9 / 95
第一章 一回目の結婚生活
9
しおりを挟む発情期明けには、薬を飲みながらも降り積もる執務をこなしていった。子を為すことすら出来ないのにこれすら出来なければ、何のために嫁いだのか分からない。
リスティアはここにこそ自分の価値があると思い、進んで執務を請け負い、見せつけるかのように異常なスピードで捌いていく。
リスティアの具合の悪い期間は、発情期明けの数日まで継続する。その後は徐々に体調は戻ってくるものの、リスティアの精神が弱まっているためか、胃は小さくなったまま。相変わらず、柳のように痩せた身体。
婚姻から二年が経った。
全く孕む気配のないリスティアの立場は、脅かされていく。大臣たちから、オメガの令嬢令息を紹介されることも増えてきた。中には、リスティアをあからさまに公務担当と言い切る者もいた。
(それで何が悪いの。事情があって僕はマルセルク様の欲を解消して差し上げられないだけ)
リスティアは負けず嫌いだった。いくら弱っていても、矜持は捨てられない。
(閨が少し疎かでも、それだけ。侍女たちにも好かれているし、大臣らにも一目置かれている。生活に支障はないじゃないか、リスティア・パールノイア。しっかりしろ……)
フィルの存在感を薄めるため、マルセルクに別の愛妾を紹介することも手ではあった。しかしそれで別の愛妾を気にいるにせよ、色々齧ってみてまたフィルに戻るにせよ、リスティアの精神的苦痛は大きい。男爵や子爵のオメガで、フィルより分を弁えていそうな人物リストを見ながら、ため息をつく。
(もし気に入ったら、第二妃候補。気に入らなければ、子猫のことをそこまで愛している、ということか……)
これは、最終手段にすることにした。まだ、婚姻してから二年と少しじゃないか、と。
リスティアは目の前の現実を見なかったことにすべく、その紙切れを引き出しの奥の方へ仕舞い込んだ。
しかしどんなに頑張っていても、リスティアは王族の妻。
後継問題は常に注目される事で、それはマルセルクもまた同じ。
だからどこかでそう言われることを、予感していた。
「リスティア。フィルとも、避妊しないことにした」
「……そうですか……子供を……」
「子を孕めないのは、私の子種が原因かもしれないから、と、貴族らに疑問に思われている。それを証明するためだけだ。リスティアが気にする必要はないからな?」
頷くことは、出来なかった。
(それは、原因が僕と証明することにもなるのに……)
しかしマルセルクは気付きもせず、リスティアの頭を撫で、キスを落とし、またフィルの部屋へと行ってしまった。
その優しさは、もうリスティアの心を温めることはなかった。
マルセルクの宣言から程なくして、フィルの懐妊の知らせが届いた。
身体を労わるためにという名目で、次々と買い物をして楽しんでいると報告が入る。
(……結構なことだ)
それでも最後の希望にかけて、リスティアは発情期には抱いてもらう。
『愛しています』
『……ああ、私もだ』
リスティアの言葉は、するりと上滑りしていくようだった。再び肌を合わせるようになったのに、段々とマルセルクと目は合わなくなり、口付けも、優しい愛撫も機械的になっていく。発情期のオメガのフェロモンを発しているというのに、マルセルクには何故か効かない。
アルファの中でも上位アルファなら、強く理性を保つことで抗えることも不可能ではないとどこかで聞いたが、恐らく違う。
リスティアは番なのだから、抗う必要がない。
つまり、マルセルクを誘惑するのに、リスティアのフェロモンでは力不足なのだ。
リスティアを抱きながら、瞑った瞼。
その裏には、誰が映っているのだろうか。
(虚しい……)
それでも、ただ、熱い人肌に触れたかった。熱い飛沫を感じたかった。たった一晩だけでも、三ヶ月に一度の、リスティアのご褒美。
フィルの妊娠中の今こそ、初日だけでなく、全ての期間中、マルセルクと共に過ごせるのだと、ほんの、ほんの少しだけ期待したが――――やはりマルセルクは、リスティアを発情期の初日だけ抱いた。
その次も、その次も。
作業のように同じ手順で、淡々と抱き、去っていく。
それはつまり、フィルと発情期が重ならなくとも、マルセルクはリスティアを抱く意思はない、ということで。
リスティアは、そこでようやく、理解した。
マルセルクは、自分を愛してなどいないことに。
カリカリカリ。
薄い皮膚が剥けて爪に入る。赤くなっても、血が滲んでも、もはや癖になってしまった指は掻くのを止められない。
裸の身体を毛布にくるみ、無駄に広い部屋の隅で丸くなる。背中や肩を壁に押し付ければ、まるで誰かに支えてもらっているような心地がして。
本能に抗うために、ひたすら頸を掻く。
この噛み跡が、いつか無くなればいいのに。
(……何故、番になってしまったのだろう?)
番だと言うのに、この身体はマルセルクを満足させることすら出来ない。その場所には、フィルという、他のオメガがいる。
番にさえなっていなければ、最悪、他のアルファに鎮めてもらうことは出来た。しかしリスティアはもう、マルセルク以外のアルファに抱かれることはできない。
マルセルクが意思を持って再び噛む事で、番を解除することは可能だ。しかしその場合、二回噛まれた噛み跡が残り続け、マルセルクも含め、二度とアルファと番になることは出来ない。
番を失ったオメガは『番欠乏症』――――精神的に虚無を抱えて生きていくことになるため、少しずつ狂い、早逝する事例が多い。
だから、一般的な常識を持つアルファならば、その責任として、頸を噛んだオメガを手放すことは一生無いだろう。
それもマルセルクは王族。『過ちだった』と認めるような、番の解除など出来ないだろう。
そんなことをすれば他のオメガの地位すら揺らいでしまう。国の代表が『噛んだ責任など取らなくていい』と、万が一にでも勘違いされるようなことは、絶対にしてはならない。
解放を望むことすら、許されなかった。
414
あなたにおすすめの小説
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる