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第二章 二回目の学園生活
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「アル……そんなに前から、見ていてくれたんだね」
「見ていただけで、何も出来ていない。きっとティアの結婚した後も、近衛になれずに馬鹿のように鍛錬ばかりしていたのだろう。馬鹿だ、本当に、」
「もう……やめよう?今こうしてアルは僕の心を支えようとしてくれてるじゃないか。アル、僕はそれをずっと望んでいたんだよ」
アルバートの涙は止まった。リスティアは指先を魔術で少し冷やすと、アルバートの目元に当てた。
「目が腫れてしまうね。そんなアルは見たことないから、可愛い」
「……っ、俺は本当に、ティアにはいつも心を奪われてしまう……」
頬の触れるほどすぐ近くにいるアルバートは、リスティアの腰を軽く引き寄せて抱いた。熊のように大きな身体だ。どこもかしこも太く、木の幹のようにどっしりした安心感で、リスティアは身体を預けた。それでもびくともしない。
少し上を見上げれば、アルバートの唇。少し厚めの、しっとりした唇。
(……あ、どうしよう。すごく、欲しい)
意味ありげにちらちら見てしまったのに気付かれ、アルバートが身を屈めてくる。近付く距離に、吐息も、鼓動の震えすら伝わってしまいそうだ。
もう少しで触れ合う、その前に――。
「リスティアッ!」
(っ!?)
そこに飛び込んできたのは、――――マルセルクだった。
(な、な、何故ここに!?)
「そこのアルファと番うのか?リスティア!私を、私をずっと慕っていると言ったのに!?」
「……いつの話をしているのでしょう。それに、ここは図書棟ですよ。誰にここを聞いたのか知りませんが、静かにしてください」
甘い空気は霧散し、アルバートはリスティアを背中に庇って警戒している。
そうなるともう、リスティアの視界はアルバートの背中だけだ。マルセルクどころか本棚も何も見えていない。
けれど、それが何より安心する。広く逞しく、頼り甲斐のある背中にぴっとりとくっつくと、アルバートの方がピクリと跳ねた。
「り……リスティア。その、とある者にここだと聞いて。申し訳なかった、本当に……!指一本触れないから、どうか!婚姻しても、お前の好きなようにしていい。子供も産まなくていい、ただ、私の側にいてくれ!」
悲劇を滲ませたような声に、まるで真摯に愛を捧げる吟遊詩人のようだと思ってしまった。しかし冷静に考えて、おかしな話だ。
(それって、もはや、人形でいいじゃないか。やはり殿下は、僕の意思は無いものと思っているのか)
マルセルクには強引な所がある。リスティアの意思を決め付け、自分の指示を通そうとする。今も何も変わっていない。
リスティアは目の前の背中に顔を埋め、深呼吸をした。檸檬のような爽やかなフェロモンは永遠に嗅いでいられる。こうしていると、マルセルクの声など山犬の遠吠えのよう。
「そのアルファには、権力は付いてこない。辺境伯の、嫡男でも無い男。結婚しても苦労ばかりするだろう。お前には似合わない。お前はこの国で最も尊い王族になるに相応しいオメガなんだ!」
「……私の幸せは、私が決めます。殿下の元に、それが無いということは分かっております故、どうかお引き取り下さい」
「そうです、殿下。殿下には相性ぴったりの人がいるではないですか。ティアには、俺たちが。責任持って愛し尽くすと決めていますので、お構いなく」
アルバートは怒りを堪えた重低音でそう言うと、立ち上がり、なんと、リスティアを片腕にひょいと抱え上げてしまった。
「っ!?」
ふわりと浮き上がった身体に驚く間もなく、アルバートはマルセルクの横を通り抜け、図書棟から出ていく。
唖然としたマルセルクを置いて。
「す、すごいね……アル。僕が子供みたいに抱え上げられるなんて……」
「もっと重くていい。ティア。鍛錬にもならない」
「ふふ、もう。それはないって」
颯爽と連れ去ってくれたアルバートが格好良すぎて、鼻の奥がつんとした。恥ずかしさを誤魔化すのに、その首元にしがみついたのだった。
その頃、リスティアが養子に入った先であるヴィクトル伯爵家へ、問い合わせが来たらしい。ミカの話していた、遠い国の王家から。
向こうの貴族家からリスティアの絵姿を見せられた王太子が、非常に興味を持っていると。しかし本人の属する貴族からの紹介ではないことに、疑問を持っていると。
そこできっぱりと、婚約の募集は無いということ、絵姿を勝手に送られて遺憾に思っていることを伝えると、『残念だが、もし気が変わればぜひ』と返ってきた。
他国、それも縁も所縁もないリスティアを無理やり来させることは不可能。ミカの実家、パーカー伯爵家に抗議をするとして、その話はそこで終わったが……。
(ここまでするなんて。ただの親切じゃなさそうだ……)
恐らく、マルセルクに図書棟を教えたのもミカだ。しかし、そうとしてミカの考えている事がわからない。
幸せならば、どうして放っておいてくれないのだろう。
「見ていただけで、何も出来ていない。きっとティアの結婚した後も、近衛になれずに馬鹿のように鍛錬ばかりしていたのだろう。馬鹿だ、本当に、」
「もう……やめよう?今こうしてアルは僕の心を支えようとしてくれてるじゃないか。アル、僕はそれをずっと望んでいたんだよ」
アルバートの涙は止まった。リスティアは指先を魔術で少し冷やすと、アルバートの目元に当てた。
「目が腫れてしまうね。そんなアルは見たことないから、可愛い」
「……っ、俺は本当に、ティアにはいつも心を奪われてしまう……」
頬の触れるほどすぐ近くにいるアルバートは、リスティアの腰を軽く引き寄せて抱いた。熊のように大きな身体だ。どこもかしこも太く、木の幹のようにどっしりした安心感で、リスティアは身体を預けた。それでもびくともしない。
少し上を見上げれば、アルバートの唇。少し厚めの、しっとりした唇。
(……あ、どうしよう。すごく、欲しい)
意味ありげにちらちら見てしまったのに気付かれ、アルバートが身を屈めてくる。近付く距離に、吐息も、鼓動の震えすら伝わってしまいそうだ。
もう少しで触れ合う、その前に――。
「リスティアッ!」
(っ!?)
