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第二章 二回目の学園生活
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しおりを挟む指輪を身につけ始めて、数日後のことだった。
「リスティア様。少し相談があるのですが……」
そう言ってチラリと見上げてきたのは、伯爵令息のミカ・パーカーだった。おどおどとした気弱そうなミカは、リスティアの横にいるアルファ二人を見て身を縮こませる。
「ええ、もちろんいいですよ。どこか場所を移しましょうか?」
「あ、はい。その……二人で、お話し出来ますか?」
「パーカー伯爵令息。それは致しかねます。リスティアを一人にするなんて……」
ノエルの顰めっ面に、リスティアは苦笑した。以前にも増して過保護っぷりが上がっていた。
結局ノエルとアルバートのジト目に負けたリスティアは、学園の茶室を貸し切り、二人には部屋の端の方にいてもらいながら話すことにした。
防音はしていない。二人は普通なら聞こえない距離にいる。但し、ノエルならば何らかの術で聞いているだろうし、アルバートも耳が良い。後で何を話したのか説明するのなら、最初から聞いておいてもらったほうが二度手間でなくていい。
ミカは、二人のアルファが遠い位置にいることを確認して、すう、と深呼吸をしていた。
「その、リスティア様。まずは、婚約解消……大変残念でございました。ああ、誰よりも殿下の隣に相応しい方ですのに、その、お子が出来てしまったのでは、えっと、仕方ないですよね。えと、そこでですね、わたし、今、婚約者が変わっているのはご存知ですよね?」
「ええ……」
ミカもオメガで、元婚約者は宰相令息だった。フィルによって壊された婚約のうちの一つ。
その後程なくして、少し年上の、別の伯爵家長男と婚約を結び直したと、うっすら記憶している。
「それで、そのう、わたし、えっと……とても、幸せなんです」
「ああ……それはよかったですね」
話が見えない。
彼は悪い人間ではないのだが、いかんせん、少し天然なところがある。そのためリスティアはいつもどおり、根気強く聞いていた。
「少し年上の方なんですが、その、前から知り合いで。とっても優しくて素晴らしい方なんです。フィル・シューのおかげで、あの無愛想で野心家な元婚約者と縁が切れて本当に良かったといいますか」
ミカは焦茶色の髪を一束引っ張って、撫で付けた。これは彼の癖だ。言いにくい事を言おうかどうか、迷っている時に良く見る仕草。
オメガ性として、可もなく不可もない距離の友人。友人というより知り合い、に近いかもしれないが、悪感情はない彼の、次の言葉に凍りつく。
「その、えと、リスティア様にも幸せになっていただきたくて。リスティア様にとても良い縁談が、あるのです。あなた様の才や、これまで身につけた教養を、遺憾無く発揮出来る立場の方なのです」
そこで懐から取り出したのは……釣り書きだった。準備の良さに目を丸くしたリスティアに、ずいと差し出している。
「遠い国の王太子で結婚もなさっている方なんですが、五年経ってもお子が出来ないみたいでして。第二妃を募集中なのです。そのう、それも、第一のお妃様が、あまりお仕事の得意でない方で……」
「ミカ様。言い遅れましたが、私は今、すでに幸せなんです。お気遣い頂いたようですが、それはお受けできません」
ミカの暴走を止めるべく、遮ってでも声を上げた。あまりに急なことに、一瞬動揺してしまった。
ミカの縁談はつまり、孤立無援の遠い国へ第二妃として嫁ぎ、公務を担い、子供を産むということ。その上に権力的には第一の妃より劣る、とんでもない悪条件だった。
「えっ?でも、リスティア様、婚約はまだ……」
「ええ。しかし縁談を望んでいませんし、そもそもそういった縁談は、国内の、出産歴のある方が優先されるのではないでしょうか」
リスティアは腑をふつふつと煮えさせながら、どうにかこうにか柔和な笑顔を浮かべた。声に棘は多少出てしまっているが、話が話なだけに仕方のないことだろう。
「あっ、いえ、リスティア様は花紋持ちのオメガですから!それに美しくて賢くて非の打ち所がないので、そこは絶対、向こうにとっては女神にしか見えないでしょう。それに……」
ミカはチラッ、チラッと、部屋の隅を見やった。アルバートとノエルが信じられない程、深い皺を眉間に刻んで聞いている。それでもまだ大人しく話を聞いているのは、ミカの話に続きがあるからか。
ミカの方は目が悪いのか、二人の様子に全く気付かず呑気に笑いかけていた。
「リスティア様のお隣にいる二人を、わたしの友人に紹介していただけないでしょうか。その子達は、新しい婚約者を決められなくて困っているんです……」
「!?」
「三人で仲良くしていらっしゃいますよね?お二方は婚約者だと思っていましたけど、きっと、いいえ、確実に、違いますよね?でも、り、リスティア様には、ええ、彼らは不釣り合いです。あなた様は王族になるべき高貴なオメガですから」
リスティアはどうするべきか逡巡し、口を噤んだ。
ミカの考察は、前半は正しい。見せかけの婚約者を演じていた二人は、今やリスティアの側から離れず、それどころか甘い態度になっている。目撃者が増えたことにより、もう三人は友人という関係を越えている事を知られてしまっているのだろう。
しかし問題は不釣り合いだと言う後半。全くもってリスティアはそうは思わないし、何故他人に強要されなくてはいけないのか、腹立たしくなってくる。
「あの素敵なアルファ二人に好かれているなんて、さすがリスティア様です!でも、あの、僭越ながら、嫡男ではありませんし、リスティア様が勿体無いです。そこは、その、男爵や子爵の令息に下げ渡してもらいたくて」
「……ミカ、様。であれば、あなたがその王太子の元へ嫁ぎ、婚約者を譲って差し上げたらいかがですか」
「え?わたしですか?あ、いえ……わたしは、そのう、もう今の婚約者以外の所には、嫁げない関係なので……」
リスティアの声の冷たさに気付かないミカは、両手を赤い頬に当てて恥じらっている。その様子を見て目を細めた。
(……一線を超えた、ということか……)
「今は同格ですけど、やっぱり、リスティア様は高貴なお立場でないと。わたし、実のところ、殿下よりリスティア様の方が……」
「不敬になりますからおやめ下さい。ミカ様、あなたの考えは良く分かりましたが、私には不要です。ちゃんと将来設計はしていますから、邪魔をしないで頂きたい」
「え……その、それは、やっぱり王族に嫁ぐんですか?どこの国ですか?」
「ハァ……あなたの心配することではありません。私と、彼ら二人に関わらないで下さい。我々は、……恋人なので」
「えっ……えっ?ふ、二人?えっ?」
「行きましょう、ノエル、アル」
『こいびと』と発音するのに声が裏返りそうになった。それでも動揺を隠すように素早く二人を呼ぶと、ミカは途端に黙り、慌てて愛想の良い笑顔を浮かべる。
それを見やる二人の視線は、リスティアには決して向けない鋭利さを持っていた。
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