消失し、親でさえも当人の記憶を失ってしまうのだという。
現在の美月家にはルナという人物は最初から存在していないことになっており、アルバムの中の彼女も不自然に、何の痕跡も残さずに消えてしまっている。
彼女の過去を知るのは、彼女だけなのだ。
「吸血鬼に限らないけれど、怪異になるというのは……そうね、『世界』に背を向けて生きる、絶縁して生きるということになるの。この『世界』は、私たちのようなはみ出し者には優しさを向けてはくれないのよ」
自らを含め、真っ当な生物としてはあり得ない能力を持ち、あらゆる存在に対して脅威となりうる者を、クラリスは怪異や妖魔と呼んでいる。
怪異の種類によって代償は異なっているが、人からそう変貌したものは必ず何かしら失っているのだという。
圧倒的な力の代償に、人間であった頃の全てを失うことも決して珍しいケースではない。
「このクソッタレなルールばかりは、私たちにはどうしようもないわ。それより、新しい人生をどう過ごせば楽しめるかを考えましょう?」
恐ろしげな表情を見せ、見た目と不釣り合いなほど口の悪いところもあるクラリスだが、少なくともルナに対しては決して冷酷ではない。
塞ぎこむルナに、優しげに声をかけたのは初めてではない。
「……そうだ、明日は外の世界へ散歩に行きましょう。リハビリくらいにはなるでしょう」
「外の……世界……?」
ルナはここに来てから、一度たりとも屋外に出ていない。
活動範囲はこの部屋の中か、トイレや浴室くらいのものだろうか。
「せっかく歩けるまで回復したのだから、勿体ないじゃない。モグラにでもなりたいのなら構わないけれど」
「い、いえ……。そっか、外か……出てみたいかも……」
そう呟いたルナに差し出されたのは、輸血用の血液パックだ。
期限の切れたものを、どこからか調達しているらしい。
「そうと決まれば、景気づけに一杯キメちゃいなさい!」
ストローを突き刺して中身をすするが、ルナは渋い顔をしている。
当然だ、味覚が変わったわけではまいので酷い味にしか感じられない。
これしか口にできる物がないので我慢しているが、初めて口にしたときは思わず吐き出してしまったほどだ。
「明日までには、あなたの衣服も用意しておくわ。楽しみにしていてね?」
クラリスは上機嫌と言った様子で手を振りながら、ルナの部屋を後にする。
しばらくぶりの外出を心待ちにしながら、ルナは不味くて仕方がない輸血パックを飲み下していく。
腹部に開けられた風穴は傷跡一つ残さず閉じ、臓器の回復を待つばかりとなった。
クラリス曰く、穴が開いていたり欠けたりしているわけでは無いが、一見まともに見えていてもその機能は完全とは言えない状態らしい。
「……」
ルナは、自由に立ち上がったり、歩いたりすることができるところまで回復している。
吸血鬼になったからなのか、単純に慣れてしまったのか、暗い部屋の中でも問題なく行動できるようになった彼女は、時々物思いに耽っている。
「……家族や友人が心残りよね」
「……はい。私は助かったけど、もう誰も……私を知らない、覚えていないって……」
吸血鬼になってしまったときに、それまでの人間的繋がりの一切は消失し、親でさえも当人の記憶を失ってしまうのだという。
現在の美月家にはルナという人物は最初から存在していないことになっており、アルバムの中の彼女も不自然に、何の痕跡も残さずに消えてしまっている。
彼女の過去を知るのは、彼女だけなのだ。
「吸血鬼に限らないけれど、怪異になるというのは……そうね、『世界』に背を向けて生きる、絶縁して生きるということになるの。この『世界』は、私たちのようなはみ出し者には優しさを向けてはくれないのよ」
自らを含め、真っ当な生物としてはあり得ない能力を持ち、あらゆる存在に対して脅威となりうる者を、クラリスは怪異や妖魔と呼んでいる。
怪異の種類によって代償は異なっているが、人からそう変貌したものは必ず何かしら失っているのだという。
圧倒的な力の代償に、人間であった頃の全てを失うことも決して珍しいケースではない。
「このクソッタレなルールばかりは、私たちにはどうしようもないわ。それより、新しい人生をどう過ごせば楽しめるかを考えましょう?」
恐ろしげな表情を見せ、見た目と不釣り合いなほど口の悪いところもあるクラリスだが、少なくともルナに対しては決して冷酷ではない。
塞ぎこむルナに、優しげに声をかけたのは初めてではない。
「……そうだ、明日は外の世界へ散歩に行きましょう。リハビリくらいにはなるでしょう」
「外の……世界……?」
ルナはここに来てから、一度たりとも屋外に出ていない。
活動範囲はこの部屋の中か、トイレや浴室くらいのものだろうか。
「せっかく歩けるまで回復したのだから、勿体ないじゃない。モグラにでもなりたいのなら構わないけれど」
「い、いえ……。そっか、外か……出てみたいかも……」
そう呟いたルナに差し出されたのは、輸血用の血液パックだ。
期限の切れたものを、どこからか調達しているらしい。
「そうと決まれば、景気づけに一杯キメちゃいなさい!」
ストローを突き刺して中身をすするが、ルナは渋い顔をしている。
当然だ、味覚が変わったわけではまいので酷い味にしか感じられない。
これしか口にできる物がないので我慢しているが、初めて口にしたときは思わず吐き出してしまったほどだ。
「明日までには、あなたの衣服も用意しておくわ。楽しみにしていてね?」
クラリスは上機嫌と言った様子で手を振りながら、ルナの部屋を後にする。
しばらくぶりの外出を心待ちにしながら、ルナは不味くて仕方がない輸血パックを飲み下していく。
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