悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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16 黒い靄

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 僕たち三人はテレビにくぎ付けになった。
「……ただいまこの地区には警報が出ています。繰り返します。ただいま南足柄市から小田原市にかけた広い範囲で警報が出ており、公共交通機関の全面停止、主要道路の封鎖がされています。五匹の鵺を中心とした数十匹の化け物が現れ人々を襲っており、緊急安全確保が発令されています。繰り返します……」テレビではニュースを伝えるアナウンサーの顔から、定点カメラによる街の画像へと切り替わった。どれも暗くてよくわからないが、潰れた家の屋根に乗る鵺の姿や、火の手の上がる家々の様子が映し出された。
「こ、ここって、学校の近くじゃ……」僕は見覚えのある景色をテレビの中に見つけてそう言った。
「和也の中学?」
「うん。香奈子の家も、確かこの近くだ……。僕、ちょっと行ってくる……」僕はそう言っておもむろに立ち上がると、神璽剣を手に外に出た。
「ちょっと和也! 行くってまさか、こんなとこまでどうやって行くの!? バスも電車も止まってるんだよ!?」
 僕はその言葉を背中に聞きながら、すでにもう神社の外へと走り出していた。

 街までおよそ五キロほどの距離を走り続けた。バスよりも直線的に行ける分、さほど時間に差はなかった。けれど入院で体力が消耗している分、疲労が半端ではない。
 なのに……、なのになんだろう、この高揚感は……? これほど体が疲れ、身体中の筋肉が悲鳴を上げているのに、それをものともしないほどに気分が昂っている。
 戦いたい……、戦いたい……、化け物どもをこの手で……。
 なんだろう、このいつもと違うひやりと冷たい感覚は……。
 その答えを出す前に、僕は一匹めの化け物と遭遇した。
 見たこともない奴だな……。鵺ほどではないが、人を丸呑みにしそうなほどでかい。白髪で、人の姿をしているが、異常に大きい口に、緑色の体色をしていた。
「わらしさくんねえ、わらしさくんねえ……」と言いながら近づいてくる。
「やらないよ。急いでるんだ……」僕は全速力で走りながらも、さらに地面を蹴って神璽剣を構えると、すれ違いざまにその首を落とした。
 鵺だ……、鵺を探すんだ。
 いや、それより香奈子の家を探すのが先か……。
 僕はおぼろげな記憶を頼りに香奈子の家を探した。二度ほど芹那のおじいちゃんについて行ったことがある。けれどその時は車で行ったせいであまり道を覚えていない。
 確か……、確かこの辺、見覚えがあるんだけどなあ。そう考えた瞬間、すぐ近くで「ドゴンッ!」と言って家から土煙が上がるのが見えた。鵺の影も見える。くそっ、現れた! しかもあそこ、もしかしたら……。僕は急いでそっちの方に走った。が、行く手を阻むように老婆の顔をした炎の化け物が空から轟音とともに降りてきた。僕は飛び上がって一太刀浴びせようとしたが、脚が限界なのかガクガクと震えて言うことを聞かない。
 くそっ、こんな時に……。
 けれどもまた、首筋に絡みつくようなひやりと冷たい感覚に体の疲労を忘れ、今までにない高揚感が身も心も支配した。
 斬りたい……、斬りたい……、斬りたい……。あいつの首を切り落とし、剣が肉に食い込む感触を味わいたい。骨の隙間に剣先をねじり込み、関節が切り離される瞬間の化け物の身震いを見たい。ほとばしる黒い血液と、ねじり出される臓物の匂いに酔いしれたい。その頭がごとりと地面に落ちる音を聞きたい。
 斬りたい……、斬りたい……、斬りたい……。まるでギリギリまで高まった性欲のように我慢できない。
 空に燃える老婆の化け物に加え、新たに目の前に三匹の河童が現れた。
 ああ、ぜんぜん暴れたりない! 胸の奥から吐き気にも似たエネルギーが溢れ出てくる。