そこに飛び込んできたのは、――――マルセルクだった。
(な、な、何故ここに!?)
「そこのアルファと番うのか?リスティア!私を、私をずっと慕っていると言ったのに!?」
「……いつの話をしているのでしょう。それに、ここは図書棟ですよ。誰にここを聞いたのか知りませんが、静かにしてください」
甘い空気は霧散し、アルバートはリスティアを背中に庇って警戒している。
そうなるともう、リスティアの視界はアルバートの背中だけだ。マルセルクどころか本棚も何も見えていない。
けれど、それが何より安心する。広く逞しく、頼り甲斐のある背中にぴっとりとくっつくと、アルバートの方がピクリと跳ねた。
「り……リスティア。その、とある者にここだと聞いて。申し訳なかった、本当に……!指一本触れないから、どうか!婚姻しても、お前の好きなようにしていい。子供も産まなくていい、ただ、私の側にいてくれ!」
悲劇を滲ませたような声に、まるで真摯に愛を捧げる吟遊詩人のようだと思ってしまった。しかし冷静に考えて、おかしな話だ。
(それって、もはや、人形でいいじゃないか。やはり殿下は、僕の意思は無いものと思っているのか)
マルセルクには強引な所がある。リスティアの意思を決め付け、自分の指示を通そうとする。今も何も変わっていない。
リスティアは目の前の背中に顔を埋め、深呼吸をした。檸檬のような爽やかなフェロモンは永遠に嗅いでいられる。こうしていると、マルセルクの声など山犬の遠吠えのよう。
「そのアルファには、権力は付いてこない。辺境伯の、嫡男でも無い男。結婚しても苦労ばかりするだろう。お前には似合わない。お前はこの国で最も尊い王族になるに相応しいオメガなんだ!」
「……私の幸せは、私が決めます。殿下の元に、それが無いということは分かっております故、どうかお引き取り下さい」
「そうです、殿下。殿下には相性ぴったりの人がいるではないですか。ティアには、俺たちが。責任持って愛し尽くすと決めていますので、お構いなく」
アルバートは怒りを堪えた重低音でそう言うと、立ち上がり、なんと、リスティアを片腕にひょいと抱え上げてしまった。
「っ!?」
ふわりと浮き上がった身体に驚く間もなく、アルバートはマルセルクの横を通り抜け、図書棟から出ていく。
唖然としたマルセルクを置いて。
「す、すごいね……アル。僕が子供みたいに抱え上げられるなんて……」
「もっと重くていい。ティア。鍛錬にもならない」
「ふふ、もう。それはないって」
颯爽と連れ去ってくれたアルバートが格好良すぎて、鼻の奥がつんとした。恥ずかしさを誤魔化すのに、その首元にしがみついたのだった。
その頃、リスティアが養子に入った先であるヴィクトル伯爵家へ、問い合わせが来たらしい。ミカの話していた、遠い国の王家から。
向こうの貴族家からリスティアの絵姿を見せられた王太子が、非常に興味を持っていると。しかし本人の属する貴族からの紹介ではないことに、疑問を持っていると。
そこできっぱりと、婚約の募集は無いということ、絵姿を勝手に送られて遺憾に思っていることを伝えると、『残念だが、もし気が変わればぜひ』と返ってきた。
他国、それも縁も所縁もないリスティアを無理やり来させることは不可能。ミカの実家、パーカー伯爵家に抗議をするとして、その話はそこで終わったが……。
(ここまでするなんて。ただの親切じゃなさそうだ……)
恐らく、マルセルクに図書棟を教えたのもミカだ。しかし、そうとしてミカの考えている事がわからない。
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