僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

44 訓練

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 それでも出席をしないと単位を得られないので、渋々と、気配を消すようにして集合場所へ向かうと、僕を見つけたグレイが真っ先に駆け寄ってきた。


「ロローツィア。大丈夫か?」

「へ?あ、おはよ……」

「クマがひどい」


 そっと目の下を撫でられる。朝から血糖値が上がりそうな甘さを含んでいた。目を逸らした先に、ねずみさんと同じような顔色をしたアレキウス様がいて、目を伏せる。


「殿下は、心配しなくていい。初めての挫折に心折れているだけだ」

「えっ……」

「話は聞いている……が、とりあえず今日は訓練に集中した方がいい。嫌なら俺の影にいろ」


 影、って。ちらりと見上げたグレイは、なんてことないような顔をしていた。

 僕は男爵令息で、アレキウス様は第一王子殿下で、グレイはその方の側近。それなのに、僕を守る盾が出現したかのような頼もしさだ。


「ありがとう……グレイ。頼りになる」

「いや。訓練前日に動揺させるようなことを言う、あいつが悪い」

「…………アレキウス様は、そんなつもりじゃなかったのかも」


 だって、すごく格好良かった。映画の中から飛び出してきたキラキラな王子様そのもの。シチュエーションだって舞台セットのように完璧で、あとは僕が頷けばエンディングを迎えられたくらいの状況で。


 自分でも、なぜ咄嗟に逃げたのか答えられない。けれど、あそこにいていいのは僕じゃなかった。絶対に。

 それでアレキウス様を傷付けてしまっているのが申し訳なくて眉を下げると、グレイはフッと笑った。


「それはそれで、あいつが受け入れられることしか想定してなかったのが悪い。あいつがあそこまで落ち込む、珍しい姿を見れた。しばらく放っておけば自然と回復する……と思う」

「放って……て」

「機嫌を伺われるのも嫌だと思うぞ」


 そうグレイが言った時、アレキウス様とバチッと目が合う。次の瞬間パッと目を逸らされて、胸がツキンと痛む。あの優しくて凛々しい方を、傷つけてしまったんだと。


 それでも、側にいる温かい手が背中を押してくれて、ようやく顔を上げられた。


「……おはようございます。皆さん、今日はよろしくおねがいしますね」

「おう!オレに任せておけよ!」

「ぼくも知識だけはありますからね」

「……よろしく頼むな、ロローツィア」


 ぎこちない笑顔のアレキウス様を見て、ようやく切り替えられそうだと元気が出てくる。そう、オドオドしている場合じゃないんだ、今日は。


 僕の役割は後方支援で、まあ言って終えば、“お荷物”だ。下手に防御魔術をかけると訓練にならない、という教師からの指示で、殿下や側近のショーン様たち高位令息が、万が一命の危険に陥った時の保険として同行している。

 ショーン様もグレイもとっても強いし、アレキウス様やジキル先輩も剣術を嗜んでいるため、難なくクリア出来ると思う。僕も一応杖を持っているけれど、尺が長いので彼らに当たらないように気をつけないといけないことを考えると、容易には振るえない。

 五人組のグループがそこかしこにいて、皆、腰にいくつかのお守りを誇示するように付けている。なんとなく微笑ましい。


 お守りが無かったとしても、所詮学園の裏の森なので、そこまで危険な魔物はおらず、教師陣が予め間引いている中を、ゴールに向かって進む。そこで一泊野営をして、明日の朝また学園へ戻ってきて、野外討伐実地訓練トレーニング・キャンプはおしまい。


 ゴールまでにはいくつかのポイントがあって、色別のカードが仕込まれている。赤などのわかりやすいカードはポイントが低く、緑や、ゴールから遠いエリアのカードのポイントは高いみたい。

 そのカードポイントと、魔物の素材ポイントの二つを合計して、高得点のチームには景品がある。もちろん成績も最高評価を貰えるので、狙って損はない。

 騎士養成学園の面々も集まっていた。オーランドもいて、こっちをじいっと見ているけれど声をかけてきたりはしないみたいでホッとする。いや、もう無関係なのでそれは当然のことなのだけど。


「予め学んだ規則ルールを守り、安全に、ゴールで会いましょう。それでは、訓練開始です」


 先生の合図で、どっと生徒たちが出発する。僕たちは遠回りをするコースを選んだので、体力を温存しながら前へと進んでいった。






 少し進んだだけで、森の中は鬱蒼と暗くなる。背の高い木々が日光を遮り、地面は湿り気を帯びて足をとられやすくなっていた。


「さっきは快晴だったのになぁ。ウンザリするぜ」

「ショーン。仕方ないだろう、ちゃんと靴は替えてきただろうな」

「もちろん!でも、時々休憩して乾かさないと、マメが出来そうだ」

「そうだな」


 先頭を進むショーン様と、その後のアレキウス様が言った。確かに、森が奥まるにつれてどんどんぬかるんでくる。休憩する場所すら見つけるのは難しそうだ。

 いくつかのカードや魔物をサクサクと回収していく。ポイントの高い緑や黒いカードは見つけにくいし、高い木の枝に引っかかっていたりしたのだけど、ジキル先輩は良く気がつくし、ショーン様は驚異的な身体能力で取りに行って、グレイは罠や魔物の警戒を怠らない。アレキウス様は全体を見て指示を出してくれるし、何にも問題のないチームだ。


