【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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本編

17 歓待当日

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クライヴ・ルイ・ラウラディア第二王子。

歓迎を表す長い長い赤絨毯に降り立った軍服姿は、そこに集まった全ての使用人、騎士、貴族を魅了していた。そこここでほう……、とため息が漏れる。

艶やかな黒髪がサラリと靡き、力強い金眼は鋭い獅子のよう。まだ彼とは距離があるというのに、僕はその存在感の強さに尻込みしそうになる。


生まれついての覇者。そんな風格を、たった17歳のクライヴ第二王子殿下は既に持っていた。


僕は内心感嘆していた。
流石、大国。一人で他国に送り出すのだもの。
当然しっかりしていないと出せないだろう。


ディルク殿下とは大違いだ、なんて思ってはいけない。笑顔の仮面をつけて、悠々と歩んでくるクライヴ殿下を待つ。
出迎えはディルク殿下と僕が中心だ。


久しぶりに隣に並ぶ――と言っても少し前にいる――ディルク殿下は、少し痩せたようにも見える。

どう見ても、クライヴ殿下のような強靭さは無いし、風格も無い。とても綺麗なお方だと思っていたのに、今は色褪せて見えた。

一方僕はリュミクス神様のお陰で、健康的な見た目にはなっているから、お目汚しにはならないはずだ。


「盛大な歓迎、ありがたい。我がクライヴ・ルイ・ラウラディア。ラウラディア王国の第二王子だ」

「……遠路はるばる、ルルーガレスへようこそ。ディルク・アスタナ・ルルーガレスが手厚くもてなす事を約束しましょう」


ディルク殿下は胸に手を当て、軽く顎を引く。クライヴ殿下は拳で胸を打つ。乱れのない身のこなしが、ご本人の風格をより引き立たせている。


………。んんっ。


そのままいつまでも僕を紹介しないので、仕方なく前へ進み出て会釈をする。その意味を汲み取ったクライヴ殿下が声をかけてくれた。


「……そちらの美しい人は?」

「あ……私の婚約者、シュリエル・エバンス公爵令息だ」


ぼんやりとした様子のディルク殿下は、明らかに頭が回っていないように見える。
内心怪訝に思いながら、優雅に見えるよう礼をとった。


「御前を失礼します、ラウラディア王子殿下。シュリエル・エバンスと申します。ディルク王子殿下の婚約者で、水の巫子でもあります。本日から世話役として付きますので、何かご不便がありましたらいつでも私にお申し付け下さい」

「こちらこそ、よろしく頼もう。シュリエル殿」








案内人として、僕を先頭に王城の中を進みながら、思考する。

ラウラディアからルルーガレスまで、馬車で来るなら一ヶ月ほどかかるだろう。もし最先端の転移装置を使うのなら話は別だが、そこまでの情報は得ていない。大変に疲れているという前提で扱っていれば安心だ。

この日は夜会までゆったりと過ごせるようプランを立てているから、ここまで来ればあとは信頼のおける侍女に引き継ぎ案内をしてもらおう、と振り返った所で――。


「シュリエル殿」

「はい」

「私はあまり人を信用しない性質なんだ。水の巫子である貴方に案内して頂けないだろうか」

「もちろん、喜んで、案内させて頂きます」


動揺を悟られないよう、笑みを深める。クライヴ殿下は僅かに瞬きをし、僕から視線を外す。


「ディルク殿はまた後ほど」

「……はい。ではまた」


ディルク殿下は無表情で踵を返す。その背中をよく見ている僕には、少し重心が不安定なのが分かった。
歩くのも億劫そうな様子に心配になる。


だから、そんな僕の横顔をじっと観察するクライヴ殿下には気付かなかった。









クライヴ殿下に割り当てたのは最上級の客室――『青の離宮』である。他国の王族を招いた時に使われるもの。

随分前から手入れをし直し、補修工事も完了し、ピカピカに磨かれている。案内しながらも時折視線をやって確認した。我ながら完璧な采配である。


最奥の間に到着した。

ここが賓客を泊める一室だ。
侍女は侍女同士、どこに何があるのかを確認しに行く。さぁ、あとはゆっくり休ませるだけだと、ほっとした時だった。


トンッ

「え?」


扉が背中で閉まる。目の前には壁、ではなく、クライヴ殿下の胸板。上を見上げて強い視線に射抜かれ、息が止まりそうになる。


大きい!僕より20センチ以上背の高い人が、こんなに近くにいる。

怖い。
怖い!

パチパチと忙しない瞬きをしながら俯き震えていると、その顎を取られて、そっと上に向けさせられた。
子猫をあやすような、ほんのわずかな指の動きで。


「……一体、アレは、何だ?」

「あ……アレ、とは……?」


や、やっぱり怖い人だ……!

内心バクバクと心臓が焦っている。至近距離の美貌の圧がすごい。鋭い光を湛えた金の瞳と目が合う。


そろり、そろりと逃れようとすると、また、トン、と耳の横から音がした。

クライヴ殿下の腕が扉にもたれるようにして、僕の動きを阻害している。

に、に、逃げられない。

出来るだけ動揺を抑えようとしているが、果たして成功しているのかどうかもわからない。


「ディルク王子。精神汚染を受けているだろう?」


ヒュッ、と喉が締まった。精神汚染。精神汚染なのか?


「精神、汚染、ですか?」

「ここには聖女がいると聞いたが、何をしている?アレは誰の仕業だ?」


間違いなく、プリシラ嬢だろう。
心当たりはそれしかない。

僕には分からなくとも、クライヴ殿下は初見で分かるような能力を持っているらしい。

混乱して何も言えずにいる僕を、クライヴ殿下は透かすように眺めている。じっくりと見分される骨董品にでもなった気分だ。

聖女は、聖女ではない。そんなことを他国の王族に言って良いわけがない。しかもまだこのことは、リュミクス神様に会えた僕だけが知ること。まだ、皆に信じさせるには前準備が整っていない。

しかし下手に取り繕っても、この鋭い目つきをした美青年を騙せそうにもなかった。答えは沈黙、だ。


ぷるぷる震えたまま黙っていると、一通り眺め終わったらしいクライヴ殿下が呟く。


「……シュリエル殿の魔力ではなさそうだな。これは見たこともないほど清純な魔力だ。」

「で、殿下は、魔力が見えるのですね?」

「ああ」

「あの、ディルク殿下はどの様に……」

「毒々しいピンクの霧で覆われているように見える」


ヒッ。
想像して本気で怖がったからか、クライヴ殿下は警戒を解いてくれた。

距離を取ると、やっと息が吸える。凄まじい圧に、キュッと縮こまっていた心臓が、鼓動を打つことを思い出したようにドクドクと動き、冷たくなった手先に血が巡り出す。

居間のソファに腰掛けたクライヴ殿下。
トントン、とノックがして、ようやく彼の侍女が帰ってきたようだ。

はっ、とする。ここはもうお暇しよう。ぜひそうしよう。何より僕自身帰りたい。


「それでは、ごゆっくりお」

「シュリエル殿。貴方には私の話し相手になって頂きたい。その方が寛げそうだ」


ぶった斬られてしまった。
ぎょっとして、思わず途中だった礼の姿勢から顔を上げれば、悪い顔で笑うクライヴ殿下。

獅子に捕まってしまった兎の気持ちが分かった。

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