虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第一章 一回目の結婚生活

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 発情期明けには、薬を飲みながらも降り積もる執務をこなしていった。子を為すことすら出来ないのにこれすら出来なければ、何のために嫁いだのか分からない。
 リスティアはここにこそ自分の価値があると思い、進んで執務を請け負い、見せつけるかのように異常なスピードで捌いていく。

 リスティアの具合の悪い期間は、発情期明けの数日まで継続する。その後は徐々に体調は戻ってくるものの、リスティアの精神が弱まっているためか、胃は小さくなったまま。相変わらず、柳のように痩せた身体。


 婚姻から二年が経った。


 全く孕む気配のないリスティアの立場は、おびやかされていく。大臣たちから、オメガの令嬢令息を紹介されることも増えてきた。中には、リスティアをあからさまに公務担当と言い切る者もいた。

(それで何が悪いの。事情があって僕はマルセルク様の欲を解消して差し上げられないだけ)

 リスティアは負けず嫌いだった。いくら弱っていても、矜持は捨てられない。

(閨が少し・・疎かでも、それだけ。侍女たちにも好かれているし、大臣らにも一目置かれている。生活に支障はないじゃないか、リスティア・パールノイア。しっかりしろ……)

 フィルの存在感を薄めるため、マルセルクに別の愛妾を紹介することも手ではあった。しかしそれで別の愛妾を気にいるにせよ、色々齧ってみてまたフィルに戻るにせよ、リスティアの精神的苦痛は大きい。男爵や子爵のオメガで、フィルより分を弁えていそうな人物リストを見ながら、ため息をつく。

(もし気に入ったら、第二妃候補。気に入らなければ、子猫のことをそこまで愛している、ということか……)


 これは、最終手段にすることにした。まだ、婚姻してから二年と少しじゃないか、と。
 リスティアは目の前の現実を見なかったことにすべく、その紙切れを引き出しの奥の方へ仕舞い込んだ。






 しかしどんなに頑張っていても、リスティアは王族の妻。
 後継問題は常に注目される事で、それはマルセルクもまた同じ。
 だからどこかでそう言われることを、予感していた。


「リスティア。フィルとも、避妊しないことにした」

「……そうですか……子供を……」

「子を孕めないのは、私の子種が原因かもしれないから、と、貴族らに疑問に思われている。それを証明するためだけだ。リスティアが気にする必要はないからな?」


 頷くことは、出来なかった。

(それは、原因が僕と証明することにもなるのに……)

 しかしマルセルクは気付きもせず、リスティアの頭を撫で、キスを落とし、またフィルの部屋へと行ってしまった。
 その優しさは、もうリスティアの心を温めることはなかった。








 マルセルクの宣言から程なくして、フィルの懐妊の知らせが届いた。
 身体を労わるためにという名目で、次々と買い物をして楽しんでいると報告が入る。

(……結構なことだ)

 それでも最後の希望にかけて、リスティアは発情期には抱いてもらう・・・

『愛しています』

『……ああ、私もだ』


 リスティアの言葉は、するりと上滑りしていくようだった。再び肌を合わせるようになったのに、段々とマルセルクと目は合わなくなり、口付けも、優しい愛撫も機械的になっていく。発情期のオメガのフェロモンを発しているというのに、マルセルクには何故か効かない。

 アルファの中でも上位アルファなら、強く理性を保つことで抗えることも不可能ではないとどこかで聞いたが、恐らく違う。
 リスティアは番なのだから、抗う必要がない。

 つまり、マルセルクを誘惑するのに、リスティアのフェロモンでは力不足なのだ。


 リスティアを抱きながら、瞑った瞼。

 その裏には、誰が映っているのだろうか。






(虚しい……)






 それでも、ただ、熱い人肌に触れたかった。熱い飛沫を感じたかった。たった一晩だけでも、三ヶ月に一度の、リスティアのご褒美。


 フィルの妊娠中の今こそ、初日だけでなく、全ての期間中、マルセルクと共に過ごせるのだと、ほんの、ほんの少しだけ期待したが――――やはりマルセルクは、リスティアを発情期の初日だけ抱いた。

 その次も、その次も。

 作業のように同じ手順で、淡々と抱き、去っていく。


 それはつまり、フィルと発情期が重ならなくとも、マルセルクはリスティアを抱く意思はない、ということで。

 リスティアは、そこでようやく、理解した。

 マルセルクは、自分を愛してなどいないことに。















 カリカリカリ。

 薄い皮膚が剥けて爪に入る。赤くなっても、血が滲んでも、もはや癖になってしまった指は掻くのを止められない。
 裸の身体を毛布にくるみ、無駄に広い部屋の隅で丸くなる。背中や肩を壁に押し付ければ、まるで誰かに支えてもらっているような心地がして。

 本能に抗うために、ひたすら頸を掻く。
 この噛み跡が、いつか無くなればいいのに。


(……何故、番になってしまったのだろう?)


 番だと言うのに、この身体はマルセルクを満足させることすら出来ない。その場所には、フィルという、他のオメガがいる。

 番にさえなっていなければ、最悪、他のアルファに鎮めてもらうことは出来た。しかしリスティアはもう、マルセルク以外のアルファに抱かれることはできない。

 マルセルクが意思を持って再び噛む事で、番を解除することは可能だ。しかしその場合、二回噛まれた噛み跡が残り続け、マルセルクも含め、二度とアルファと番になることは出来ない。

 番を失ったオメガは『番欠乏症』――――精神的に虚無を抱えて生きていくことになるため、少しずつ狂い、早逝する事例が多い。


 だから、一般的な常識を持つアルファならば、その責任として、頸を噛んだオメガを手放すことは一生無いだろう。

 それもマルセルクは王族。『過ちだった』と認めるような、番の解除など出来ないだろう。

 そんなことをすれば他のオメガの地位すら揺らいでしまう。国の代表が『噛んだ責任など取らなくていい』と、万が一にでも勘違いされるようなことは、絶対にしてはならない。

 解放を望むことすら、許されなかった。








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