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第一章 一回目の結婚生活
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フィルが子供を産んで暫くすると、またリスティアの発情期の周期だった。もう、マルセルクというより、番のアルファの精液が欲しい。マルセルクでは無い、別の誰かの、
(僕の、番)
愛されたい。今更触らないで。
そんな相反する極端な気持ちに、心が二つに引き裂かれそうになりながら、部屋で待っていると。
「来ない……と?」
「はい。王太子殿下は今宵は来られません」
胸の奥が、痛いほど冷えていく。
氷の棘がいくつも心臓に刺さって、噴き出す血すら凍らせるよう。
(そっか。エルウィンがいるから。マルセルク様は、僕とはもう、……)
侍女の言葉に呆然としたリスティアは、ふらふらと部屋の隅に蹲る。
毛布に包まって、壁を番の背中に見立てて、もたれかけた。
いくら待っても、いくら見つめても、その扉が開くことは無い。
ほんの少しの優しさでいい。
扉の隙間からでもいいから触れられたい。
番である責任をとって、この、指先だけでも。
(僕には、その必要も無い、と)
動けなくても、発情期は無慈悲にやってくる。どんどん身体は熱ってきて、一晩中、リスティアは番を求め、泣きながら慰めた。
次の日には、男根を模した新しい張子が送りつけられてきた。
アンナとサラシャは猛烈に怒っていたものの、主人への贈り物を勝手に処分する訳にはいかない。それも、徹底的に調べて、何の害もないことが分かっている。その上に、発情期を一人で耐える健気な主人の、助けになるかもしれない道具。
ご丁寧に、メッセージまで付けて。
『マル様の形で作ってもらったから、あげるね!ぼくを目の前にしてギンギンにした時のだから、ちょっとキツイかもしれないけど、遠慮なく使って!』
それはおそらく魔道具になっている高級品。
リスティアはカードをくしゃりと握りつぶし、ソレを虚な目で見た後、箱のまま隅に押しやる。
本当は、マルセルクのものだと聞いて、浅ましくも気になっていようと、意地でも使わなかった。こんな、もので、満足するくらいなら、満足できなくったっていい。
「ぐっ、んっ、んんっ……」
(はぁ、はぁ、はぁ……)
(番は、どこだ。僕の番は)
頭の片隅に残った理性では、分かっていた。今日も愛妾の所。フィルはいつまで経っても天真爛漫、自由奔放で、リスティアも羨む天性のあどけなさを持つ。
リスティアにはない。リスティアにできることは、国を維持、発展させたり、国民の要望に応えたり、地味な書類仕事を片付けることだけであって、一人の愛する人を惹きつけ続けることも出来ない、矮小でつまらないオメガ。
妻として、
オメガとして、
愛する者として。
完全に、不足していた。
「だれか……っ、だぇか……」
(だれでもいいから、助けて)
「………妃殿下?」
コンコン、遠くでノックの音がする。
誰もいないと思っていたリスティアは、びくりと顔を上げた。
護衛騎士の声だった。
「その、もし宜しければ、私が相手ではいけませんでしょうか。王妃殿下と薬師団長より、許可は得ています。私はベータなので……」
「!」
「どうか、あなたを慰めさせて下さい……私は、」
「っ嫌だ!下がって!どこか行って!!」
リスティアは叫んだ。くっ、と声を詰まらせたような音と共に、気配は遠ざかっていき、強張った身体から力を抜く。
パールノイアの真珠の、王太子妃なんだ。たまたまそこにいただけの護衛騎士に、情けをかけられるなんて。
愛してもいないのに抱くなんて、どうかしている。
そう頭に浮かび、はっとした。
それは、リスティアがマルセルクに強いていることと同じではないか。
(これまで、僕は望まぬ事を強要していたのか)
(……もう、望まない……)
(諦めよう……もう、今後、この身体が抱かれることは、ない)
ぐずぐずの身体は汗や液体で冷たく、下腹の花紋はキリキリと痛み、黒ずんでいくが、リスティアは気付けなかった。蕾のままの花紋を、いつしか直視出来なくなっていた。
自分の指ではもう達するのも困難で、出るものも出ないのに、発情期はそれを許さない。
ひたすら孕もうとする性欲ばかりが募って、苛立ちと、虚無感に呪縛される。
「……~~ア“ッ」
ようやく、ようやくイけた。
ほんの少しだけ溢れる蜜と共に、胃液を吐く。快楽よりも怒りの方が強い。気持ち良いどころか、気持ち悪い。皮肉なことに、マルセルクの魔力は一切作用していない。これは猛烈な飢餓感によるものだった。
足りない。足りていない。
(僕は、いつまでここにいなくちゃならない)
仕事をするだけなら、文官で良かった。
見目の良い妃が必要なら、あの愛妾で良かった。
子供を産まなくていいなら、オメガでなくて良かった。
次期王太子妃の厳しい教育には、マルセルクの隣に並ぶためと思って耐えてきた。そして現状、隣にはいるものの、マルセルクの心はとうに無い。
(僕は、一体なんのために、何をしている)
これから死ぬまで、何のために、何を頑張る?
