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第二章 二回目の学園生活
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リスティアは、とても良い気分だった。
もう悲しむことも、胸が痛む事もない。
ようやく眠れる……眠、れる?
違和感を覚え、ハッとして目を覚ました。月の光も無い程の、真っ暗闇だった。
薄皮一枚隔てた別の世界のよう。
現実感は無く、時間の流れはゆったりとして、これが『走馬灯』というものかと納得をする。
しばらくぼうとして、先に耳が機能すると、夜鳥のホーと鳴く声、虫の羽を合わせる涼やかな音、木々の葉が擦れる音色も聞こえてきた。
ふと喉元に手を当てると、傷ひとつ、付いていない。
(それだけじゃない。体温が、ある。手先の感触も、この部屋の香りだって)
五感が冴えて、走馬灯ではなく、現実なのかもしれないと疑い始めた。どこか胸騒ぎもする。こんな部屋、王城にあった記憶はない。
手探りでシーツや毛布、寝台の装飾を探っていった。しかし、それは王太子妃の寝室にあったものではない。それなのにどこか、懐かしさを感じる。
「……?【光よ】」
生活魔法で小さな光を出せば、ぱっと部屋が明るくなった。
「……なんで?どういう……」
そこは、リスティアのかつて使っていた、学園寮の一室だった。
姿見が目に入り、
そして硬直した。
そこには、少年から青年になりゆく、あどけなさの残った自分がいた。
そしてとうに外していたはずの、頸を守る、ネックガードも。
恐る恐る、少し上へ持ち上げれば、真っ白で誰のものでもない頸が現れる。
リスティアは困惑したまま、机や書棚を見渡す。丁度、魔法学園の第三学年に入る頃くらいだろうか。
必死に予習をした形跡があった。
「なにこれ……ははっ……嘘でしょう……」
17歳。つまり、21歳から、四年前に遡ったらしい。
あれからもう一度目を瞑ってみたが、現状は変わる事はなく、信じがたい現実が太々しく横たわったまま、朝を迎えていた。
他の寮生が起き始めた、生活音すらする。
(つまり、僕は、あの地獄をもう一度やらなければならないのか?)
誰のどんな悪趣味なのか分からないが、どう考えても無理だ。
マルセルクの愛の言葉は偽りだった。
そして、フィルを軽視していた自分も問題だった。
(絶対にもう、二度と結婚も番もお断りだ。あんな辛い思いをするくらいなら、死んだ方がいい)
リスティアは勢いのまま、果物用のナイフを取り出す。
指先に宛てて、少し刃が肌に沈むと、ピリッと痛みが走り、眉を顰めた。
その痛みは、リスティアに理性を取り戻させる。
これは夢ではなく、現実なのだと。
冷静になった頭で、……ふと、思う。
今、死ななくてもいいのではないか。
せっかく時が戻ったのなら、マルセルクとの婚約を解消、もしくは破棄する方向で頑張ってみてもいいかもしれない。
最悪結婚することになってからでも、遅くはない。
いや、死ぬよりは指名手配されてでも逃げた方が良いかもしれない。必ずしも、死を選ぶ必要はない。
幸い、もう頭痛も、飢餓感もない。身体は軽く、頭はこれ以上なくクリア。死ぬ直前は、ぼんやりと霞みがかったような鈍い思考をしていた。
腹に刻まれた花紋は蕾のまま。恐らく、開花することのないものだと覚悟した方が良いのだろう。
(欠陥があるのかもしれないけれど、もう捧げたい人などいないのだから、気にする必要はない)
奇しくも、今日は第三学年になって初めての登校日のよう。婚姻まで、あと一年はある。
フィル・シューはもう、この頃にはマルセルクと懇意になっていた。それはリスティアも承知していた。不快感を感じながらも、次期王太子妃だからとどこか他人事だったのは、この頃はまだ行為について、体感として知らなかったからだ。
一度でも知ってしまえば、愛する人が、他の人を抱くなんて許容出来ない。そして許容出来ないから、辛い。
(もしマルセルク様がどうでもいい男だったら、あれほど悩むことは無かったのに)
リスティアは指先に出来たほんの少しの傷口を綺麗に拭うと、応急処置をして、懐かしい学園の制服に袖を通した。
豊かさを象徴する黄金の金髪。
誠実さを象徴する深い碧眼。
切れ長の目の形、きゅっと薄めの唇やその下にある黒子、丹念に整えられ、引き締まった身体。
リスティアが何の疑いもなく愛した頃のマルセルクがいた。
しかし浮き足立つどころか、リスティアの心は凍り付いたまま。
『誠実』とは掛け離れている、とひんやりした目で碧眼を見上げていた。
「リスティア」
「おはようございます、マルセルク様」
「ああ、おはよう。今日からもよろしく頼む」
「はい……」
今日も気迫を漲らせたマルセルクが声をかけてくれる。声をかけてくれる?
その自分の思考に気付き、苦笑した。
声をかけられるだけで、以前のリスティアは胸を高鳴らせていたのだ。我ながら簡単過ぎる。
(その程度で自分に従順なお飾り妃が出来るのなら、マルセルク様にとって手間にもならないだろうな)
しかしそうなってしまうほどに、リスティアに声をかける生徒はほとんどいなかった。それこそ、マルセルクと、フィル以外に。
リスティアは、潔癖すぎた。
男オメガとして、マルセルク以外の男と話せば浮気しているような気持ちになってしまい、そっけなくなる。
15歳から18歳で入る高等学園の中でも、この学園は男子生徒のみ。異性との出会いを求めるのであれば共学を選ぶ。
そして学園に在籍するオメガ男子は、リスティアの美貌と比べられるのを引け目に感じ、近寄ろうとする者は少なかった。
そんなことはリスティアは知らない。ただ、遠巻きにされる程、自分の容姿は冷たく見えることは自覚していた。
結局、マルセルクか、リスティアになにかと絡んでくるフィルと話す機会が多かったのだ。
(そうだ。今日もフィルに言われるはずだ)
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