虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第一章 一回目の結婚生活

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 ところが、リスティアの絶望はそのあとすぐに、扉をノックしてきた。


「リスティア妃殿下。……フィル様が出産なされました」

「……そう」


(そうか。わざわざ報告など要らないのに)


 フィルは男爵令息だ。愛妾という立場のため、マルセルクと婚姻は交わしていない。
 つまり、子が生まれても王家の系譜には乗らない。恐らくシュー男爵家の方に引き取られるだろう。

 この男が、血迷わなければ。


「リスティア!かわいい男児だった!あの子を後継にしよう。リスティア、養子縁組の書類にサインをするんだ」

「……何を言っているのか、わかっているのですか?」

「もちろん。愛するリスティアとは残念ながら子がいない。しかしそこに、ちょうど良く愛らしい子がいる。フィルとて花紋持ちだから優秀なアルファに違いないし、それも、私の血を継ぐ子だ。養子にするしかないだろう!」


 にこにこと快活な笑顔を浮かべるマルセルク。
 対照的に、リスティアは怒りで目の前が真っ赤になりそうだった。


(あの男の子供を、書類上とはいえ、僕の子にする!?)


 養子に取るのならば、当然、王位継承権も発生する。あの子猫の血の入った子供が、王座に座る……。

 侵食された翠緑の葉が、血に染まる。

 幻視を覚えたリスティアは理性をかき集め、反論した。


「私は……私は、反対です。せめてもう少し成長し、適性を見てからでも遅くはありません」

「いや、それでは遅い。幼少期の記憶は案外覚えているものだ。王族として育てねば矜持も育たん。そうだろう?それに……リスティア、お前がもう思い詰める必要もなくなる。もう、気にしなくていいんだ」

「……」

「良かった。これでもう、お前を……も、元気になるだろう?」


 リスティアは、一瞬言葉を選んだ空白を聞き逃さなかった。

『これでもう、お前を抱かなくて済む』と言いかけたんじゃないか、と推測した。

 それはおそらく、正解だった。












 リスティアに打診した時点で、既にそれは決定事項だった。
 次の週には、赤子を乳母に抱かせ、優越感を滲ませたフィルと会う羽目になっていた。


「ぼく、ほんとにほんとーっに不安で悲しいんですけどぉ、リスティア様になら、子供を任せても、いいかなって……。ほら、ぼくは身体が回復次第、マル様のお相手に忙しいけど、リスティア様ならお時間はあるし……ちょうどいいと思うんですよぉ」

「ほう……私は、暇だと?」

「いいえいいえ!とぉっても、よぉ~くお出来になるみたいですしぃ、この子もリスティア様に似て?かしこく?育つかもしれないですしぃ」


 フィルは、産後すぐだというのに、すでに煌びやかな衣装を纏っていた。刺繍や宝石の散りばめられた、赤子の柔い肌を傷つけそうな代物は、抱え上げることを想定していない。

 実際、赤子が泣いても気にすることなく、紅茶にブランデーを垂らして飲んでいる。

 産みっぱなし。リスティアが欲しくて欲しくてたまらなかった赤子を、このオメガは呆気なくぽんと産み、どうでもいいと言わんばかりに寄越してきた。

 もっと分を弁えた愛妾なら良かったのだろうか。

 今更マルセルクに言ってもどうにもならない。養子に取ることは決まってしまったのだから。

 リスティアの子供にするということで、第二妃を娶らなくても良くなる。この理由だけ。こんなことになるのなら、もっと早く常識人の第二妃を選んでおけば良かったと思っても後の祭り。

(今から、選ぶか……?いいや、僕はどうせマルセルク様の子を産めない。この子と第二妃の子とで継承権争いをすれば、この今いる子は死んでしまうかもしれない)

『小さな命を守るより、優先すべきことはない』となけなしの良心が叫ぶ。人間として守るべきその信念には、きっと、リスティア自身でさえ勝てない。


「とにかくぅ、赤ちゃん、よろしくお願いしますねぇ。マル様のお子でもあるんですから。ぜったいに傷つけないで下さいねぇ?」

「……善処しましょう」


 そうしてリスティアは、半ば強制的に子供を引き取ることになったのだった。

(もう……諦めないといけないな……)







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