僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

45 蜘蛛 ※残酷表現あり

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「誰かっ!助けてくれえぇぇええッ!!」



 叫び声が闇夜に響く。僕たちは顔を見合わせると、一目散に駆け出した。

 走っている間にも考えていた。多分、声を上げたのは元気な人。助けて欲しいのは、違う人だ。

 駆けつけた先には、女郎蜘蛛アラクネに囚われた五人組がいた。なんで、こんなところにSランク推奨の女郎蜘蛛がいるのか。

 僕たちを振り向いた女郎蜘蛛は、ニタァと赤い口を開けて笑った。血が、口紅のようにべったりと付いている。


「ウフフふふ、ゴチソウ、いたァ……」


 食べかけの足をぽいと放り出し、女郎蜘蛛は僕を見つめた。
 こんなことは初めてじゃない。魔物にとって僕は、禁断の果実のようなもの。多分、一口齧っただけで絶命するほどの神聖属性の魔力が満ちているのに、魔物は僕を食べたがる。

 つま先から頭のてっぺんまで殺気を浴び、足が竦む。怯んじゃいけない。今の僕たちなら、勝算は十分にある。

 投げ出された足のかけらは見ないようにして、アレキウス様とジキル先輩を庇うように前へ出た。


「グレイ!倒せる!?」

「ああ、問題ない。が、人質が厄介だな」


 蜘蛛の巣に囚われた五人は、それぞれ糸でぐるぐる巻きになって磔にされていた。女郎蜘蛛はケタケタと笑うように何かを囁き、小さな子飼いの蜘蛛たちの毒針を、彼らへと向ける。何かあればすぐに殺す、そんな意図を感じられた。


「女郎蜘蛛は獲物をゆっくり食べる習性がある。しかし、人質をとるほど賢い個体がいるとは」


 ジキル先輩が青い顔をして呟いた。みんなで考えている間にも、女郎蜘蛛はオーランドの足をくちゃくちゃと咀嚼している。オーランドは気絶していて、齧られる度ぴくぴくと痙攣した。それを横目でしか見れない他の四人は、恐怖で凍りつき、震えているばかり。

 ごくりと唾を飲み込み、唇を湿らせる。冷静に、ならないと。


「僕が合図をしたら、彼らの前に防御壁を出す。グレイは攻撃、ショーン様は僕たちを守って」

「分かった」

「任せろ」


 さん、に、いち。

 ヴゥン!と出したのは、彼らを守る白いまゆ。それぞれの体を繭のように全方位から覆って守れるけれど、集中が必要な分、僕らは無防備になった。
 一拍遅れて、女郎蜘蛛が怒り出す。子飼いの蜘蛛がこちらへ波のように襲いかかってくる、その前に、グレイはすでに高く跳躍していた。


 ピッーーーー


「!」


 女郎蜘蛛は、憤怒の形相のまま左右に別たれた。まさに、一瞬。

 どろりと中身が溢れ出て、地面へ崩れ落ちる。完全に絶命していた。


「グレイ!加勢しろぉぉ!」

「当然」


 ショーン様も、目にも止まらない速さで子蜘蛛たちを切り捌いていた。けれど、まとが小さい分厄介で、余裕は全くない。

 それなのに、僕は五人組に張った防御壁に集中しなくちゃならないし、アレキウス様とジキル先輩は、恐らく初めて人の血を見たからか、腰が抜けてしまって動けない。


「毒を受けてもなんとかなる!即死だけ気をつけて!」


 僕がそう叫ぶと、音に反応したのか子蜘蛛が飛びかかってくる。ショーン様の余裕が無くなる前にグレイが駆けつけると、まるでミキサーが砕いていくように次々と屠られていった。

 すごい。すごすぎる……!

 隆起した肩甲骨、筋肉のうねり。痺れるくらい格好良くて、戦闘が終わっても放心したようにグレイを見つめていた。


「怪我は?」

「……はっ!な、無い」

「良かった。あいつらを降ろすか」


 声をかけられてやっと気付いた。もう大丈夫だったんだった!









 まずは【聖域】を張って確実に安全を確保する。蜘蛛の巣に囚われた五人を何とかこうにか下ろして、粘着質な糸をぶちぶちと切った。食べられていたのはオーランドだけで、他の四人に怪我はなかった。

 気絶したオーランドの片足は、齧られて無くなっていた。すぐに治そうとすると、顔を白くさせたままのアレキウス様に止められる。


「命に別状はないなら、後回しにしよう。この状況を早く教師に知らせて、棄権させないといけない」

「……そ、そうですね。緊急信号を……」

「お、おーらんどの、にもつだ」


 すっかり小さくなった騎士養成学園の4人は、震えながらオーランドのポケットを漁り出す。緊急信号はひとグループにひとつ持たされた、発煙筒のようなものだ。それを使えば即座に教師陣が駆けつけてくれる。

 その間に、オーランドからそれ以上血が流れないよう、足の断面に軽く【守護】をかけていると、


「なんだこれ……」

「嘘だろ、オイ」


 オーランドのポケットから、発煙筒ではない何かを見つけて彼らが騒いでいた。何だろう、と近付くと、それは“魔物寄せ”独特の香り。

 それも、冒険者が汎用している“低級魔物寄せ”でもない。


「レアの魔物寄せだ。なぜこいつが……?」


 グレイは使ったことがあるらしく、すぐにソレだと断定した。Sランク冒険者が、薬屋に特別に依頼をして作ってもらうそれは、目的の魔物を呼び寄せるためのもの。

 ただ、身分証を見せなければ依頼も出来ないし、二種類の薬剤を現地で混ぜ合わせるというもの。目的の魔物だけでなく、低ランク、中ランクの魔物も数多く寄せてしまう。それだけ危険なものなのだ。


「こいつ!どおりで魔物が多過ぎると思ったんだ!」

「お情けで入れてやったのによ!とんでもねぇやつじゃねえか!」


 魔物寄せが出てきたとたん、四人はオーランドを袋叩きにし始めた。見ていられなくて立ち上がったところで、グレイに止められる。


「そのくらいにしておけ。怪我の状態も教師に報告する。侯爵令息に足跡を付けた人間になりたいか?」


 その言葉だけで、彼らはぴたりと止まった。すごい。
 グレイは誰よりも落ち着いてオーランドの懐から緊急信号を取り出し、空高く打ち上げたのだった。




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