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本編
52 神様
しおりを挟む新しい魔術を覚える時は、『啓示』と言う。
神様がその人の才能と努力を認めて、相応しい魔術を与えてくれる……らしい。
僕はたくさんの魔術を覚えてきた。その度に頭にぎゅむぎゅむと詰め込まれ、悶絶し、一皮剥けたような気持ちになるのだけど、今まさに、七転八倒している。
長い!どれだけつめこまれるの!?ってか僕死んだはずじゃないか、ゆっくり寝るどころかこんなにしんどいって、もしかして地獄にでも来てしまったの!?
「ぅぐぅ……っ」
長い長い詰め込み時間が終わると、目の前が開けた。
「新しい魔術だ……」
真っ白な空間にポツンと浮かぶ、湖とコテージ。チュンチュンと小鳥が歌い、蝶がひらひら踊って、ふわふわのうさぎさんが二匹、寄り添ってうたた寝をしている。
「【聖なるオアシス】……僕のオアシスのイメージって……」
僕の設定したオアシス。なんてファンシーなんだ……。けれどここには誰もいない。好きなようにしていいのだ。小さな湖の畔に腰を下ろすと、不意におぅい、と知らない声がかかる。
「っ!?」
『ほうほう、良い出来じゃ。お邪魔させてもらおうかの』
真っ白いお髭で覆われた、小さなお爺さんだった。どのくらい小さいかって、僕の腰ほどの背丈しかない。どこからか釣竿を取り出すと、僕の隣へ腰掛けて、糸を垂らす。
「え、ええと、どなた様で……?」
『初めましてじゃの。ワシは神じゃ。それもお主のイメージ通りの神じゃ』
「あ、怪しい……」
『なんじゃと!』
おじいさんはそう言うなり、ポン!と音を立てて弾ける。するとそこには、金髪ポニーテールの美少女がいた。
『ふふっ!こんな姿も!』
ポン!と、今度は壮年の厳しい美丈夫になり、
『こんな姿も』
ポン!今度は神々しい儚げな美女になった。
『こんな姿だって、自由自在じゃ』
ポン。最後にまた、小さなお爺さんの姿になった。心なしか息を弾ませている。疲れてしまったみたい。
「ご、ごめんなさい、神様。信じます。どうか……お体、大事にして」
『優しい子じゃのぉ……、まあよい。信じてもらえたようじゃ』
「えと……はい」
現実離れしすぎると、逆に冷静になれるらしい。僕の魔術の中に、勝手に入ってこれるとしたら、きっと神様しかいないだろうなぁ。うんうん。
『今、お主はお主の魔術【聖なるオアシス】の中にいるが、それを手助けしたのもワシじゃ。危ない所じゃった。もう少しで完全に溶け込む所を、すんでのところで止めさせた』
「えっ!?」
『精霊たちが大層慌てておったぞぉ。そのおかげでワシも気付けたんじゃ』
精霊さんたち!ありがとう……!
本来自分の結晶化は、始めたら最後、止まれない。自分以外の、例えばお花とか草とかなら、一輪、一枚結晶化させたところで止めれるけれど、自分は無理。止める自分も結晶化してしまっているから。
本当にこの方、神様なんだ……。
『なぁに、心配することはない。ちょーっと眠っておれば、すぐに回復する。顔の火傷も、溶けた体も。なんせ、巨大な神聖属性の魔力の結晶の中じゃからの』
「ということは、僕、生きて……生きられるんですか」
『もちろん。そうでなくては、ワシが困る』
「良かった……!ありがとうございます、神様!」
『ふっふっ、よいのよいの』
小さな神様はちらと僕を見上げて、また釣り糸へ視線を戻した。泉の中に魚はおらず、ただ揺れているだけだ。釣られるお魚が可哀想なので、出してはあげられない。
『お主には、これまで蓄積した穢れを一旦リセットしてもらわねば。あの世界が魔の者に乗っ取られてしまう』
「魔物、ですか?蓄積って……歴代の聖者様が」
『魔物とは違う。魔の者とは、あの世界にはまだ出て行けないもの。歴代の聖者は己の力をお主ほど伸ばすことはしなかった。だから、浄化しきれなかった穢れが徐々に大きくなってしまったのじゃ。ワシはそれで、お主という、努力を弛まぬ魂を呼び寄せた』
「あ……」
『なんせ初めての試みじゃったからのう、この世界に執着する魂もついてきてしもうたが……もう、アレはなんとかなりそうじゃな』
僕に前世の記憶があるのは、そういう理由だったのか。
でも、僕は前世、何も出来なかった。病室で一人、寝っ転がることしか出来なくて、両親に恩返しをすることもないまま死んでしまった。
本はたくさん読ませてもらえたけれど、何も成していなかった。だから、僕は今世では張り切って出来ることはやってきた。
“努力を弛まぬ魂”だなんて恥ずかしいけれど、“やりたいと思ったことはやる”のは本当のことだ。
『じゃからの、少しここで休んで、現世へ帰るといい。そうじゃな……10年ほど眠れば、良い頃合いじゃろう』
「10年!?」
ちょっと待って、10年って!僕と同い年の生徒が、25歳になっちゃうよ!?
