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闇夜の世界
生の実感
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翌日の夜、二人は身支度を整えて地上へと向かう。
クラリスが言うには、ここはとある古城の中であり、地下から地上に出るのもそれなりに苦労するという。
だが、外出が楽しみで仕方のなかったルナにとっては、その程度のことなど問題になっていない。
二人は地上階へと続く階段を手を繋いで上り始める。
ルナはどこか、緊張しているような面持ちだが、期待に目を輝かせていることだけはずっと変わらない。
「季節は真冬、ド田舎の森の中。はぐれたらそれっきり、雪の下から永遠に出ては来られなくなるから気を付けて」
クラリスの何度目か分からない忠告に、ルナは頷く。
たったの一日を、千の季節を待たされたと感じるほどの思いで待っていた外出の喜び、そして吸血鬼になってからは初めてという緊張感。
胸は高鳴り、手には汗が滲む。
「さぁ、地上に到着。……とはいっても、ここから少し歩いてようやく城の外だけど」
階段の果ての扉を開くと、わずかな光が目に映る。
星々の輝きと、月明かりだろうか。
待ち焦がれた地上に、ルナは目を輝かせる。
「見ての通りオンボロだから、床を踏み抜いたりしないようにね」
「オン……ボロ……?」
ところどころに修繕が成されており、掃除も行き届いている。
人が住んでいるときと同じくらいには清潔である。
ただし、生活感はほとんどなく、さながら建築物のモデルのような印象を受ける。
「まさか、西洋風のお城が本当に日本にあっただなんて……」
「日本……?あぁ、まぁ、そうかもね」
日本という部分に曖昧な返答をしたクラリスだが、ルナは辺りを見渡すのに夢中でまともに聞いていなかったらしい。
西洋の城も、城内の窓に映る風景も、全てが彼女には新鮮なのだから無理もない。
三分ほど歩いただろうか、遂に外への扉の前にたどり着く。
ルナは喉にゴクリと音を立てる。
「そんなに緊張する?」
呆れた様子のクラリスに、無言で何度も頷くことで返答する。
クラリスは溜め息と共に、大きな扉を押し開けた。
「ほぁっ……」
その瞬間、肌に触れる屋外の澄んだ空気に、ルナの気の抜けたような声が漏れる。
吹いてくる風の香りも、音も、全てが感動に値する。
ガラス越しではなく、直接己が視覚で捉える星の輝き、月の輝きは、彼女の心を強く揺さぶった。
二人の間を通り抜けていく冷たい風ですら、彼女には心地の良いものだった。
ぽろりと、雫が零れるほどに。
「そんなに嬉しいの?」
ぽろり、ぽろりと雫を零すルナに問いかける。
その表情は、とても優しげだった。
「はい……はい……!本当に私って、生きているんだって実感できたみたいで……本当はもう二度と出られないかもって、不安で、怖くて……でも、でも……!」
「……そう。私も新鮮な気持ちよ。忘れていたものを、思い出した気分」
クラリスはそっとルナを抱きしめる。
ルナは、声をあげて泣き出した。
クラリスは微笑みながら、優しくルナの頭を彼女が落ち着くまで撫で続けていた。
時間にして数十分の後に、二人は森の中を歩き始める。
迷わぬように、手を繋いで。
時折、ルナはくしゃみをしてぼやいている。
「あれぇ……?今ってこんなに寒かったっけ……」
積もった雪が煌めく銀世界、見覚えのない針葉樹林、真冬とはいえこれほどの寒さは想定外だ。
見かねたクラリスが上着を貸すことで、ようやく少し温かくなる。
さすがのルナも、少しずつ現在地に違和感を覚えた。
「あの、クラリス……一つ聞いてもいい?」
「何かしら」
「ここって……本当に日本?」
ルナの言葉に、クラリスは笑う。
そして意地悪そうな笑顔を向けて、答えるのだ。
「私は一度だって、ここを日本だとは言ってないわ」
「え、ええ!?じゃあ私、どこにいるの!?」
ルナは大きな声をあげる。
その反応に、クラリスはより楽しそうに笑っている。
「そんなに驚くことかしら?……ここは北欧、人里離れた森の中、最寄りの町まで歩いたとして、約一時間ってところよ」
ルナは真っ白になり、ふらりふらりと倒れそうになるが、クラリスと手を繋いでいたおかげで辛うじて踏みとどまる。
まさか、自分が国外に居るなどとは想像していなかったのだろう。
コート二枚を羽織ってようやく耐えられる寒さのわけが、これだったらしい。
クラリスはというと、コートの下は出会った時と近い漆黒のドレスだが、まったく寒さを感じているようには見えない。
