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「師匠!?師匠!!」

 目が覚めて、家の中に気配がないことに、シアは血の気が引いた。
 昨日のユージーンの様子がおかしかったこと、それは彼が姿を眩ませたと思うには十分な根拠に思えて、家の中、修行場所、近くの森、思いつく限りを探したが、やはりどこにもユージーンはいない。
 泣きそうになりながら、一度家に戻ると、魔法陣が目に飛び込んできた。

「ユカリさんの、お店?」

 もしそうなら、いや、違ったとしても、少なくとも闇雲に探すより、ユージーンをよく知っている人に尋ねた方がきっと良い。
 シアはそう思って魔法陣を睨む。
 シアは、まだ転移魔法についてユージーンから教えてもらったことはないが、ユージーンがいつもやっていた手順を思い出す。
 ずっと昔本で読んだ手順とそれは全く同じだったから、手順に不安はない。
 それより、ユージーンが見つからないことの方がずっとずっと不安だった。
 ほぼ迷わずに、魔法陣の中に立つ。
 行き先は、ユカリの店。
 シアは静かに魔法を唱えた。




「ユージーン、あなたシア君放ってきたの?」
「人聞きが悪いですね。よく寝ていたので起こさずにきただけです」

 シアがユージーンを探し回っていた同じ頃、ユージーンはユカリの店でぐだっていた。

「まったく…。らしくないじゃない。そんなにあの子が可愛いの?」

 ユカリがはい、とお茶をユージーンに渡しながらそう苦笑すると、ユージーンは深くため息をついてから「ええ、そうですよ」と答えた。

「自分でも、初めての感情にぐらぐらです。…この歳になって、こんな感情を知るなんて、本当、どうかしてる」
「あら良いじゃない。恋って素敵よ」
「私にとっては、素敵、だけでは済まされませんよ、ユカリ」

 自らの事情を思うと、シアに恋焦がれるなんて、シアを傷つけるだけだと思う。

「ずっと、死を願っているような私には、人を愛する資格なんてあるはずがない」
「相変わらず小難しいこと考えるのね、ユージーンは」
「痛っ」 

 深くシワになったユージーンの眉間を、ユカリが突つく。

「恋や愛なんてね、難しく考えたところで、結局どうしようもないものよ。心は理性では管理できないもの。理性で管理できるのは性欲くらいだわ」

 そう、ユカリが笑ったとき、店の魔法陣が光った。




 シアが目を開けると、そこはユカリの店のいつもの場所。
 うまくいった。
 そう思うと同時にユージーンがシアのところへ走ってくるのが見えた。

(いた!師匠!!)

 よかった、と安堵した次の瞬間、シアの頬には鋭い痛みが刺さる。乾いた音が、店に響いて、そこでようやく、自分が今ユージーンに平手うちされたのだと理解した。

「教えてもない上級魔法を勝手に使うやつがありますか!!!」

 珍しくユージーンが本気で怒っていて、心配していた気持ちと怒られたことへの悲しみといきなり叩かれたことへの怒りで、シアの感情は爆発する。

「し、しし・・」
「なんですか」
「師匠が悪いんじゃねぇか!!このクソジジィいいいいいいいいっ」

 うわーん、と子どものように声をあげて泣き出したシアに、今度はユージーンが動揺する。
 2人の様子をみていたユカリは、客観的だからこそ大体の事情を察し「まったくもう」とため息をついてから2人を従業員が使うバックヤードへ連れて行った。


***
週1くらいの更新頻度は守りたいです。
ユージーンの言葉の意味や、怒った理由などは次回で明かされます!
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