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本編
53 生還 微※
しおりを挟む水面を破るようにして、全身で飛び出した。
グレイの腕に飛び込んだ瞬間、感極まってしまって。
涙で朧げな視界いっぱい、グレイ、だ……!
「ロローツィア……っ!」
「グレイ!会いたかった!……好き、好き……っ」
「俺、俺も、愛している……」
「!ほんっ……」
グレイの首へ飛びつきながら、無意識に告白してしまっていた。すると力強く抱きしめられ、唇へ柔らかいものを押し付けられた。どちらの涙かわからない雫で、濡れて湿った唇。
同じ気持ちだなんて、嬉しい!
好き。僕だって、大好き……!
「あのー……、私も、いるのだけど……」
ハッ、と意識を取り戻した。そこで初めてアレキウス様に気付いて、顔が爆発しそうなくらいに真っ赤になる。即座にグレイの背中に隠れたけれど、完全に手遅れだった。
「……ハァ。全く。目の前でこんな光景見せつけられたらね、諦めるしかないじゃないか。……とにかく、ロローツィア。生きていてくれて、良かった」
「あ、あ、あの、はい!ありがとう、ございます……むぐ」
「アレキウス、邪魔だ。後のことはよろしく頼んだから帰ってくれ」
「ハァー、ハイハイ。分かったよ。……ほどほどにな」
目元にはほんの少し涙を浮かばせ、ひらひら手を振って去っていくアレキウス様を見て、僕はグレイに文句を言った。
「ぐ、グレイ、知ってたなら言ってよ!恥ずかしい……っ!」
「それよりも、ロローツィアに好きと言われて平静でいられる訳がない」
アレキウス様が出ていった後、グレイはそう言って、また僕に口付けをした。今度は優しく、味わうようなキス。身体から力が抜けていって、グレイの逞しい腕の中で抱き抱えられていた。
「んっ……、はぁ、ふ……っ、好き……、いちばん、伝えたかったんだ」
ぴりぴり、ジンジンと痺れるような快感で、ちょっぴり、お尻がむず痒い。こっそり内股を擦り合わせていると、グレイにちょこんと鼻先と鼻先をくっつけられた。ううっ、美形が心臓を止めに来てる。
「誘って……いるのか?そうか……しかしここではな……」
「!えと!ち、違うよ!なんか、変で」
「それに、その先に進むにはまだ早い。ロローツィア。俺たちの関係を、正式に変えないと」
「……と、言うと?」
「二度と離したくない……、ロローツィア。俺の伴侶になってくれるか」
「……っ、はい、こちらこそ、お願い、します……っ!」
生還した僕は温かく迎え入れられた。家族も皆無事だった!その上、国から騎士たちが派遣されるようになった。今思えば、男爵領の治安がいいからって油断しすぎだよねぇ……。
家族と会ったり、騎士さんに事情徴収を受けている間に、僕が出た後の結晶は、雪解けのように溶けて湖を作っていた。神聖属性の魔力はほとんど抜けてしまったようだけど、魔物は入れない安全な場所になったみたい。
そして数日後。
エカテリーナ様の絞首刑が、執行されることとなった。
僕が知らされたのは、彼女にもう情状酌量の余地は無く、何段階かの刑は淡々と、粛々と、実行済みということ。彼女以外の犯人たちはすでに処されていて、残されたのは主犯格であるエカテリーナ様だけ。
そういう、政治とか法律的なものはよく分からないので、僕が口を挟むことなんか何もない。ただ、僕も無関係ではないので、聖者として参列を希望した。
僕は聖者姿でーーーーつまり、目隠しをしたまま見守る。衆目の中、随分と草臥れた魂が進み出てきて、それがボロボロになったエカテリーナ様だと分かるのに少し時間がかかった。
エカテリーナ様の罪状が読み上げられるのにつれてギャラリーの野次や、物を投げつける音が大きくなり、辛くなって【聖なる耳】を使おうと思ったけれど、やめた。彼女もこの聞くに耐えない言葉を聞いている。何を考えているのか、少しでも分かりたくて。
僕を亡き者にしたかった彼女。だけど結局、神聖属性の結晶は彼女を受け入れなかった。彼女の頭の中のゲームの話とは、多分、違う結末なのだと思う。それを考えると、彼女にとっては、前世の記憶なんてなかった方が良かったんじゃないかな。
彼女の生命力はもう、風前の灯だった。会場の興奮が最高潮になった頃、彼女は足台を外され、しばらくもがき苦しんだ後、ぷらん、と息絶えた。
「エカテリーナ様。どうか、安らかにお眠り下さい」
静かになった彼女を、【聖火】で燃やした。次はもう転生などせず、まっさらで綺麗な魂で、穏やかに生きて欲しい。そんな願いを丁寧に込めて、魂までも浄化する青白い炎で、天高く送ったのだった。
***
グレイとは、ありがたいことにすんなり婚約を結べた。こんなに急に結べるものなのかと首を傾げたけど、グレイなのかシュトーレン侯爵家なのか、テキパキと手続きが進んでビックリ。お仕事出来るんだなぁ、とまた惚れ直しちゃう。
僕にとって婚約者って、“婚約しただけの人”という印象が強い。
だからグレイは、『婚約者』というより、『恋人』だ。だって、頻繁にキスしてくれる。宝物に触れるように、優しく。想われているなあって実感して、とてもとても幸せなんだけれど、ちょっと困ったこともできてしまった。
それは、僕のオメガとしての機能。
以前オーランドによって無理やり目覚めさせられた影響でホルモンバランスが乱れていたらしいのが、結晶に浸かったことですっかり治ったみたい。ついでに火傷した顔も、暴行を受けてぼこぼこだったのも治ったのは良いのだけど、ええっと、ばっちりオメガの機能が働いていて、つまり、その。
「うう……」
今日も散々キスして、抱き合って、部屋へ戻ってきたら。下着がひんやりと濡れてしまっていた。ヒートという訳でもないのに、ぬるっぬる。
こんなの、淫乱じゃない?そんな噂はもう消えてしまったけれど、本当のことになっちゃいそう。なんとか、隠さないと。
一体どうして、こんなに、お腹の奥がむずむずして、切ないの?