「クラリス……貸してくれたのは嬉しいけど、寒くないの?」
ルナの問いかけに、彼女は一言だけ答える。
全然、と。
クラリスが言うには、ここはとある古城の中であり、地下から地上に出るのもそれなりに苦労するという。
だが、外出が楽しみで仕方のなかったルナにとっては、その程度のことなど問題になっていない。
二人は地上階へと続く階段を手を繋いで上り始める。
ルナはどこか、緊張しているような面持ちだが、期待に目を輝かせていることだけはずっと変わらない。
「季節は真冬、ド田舎の森の中。はぐれたらそれっきり、雪の下から永遠に出ては来られなくなるから気を付けて」
クラリスの何度目か分からない忠告に、ルナは頷く。
たったの一日を、千の季節を待たされたと感じるほどの思いで待っていた外出の喜び、そして吸血鬼になってからは初めてという緊張感。
胸は高鳴り、手には汗が滲む。
「さぁ、地上に到着。……とはいっても、ここから少し歩いてようやく城の外だけど」
階段の果ての扉を開くと、わずかな光が目に映る。
星々の輝きと、月明かりだろうか。
待ち焦がれた地上に、ルナは目を輝かせる。
「見ての通りオンボロだから、床を踏み抜いたりしないようにね」
「オン……ボロ……?」
ところどころに修繕が成されており、掃除も行き届いている。
人が住んでいるときと同じくらいには清潔である。
ただし、生活感はほとんどなく、さながら建築物のモデルのような印象を受ける。
「まさか、西洋風のお城が本当に日本にあっただなんて……」
「日本……?あぁ、まぁ、そうかもね」
日本という部分に曖昧な返答をしたクラリスだが、ルナは辺りを見渡すのに夢中でまともに聞いていなかったらしい。
西洋の城も、城内の窓に映る風景も、全てが彼女には新鮮なのだから無理もない。
三分ほど歩いただろうか、遂に外への扉の前にたどり着く。
ルナは喉にゴクリと音を立てる。
「そんなに緊張する?」
呆れた様子のクラリスに、無言で何度も頷くことで返答する。
クラリスは溜め息と共に、大きな扉を押し開けた。
「ほぁっ……」
その瞬間、肌に触れる屋外の澄んだ空気に、ルナの気の抜けたような声が漏れる。
吹いてくる風の香りも、音も、全てが感動に値する。
ガラス越しではなく、直接己が視覚で捉える星の輝き、月の輝きは、彼女の心を強く揺さぶった。
二人の間を通り抜けていく冷たい風ですら、彼女には心地の良いものだった。
ぽろりと、雫が零れるほどに。
「そんなに嬉しいの?」
ぽろり、ぽろりと雫を零すルナに問いかける。
その表情は、とても優しげだった。
「はい……はい……!本当に私って、生きているんだって実感できたみたいで……本当はもう二度と出られないかもって、不安で、怖くて……でも、でも……!」
「……そう。私も新鮮な気持ちよ。忘れていたものを、思い出した気分」
クラリスはそっとルナを抱きしめる。
ルナは、声をあげて泣き出した。
クラリスは微笑みながら、優しくルナの頭を彼女が落ち着くまで撫で続けていた。
時間にして数十分の後に、二人は森の中を歩き始める。
迷わぬように、手を繋いで。
時折、ルナはくしゃみをしてぼやいている。
「あれぇ……?今ってこんなに寒かったっけ……」
積もった雪が煌めく銀世界、見覚えのない針葉樹林、真冬とはいえこれほどの寒さは想定外だ。
見かねたクラリスが上着を貸すことで、ようやく少し温かくなる。
さすがのルナも、少しずつ現在地に違和感を覚えた。
「あの、クラリス……一つ聞いてもいい?」
「何かしら」
「ここって……本当に日本?」
ルナの言葉に、クラリスは笑う。
そして意地悪そうな笑顔を向けて、答えるのだ。
「私は一度だって、ここを日本だとは言ってないわ」
「え、ええ!?じゃあ私、どこにいるの!?」
ルナは大きな声をあげる。
その反応に、クラリスはより楽しそうに笑っている。
「そんなに驚くことかしら?……ここは北欧、人里離れた森の中、最寄りの町まで歩いたとして、約一時間ってところよ」
ルナは真っ白になり、ふらりふらりと倒れそうになるが、クラリスと手を繋いでいたおかげで辛うじて踏みとどまる。
まさか、自分が国外に居るなどとは想像していなかったのだろう。
コート二枚を羽織ってようやく耐えられる寒さのわけが、これだったらしい。
クラリスはというと、コートの下は出会った時と近い漆黒のドレスだが、まったく寒さを感じているようには見えない。
「クラリス……貸してくれたのは嬉しいけど、寒くないの?」
ルナの問いかけに、彼女は一言だけ答える。
全然、と。
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