それはつまり、グレイも……うんと、年上になってしまうということ。ええっと、それは、嫌だ……っ!
「神様お願いです、そこを何とか、5分くらいにしてくれませんか」
『いかん。お主は働きすぎじゃ。体は結晶の中で、心はこのオアシスで、癒すと良い。それにお主をこんな目に遭わせた人間どもにワシ、怒っておるモン』
「へ?」
ぷい、とお顔を逸らす神様。怒り方はかわいいけど、神様を怒らせるって、結構ヤバいんじゃ……、ほら、海を割ったり、火山が噴火したり……?
『心配せずとも世界に干渉はせん。ただちょっとだけお主を“神隠し”するくらい、良かろ?ヤツらも、お主がいない間に何か困ったことになれば、思い知る』
「ううっ、でも、どうしても今、戻りたいんです!傷ついてなんかいません!むしろ、今戻れなかった方が悲しいです……っ!」
『そうは言ってものう……お主を悲しませるのは本意ではないのじゃが……うーむ』
僕は祈り手を組んで懇願した。みんな、僕を死んだと思うだろう。そして、いつかは諦めて、誰かと……結婚、してしまうかもしれない。それは、嫌だ。
僕、グレイの隣を誰にも渡したくないんだ!
難しい顔をしていた神様は、ふと、湖の方に目を向けた。
『ほほう、ここを見つけたか……!愛じゃな、愛!』
「えっ?」
『ほら、見てみるといい』
お爺さんに促されて、湖を覗き込む。
「……っ!」
そこには、必死に僕へ手を伸ばすグレイがいた。充血した目は悲壮に満ちていた。その光景に胸が痛む。
「グレイ……!ここだよ、僕、ここにいる!」
『無駄じゃ。そちらとこちらは繋がっておら……ん?』
光り輝く腕がぬうっ、と水面に浮上した。グレイの腕だ!僕はガシッと掴む。
一瞬怯んだようなグレイの腕だったけど、力強く握り返された。
『ほお、【祝福】を施しておったのか!それで繋がりが……お主、やるのう』
「全くの偶然ですが!グレイ!僕を引っ張って!連れて行って!!」
両手で縋り付くとグレイにも伝わったのか、徐々に、ゆっくりと泉へ沈んでいく。ふるふると震えるほどの腕の力強さの割に、僕がまるでとても重たいものかのように、とても時間がかかっていた。
「どうして、こんなに、向こうに行けないんですか!?もう……っ!」
『お主の魂というのはそれほどに重たいものじゃからの。まぁ、それほど時間もかからんじゃろうし……ワシは愛に弱い。体の方の修繕は任せなさい。ううっ、美しき哉』
「神様……っ、僕、ここに来ますから!あの世界の素敵な話とか、良い話を集めてきますからっ!僕たちを、嫌いにならないで下さい……!」
その言葉に、神様はくちゃっと破顔し、しゅぽんと消えた。あれ、と思った次の瞬間には、僕は完全に泉へと沈んでいた。
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