「それで……どうして、グレイリヒトを選んだんだ。私は、自分で言っては何だが、割と良い条件の男だと思うんだ」
はた、とアレキウス様を見つめた。只今、放課後。グレイと一緒に、殿下のお部屋にお呼ばれしてお茶を頂いていた。
寛ぐグレイだって格好いい。背筋はピンと伸びたままで、カップを口に運ぶだけで色気が漂うなんてどういうこと……と、見惚れているところだった。
「あっ……、えと、アレキウス様。お姫様と婚約をなされたと聞いたのですけど……」
「それはそれ。これはこれ。信頼するグレイリヒトに、好きな奴を託す。男らしくな。だが、理由が欲しい。私ではなく、グレイリヒトを選んだ理由が」
真剣な目つきのアレキウス様に、僕は少し考えて、グレイを見た。グレイは少し不機嫌そうだが、口を出す気は無さそう。信頼されているんだな、とまた胸が温かくなる。
アレキウス様は僕なんかを好きと仰ってくれているけれど、……いまいち信じられないでいる。何故かは分からないまま、口を開いた。
「グレイは……僕をありのまま、受け入れてくれます。『可愛いのに〇〇』とか、『そんな体格で〇〇』とか、言わなかった。僕の努力を、才能だとも、当然だとも言わずに賞賛してくれました。それに、贈り物だって、僕の安全や好みを考えてくれて……」
「うぐ」
(“可愛いのに強い”と言ったことがある……やたらと可愛いベッドも贈ったこともある……似合うし、使ってくれているから満足してしまっていた……)
「一緒にいると、安心します。あ、えっと、ドキドキもします。あと、グレイに大切にされているのが分かるから、僕自身のことも、好きになれる気がします」
「か、完敗だ……」
(自分の格好良く見えるプロポーズに気を取られて、ロローツィアをよく知ろうとしていなかった……なんて男だ、私は……)
パタリと机に伏して動かなくなったアレキウス様を横目に、グレイは僕の腰を抱き寄せた。
「ロローツィア……もう、帰っていいか、アレキウス」
「ああ……好きにしてくれ……」
そのまま攫われるように、同じフロアのグレイの部屋へ連れ込まれると、壁に押し付けられて強引なキスをされた。
「んんっ……」
ぬるりと熱い舌が入ってくる。僕の舌を掬い取るようにして絡めて、扱かれ、唾液を取られていく。気持ち良くて、もっとして欲しくて舌を出すと、僕の大好きなギラギラした深紅の瞳で見つめられて、さらに深いキスになった。
グレイは余裕をなくしたみたいに、随分と性急だ。僕も煽られて、息が上がる。
「はぁ、はぁ、んんっ、あ、だめ……」
やっぱり、気のせいじゃない。グレイとキスをする度に、どんどん体は火照りやすく、そして濡れやすくなってしまっていた。こんなの、知られたくない。
ぐい、と胸筋を押すと、グレイは戸惑ったように顔を上げた。
「……どうした」
目と鼻の先で見つめられて、囁かれて、まともでいられる訳が無い!もじもじと熱を持った下半身に気づかれないようにと思っても逃げ場がなくて、僕は咄嗟に、くるりとグレイへ背中を向けた。
「……?」
「えと!その!何でもないんだ!ちょ、ちょっと待ってね。その、しばらく放っておいてくれる?」
かつて勃起に困っていたグレイが言った言葉。そう、今、僕も困っている。
すっと熱が遠ざかって、ホッと一息ついたとき。
首筋に、何かが触れた。ちゅっ、ちゅっ、とした湿り気のある音。……グレイ!?
「ひゃっ!?なに、えっ、や、」
「首まで真っ赤だ。唆られる」
「あうっ、んんっ……!」
後ろから回された手が、器用にシャツのボタンをひとつ、外した。はだけさせられた肩口に舌を這わせられて、ゾクゾクするのが止められない。
「ひんっ、あっ、あっ、」
「いつかは俺のものにする……覚悟、しておけ」
そんな囁きと共に、ブワリとムスクのフェロモンに包まれてしまったら。
あ、と声が漏れると共に、ツーッと愛液が漏れて、太ももを垂れていった。
あの、本当に、どうしてくれるんですか。コレ。
グレイのフェロモンで頭がぽわぽわしているうちに、気がついたらお部屋まで送ってくれたみたい。
放っておいてくれと言っても、実際に放っておかれた方が困ると、知った。
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