 なんだこれ? なんだこれ? なんだこれ?
 なんかおかしいぞ。
 まあいい。まあいい。まあいい。
 どんどん出てこい! 
 もっと出てきやがれ!
 誰にも負ける気がしない。
 どんな化け物も、どんな神でさえも、抗い、打ち倒す自信がある。
 正義も悪もない。
 ただ僕は、ただ僕は自分の強さを知りたい。
 僕は神璽剣を左手に持ち替え、右手で河童の頭を握りつぶした。
 一匹、二匹、三匹、もう終わりか。
 僕は向かってくる炎に包まれた老婆の化け物に狙いを定め、地面を蹴った。
 天を衝くように神璽剣を空に向け、己の身を炎に焼かれながら化け物を打ち砕いた。
「はあっ、はあっ……」僕は肩で息をしていた。けれどそれは疲労からではなかった。
 まだだ……、まだだ……、まだだ……。
 僕は鵺の気配に誘われるように走った。
 見慣れた家が上半分を根こそぎ失っていた。
 鵺!? でかい……。
 学校で戦った奴より一回りでかい鵺だった。
 鵺は家の中に顔を突っ込み、こちらに気付く様子がない。
「一矢必殺」僕は背中から矢を一本抜くと、鏃を舐めた。
 あれ……。その時僕は気づいた。僕の体を覆っている金色の光の靄に、何やら黒いものが混じっている。まあいい。今はそれどころではない。僕は鵺の首にめがけて矢を放った。
「ヒャアアアア!!!」と鵺は悲鳴を上げ、こちらに目をやった。もう一度、「ヒャアアアア!!!」と今度は威嚇の表情で僕を睨みつけた。
「こいっ!?」
 鵺は消えるような素早さで空に飛びあがると、鉤爪を突き立てるように僕の上に襲い掛かってきた。
 僕はそれを避け、横っ腹を裂くように神璽剣を横に向け踏み込んだ。
 鵺はまた「ヒャアアアア!!!」と悲鳴を上げた。そこには十分に鵺の首を落とせるだけの隙があった。けれど僕はその場から動かず、鵺の攻撃を待った。
 鵺は身をかがめ、肩を怒らせ、ゆっくりと近づいてきた。
「和也!!!」香奈子の声が聞こえた、が、僕の昂った気持ちはその声を遮断した。
 鵺は重厚な右腕を振り上げると、その大きさからは信じられないほどの素早さで僕の体の左を打った。
「どふっ!」と僕は壁に打ち付けられた衝撃で肺の空気を吐きだした。コンクリートを打った頭がじんじんと痛む。右肩が外れて垂れ下がっていた。右足も折れたようで立つことができない。が、痛みをまったく感じない。いや、痛みは感じていたが、痛みを痛みとして認識していないのだ。自らの体を酷使して戦うスポーツ選手のように、戦いの場で負った傷は快感ですらあった。僕は自分の体を見た。金色の光の靄に変わり、闇をも飲み込むほど深く黒い靄が体を覆っていた。見るとどうやらそれは、胸と腹の辺り、そう、あの痣の辺りから立ち昇っているように思えた。
 僕は壁にもたれつつなんとか立ち上がり、左手に握った神璽剣で鵺の左前脚を切り落とした。
 鵺が悲鳴を上げた。が、まだ殺さない。僕はもう一度、今度は傷を負っていない方の鵺の腹を縦に裂いた。どろどろと黒いものが溢れ出てくる。さらに僕は神璽剣を鵺の背骨の辺りに捻じ込み、切断した。鵺は体をびくりっと動かすと、下半身を動かすことができなくなった。
 僕は正気を失っていた。そのことに気付いた時にはもう遅かった。
 止められない、止められない、止められない……。
 僕はさらに鵺の足を、顎を、目を、喉を、いたぶるように切り裂いていった。
 そして最後にその首を切り落とすと、僕の感情は行き場を失い、屍となった鵺の体をさらに切り刻んだ。
「和也! もう、もう鵺は……」僕はその声の主が何者であるかすら見境がつかなくなっていた。ただ目の前に動く物が現れた、それだけで僕は神璽剣を振り上げ、「いやあああ!!!」と言って飛び掛かって行った。
「やめんかあああああ!!!!!」その声と同時に僕の背中を何かが叩き、その衝撃で僕は意識を失った。

 


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