 僕はというと、極端に足場が悪いということと、精霊さんの悪戯もあり、つま先をぶつけて痛めたり、髪に葉っぱが絡んだりとマイナートラブルを引き起こしてはいたが、その度にグレイにサッと対処されていた。

 普段通りの僕なら、回避出来ていたはずなのに。眠気もあってパッと反応出来なくて、お荷物でしかない……。


「……着いてきているな」

「はい?」

「養成のやつらだ」


 アレキウス様に話しかけられてオドオドしながら、後ろを振り向く。すると、オーランドを含む騎士養成学園のグループが、四苦八苦しながら僕たちを追いかけていた。


「……僕たちの通った後は、カードも魔物もいないのに……?」

「そうだな。出来るだけ歩く道は被らないようにした方がいいのだが」


 アレキウス様が眉根を寄せる。あの中に、元婚約者がいるのが居た堪れない。自意識過剰ではないと思いたいけれど、オーランドが僕を追っているように思えて鳥肌が立つ。


「少し早いが、休憩にしようか。彼らを先に通して、道をずらせばいい」

「そうしよう!ジキル、スナックは?」

「あるよ。けど今から食べてたら無くなるよ?」

「その時はその時だって」


 適当な木の根っこに座り、ショーン様はジキル先輩におやつを強請った。僕はみんなを囲うように【聖域】を広げる。淡い光で囲まれると、やっぱり落ち着く。


「王立の連中はもう休憩するのか?軟弱だなぁ」

「軟弱なりに頑張れよ~」


 しばらくして追いついた騎士養成学園の生徒たちは、ニヤニヤしながら僕らに声をかけて追い越していった。余裕そうな言動の割に、額には汗が光っていた。無茶をしないといいのだけど。

 オーランドはじっと僕を凝視すると、


「ロローツィア、見ていてくれ!オレ、前よりもずっと強くなったからな!必ず優勝する!」


 と言って、無駄に爽やかな笑顔を見せて去っていった。なに、何のアピールなの?


「頭に綿わたでも詰まっていそうだ」

「……ふわふわの?」

「そう」


 グレイがそんなことを言うので、笑ってしまった。
 終わってしまった、初恋なのかなんなのか良くわからない、オーランドのことなんか気にする必要はない。今は頼もしい仲間たちと一緒にいるのだから。


「まだロローツィアを諦めてなさそうだ。今更どのツラ下げてと言いたくなる」

「……どうかな。やっぱり、聖者との縁が切れるのは良くないって、お父上に言われたのかもしれない」

「父親に言われただけじゃ、あの満足げな顔にならないだろう」

「そ、それもそうだね。っと、ごめん」


 食べていたスコーンのかけらが飛んで行って、グレイがパシッと捕まえてくれた。それをぽいと口へ放り込んでしまって、それ、僕のスコーン……と言いかけてやめた。大きめな唇に“僕の食べかけ”が吸い込まれていって、ちょっと動揺したからだ。

 いやいや、僕、グレイにアーンなんてやったこともある。今更過ぎるけど、なんてことだ!

 今はもう、きっと出来ない。なんだか意識して仕方なくて、グレイを直視出来ないや。




 少し汗をかいたのを、みんなの分も纏めて【清浄】する。爽やかな風が吹き抜けて、からりと気持ちがいい。
 それぞれ気力を回復させてから、オーランドたちの通った道を避けるようにして進む。彼らは出会う魔物全てを薙ぎ倒すようにして派手に散らかして行くので、とても分かりやすかった。


「でも、思ったより魔物を倒しているね。一匹一匹は然程強くないけど……」


 ジキル先輩は去年の経験もある分、違いに気づきやすいのだろう。僕たちの方にももちろん魔物は来るのだけど、そうすると近くを行くオーランドたちの方の数と同程度のはず。それなのに、彼らの方がたくさんの戦闘をこなしているような気がしてくる。


「僕たちの方のお守り効果が強いのでしょうか?それほど力は感じませんが……」

「それもあるかもしれないね。彼ら、カードの方は見つけているのか心配だね」


 ジキル先輩の言葉に、僕も頷いた。カードを探すのも、洞察力を測るテストとなっている。先生たちが足をかけやすいところ、不自然な木の傷などを見て、注意を払うのだ。ノルマとして5枚は見つけないといけなかった。僕らはもうクリアしているけど。

 森の奥に進むにつれて、他のチームの心配をしているほどの余裕は無くなっていく。

 短い夕方はあっという間に過ぎて、夜が訪れた頃だった。






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