翠緑で塗ったと思った木の葉。その下は全部、初めから鮮やかな血の色だった。
混濁した意識の中、最適解を生み出した。
身体を拭い、怠い腕を動かして、式典用の衣服を纏った。王太子妃として着た、煌びやかなものだ。着るのに難儀する衣装なのに、この時ばかりは集中力が高まっていた。何の音も耳に入らない。
完璧な静寂だ。
リスティアはわらった。
そして身支度を整え、部屋を整え、寝台に腰掛けると、懐から宝剣を取り出した。
これは婚姻した時、陛下から賜ったもの。
王妃から、あの小瓶は受け取っている。しかし机の中に仕舞ったまま、使う気は無かった。何故なら、フィルを排除したとして、そこに残った自分にさほど価値を感じなかったためだ。
滑稽な程の華美な短剣は、敵国から攻められた際、尊厳を失う前に自害をするためのもの。
こちらの方が、自分に相応しい。
「……ふふ」
ぷつ、と指を切ってみる。あまり痛くなかったことに安心した。
興奮か、麻痺か。
分からないが、好都合。
リスティアは勢いよく、自身の喉を掻き切った。
(僕の、番)
愛されたい。今更触らないで。
そんな相反する極端な気持ちに、心が二つに引き裂かれそうになりながら、部屋で待っていると。
「来ない……と?」
「はい。王太子殿下は今宵は来られません」
胸の奥が、痛いほど冷えていく。
氷の棘がいくつも心臓に刺さって、噴き出す血すら凍らせるよう。
(そっか。エルウィンがいるから。マルセルク様は、僕とはもう、……)
侍女の言葉に呆然としたリスティアは、ふらふらと部屋の隅に蹲る。
毛布に包まって、壁を番の背中に見立てて、もたれかけた。
いくら待っても、いくら見つめても、その扉が開くことは無い。
ほんの少しの優しさでいい。
扉の隙間からでもいいから触れられたい。
番である責任をとって、この、指先だけでも。
(僕には、その必要も無い、と)
動けなくても、発情期は無慈悲にやってくる。どんどん身体は熱ってきて、一晩中、リスティアは番を求め、泣きながら慰めた。
次の日には、男根を模した新しい張子が送りつけられてきた。
アンナとサラシャは猛烈に怒っていたものの、主人への贈り物を勝手に処分する訳にはいかない。それも、徹底的に調べて、何の害もないことが分かっている。その上に、発情期を一人で耐える健気な主人の、助けになるかもしれない道具。
ご丁寧に、メッセージまで付けて。
『マル様の形で作ってもらったから、あげるね!ぼくを目の前にしてギンギンにした時のだから、ちょっとキツイかもしれないけど、遠慮なく使って!』
それはおそらく魔道具になっている高級品。
リスティアはカードをくしゃりと握りつぶし、ソレを虚な目で見た後、箱のまま隅に押しやる。
本当は、マルセルクのものだと聞いて、浅ましくも気になっていようと、意地でも使わなかった。こんな、もので、満足するくらいなら、満足できなくったっていい。
「ぐっ、んっ、んんっ……」
(はぁ、はぁ、はぁ……)
(番は、どこだ。僕の番は)
頭の片隅に残った理性では、分かっていた。今日も愛妾の所。フィルはいつまで経っても天真爛漫、自由奔放で、リスティアも羨む天性のあどけなさを持つ。
リスティアにはない。リスティアにできることは、国を維持、発展させたり、国民の要望に応えたり、地味な書類仕事を片付けることだけであって、一人の愛する人を惹きつけ続けることも出来ない、矮小でつまらないオメガ。
妻として、
オメガとして、
愛する者として。
完全に、不足していた。
「だれか……っ、だぇか……」
(だれでもいいから、助けて)
「………妃殿下?」
コンコン、遠くでノックの音がする。
誰もいないと思っていたリスティアは、びくりと顔を上げた。
護衛騎士の声だった。
「その、もし宜しければ、私が相手ではいけませんでしょうか。王妃殿下と薬師団長より、許可は得ています。私はベータなので……」
「!」
「どうか、あなたを慰めさせて下さい……私は、」
「っ嫌だ!下がって!どこか行って!!」
リスティアは叫んだ。くっ、と声を詰まらせたような音と共に、気配は遠ざかっていき、強張った身体から力を抜く。
パールノイアの真珠の、王太子妃なんだ。たまたまそこにいただけの護衛騎士に、情けをかけられるなんて。
愛してもいないのに抱くなんて、どうかしている。
そう頭に浮かび、はっとした。
それは、リスティアがマルセルクに強いていることと同じではないか。
(これまで、僕は望まぬ事を強要していたのか)
(……もう、望まない……)
(諦めよう……もう、今後、この身体が抱かれることは、ない)
ぐずぐずの身体は汗や液体で冷たく、下腹の花紋はキリキリと痛み、黒ずんでいくが、リスティアは気付けなかった。蕾のままの花紋を、いつしか直視出来なくなっていた。
自分の指ではもう達するのも困難で、出るものも出ないのに、発情期はそれを許さない。
ひたすら孕もうとする性欲ばかりが募って、苛立ちと、虚無感に呪縛される。
「……~~ア“ッ」
ようやく、ようやくイけた。
ほんの少しだけ溢れる蜜と共に、胃液を吐く。快楽よりも怒りの方が強い。気持ち良いどころか、気持ち悪い。皮肉なことに、マルセルクの魔力は一切作用していない。これは猛烈な飢餓感によるものだった。
足りない。足りていない。
(僕は、いつまでここにいなくちゃならない)
仕事をするだけなら、文官で良かった。
見目の良い妃が必要なら、あの愛妾で良かった。
子供を産まなくていいなら、オメガでなくて良かった。
次期王太子妃の厳しい教育には、マルセルクの隣に並ぶためと思って耐えてきた。そして現状、隣にはいるものの、マルセルクの心はとうに無い。
(僕は、一体なんのために、何をしている)
これから死ぬまで、何のために、何を頑張る?
翠緑で塗ったと思った木の葉。その下は全部、初めから鮮やかな血の色だった。
混濁した意識の中、最適解を生み出した。
身体を拭い、怠い腕を動かして、式典用の衣服を纏った。王太子妃として着た、煌びやかなものだ。着るのに難儀する衣装なのに、この時ばかりは集中力が高まっていた。何の音も耳に入らない。
完璧な静寂だ。
リスティアはわらった。
そして身支度を整え、部屋を整え、寝台に腰掛けると、懐から宝剣を取り出した。
これは婚姻した時、陛下から賜ったもの。
王妃から、あの小瓶は受け取っている。しかし机の中に仕舞ったまま、使う気は無かった。何故なら、フィルを排除したとして、そこに残った自分にさほど価値を感じなかったためだ。
滑稽な程の華美な短剣は、敵国から攻められた際、尊厳を失う前に自害をするためのもの。
こちらの方が、自分に相応しい。
「……ふふ」
ぷつ、と指を切ってみる。あまり痛くなかったことに安心した。
興奮か、麻痺か。
分からないが、好都合。
リスティアは勢いよく、自身の喉を掻き切った。
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