142 / 193
章1
推しの居る世界こそ楽園(3)
しおりを挟む
「そのショッピングセンター、少なくとも食べ物やアクセサリーだけじゃなくて自転車も売ってるんだよね?」
透と比べてほとんど即答に近い形で回答が得られるため、案の定カノンは詩絵里を介しての質問に切り替えた。
この設定を考えたのは詩絵里なので、当事者ということになっている透が答えるよりも安定して情報交換ができるはずだ。
全部嘘っぱちだけど。
「ええ、まあそうなるわね。私自身が見たわけじゃないから、透くんから聞いた限りだけど」
「ゲームソフトとか、漫画とか、ゲームの攻略本とかは?」
「……何か欲しいものがあるから持ってきてほしい、ってことでいいのかしら?」
ここで詩絵里が、わずかながら警戒する様子を見せた。
警戒の様子を見せること自体が演出なのかもしれないが、カノンのスキルは非戦闘時でこそ警戒すべき種類だ。
どちらにせよ対応は変わらない。
「こうなったら全部話すよ。実はね、あたしの周囲だけだと思うけど、転生前にやってたゲームのキャラがそのまま同じ立場・同じ境遇で存在してるの」
「ああー、もう何度目かの、乙女ゲームの中に入っちゃうパターンですね。私も似たようなもんですけどこの世界何人いるんでしょ、ゲーム設定系転生者」
「あ、やっぱり? そんなことだろうと思った。絶対他の国の貴族周りでも乙女ゲームっぽい設定ひっさげて転生してる子いるわこれって思ってたんだよね」
カノンが事情を正直に打ち明けてくる。
だが、ウルティナの一件にフランクとマリウスらの一件、もはやこの手の事情には全員が慣れきっていた。
「でもね、あたしこのゲームさっぱりなんだよね」
「それは珍しいパターンね。好きでもないゲームの設定連れてきちゃったの?」
「あいや違くて。好きっちゃ好きなんだけど、推しがメインキャラじゃなかったせいでろくにストーリー進めなかったっていうか……」
つまり、序盤の町にいる村人Aあたりを好きになってしまい、魔王討伐はせずに序盤の町から一歩も動かずその周辺でのみプレイしていた勇者……みたいな感覚か。
彼女がプレイしていたゲームがなんなのかは知らないが、いきなり転生後の周辺環境がゲーム設定に沿ったものになってしまったらそれは後悔したことだろう。
せめて一通りストーリーをクリアしていれば、とか。
「それで再勉強のために攻略本、もしくはゲームそのものが欲しいと」
「そゆこと! ある程度は友達が各ルートの萌えトークしてたの覚えてるんだけど、やっぱちょっと無理があるっていうかー」
「私乙女ゲームなら結構いろいろやってますけど、どれです?」
ルイーザがカノンからゲームタイトルを聞き出し始めた。
すぐに、彼女の脳内データベースから該当のソフトが見つかる。
透には瞬時に汲み取ることができなかったが、彼女はすぐにコンシューマーの乙女ゲームソフトだろうとあたりをつけていたようだ。
カノンの乙女ゲーム設定がどうこう、攻略本が、ルートが、という話は考えてみればテレビゲームの恋愛シミュレーションである。
「なるほどですねー。ちなみに、誰推しなんですか?」
「もちろん、エドワード・オルコ様――セーブおじさんよ!」
「セーブおじさん行っちゃいましたかー。十歳、いや八歳くらい若ければレギュラー張れそうな顔面でしたけど」
詩絵里や透との話が、とても微妙なところでぷっつりと途切れた。
代わりにゲームのことを知っているルイーザが、カノンとのゲームトークに花を咲かせている。
その様子を詩絵里と二人で見守っていると、カノンがはっと会話を中断した。
「あたしがおじさん好きってのもあるんだけどね、それはいったん置いといて。
エドワード・オルコ様――通称セーブおじさん。セーブとロードの時しか姿を見せてくれない、ちょっとやせこけた感じの優しい中年男性。
この世界に来るまで本名すらわかんなかったくらいのキャラクターだったんだけど、ゲームの登場人物が居ると知って速攻で求婚しに行ったの」
確かその時はあたしまだ七歳だったかな、と彼女がさらりと付け足す。
貴族令嬢七歳児にガチの求婚をされた中年男性、困惑どころの話じゃなかっただろうなあ。
「攻略対象そっちのけでおじさまとコンタクトを取り続けたあたしは、見事婚約に成功」
すごい。行動力がすさまじい。
「推しと婚約できちゃうとかもはや人生薔薇色じゃん? しばらく幸せでフワフワしてたんだけど、あたしのこの身体と生い立ち、ゲームの主人公……ヒロインちゃんの外見と酷似してるんだよね。
なのに七歳で婚約者が決まっちゃってる。となると問題なのが……」
「……あ、下手すれば戦争ですねそれ」
カノンの言葉を継いで、ルイーザが起こり得る最悪のエンディングだけをぶち込んできた。
「そうそう……攻略対象全員がこの国の人ならよかったんだけどさあ、このゲームの攻略対象、隣国の王子様だったり亜人の首領だったり、龍族の長だったりするんだよねえ」
これは、悪役令嬢にさせられて死亡ルートに突き進む瀬戸際だったウルティナとはまた別の危機である。
「一応あたしもそれなりの身分で生まれちゃったし? そりゃ戦争が回避できなくなりそうなら覚悟を決めて政略結婚に乗るよ? でもせっかく推しと婚約できてるんじゃん、無血で足掻ける部分は足掻いておきたいしさー」
それで、攻略本もしくはゲームそのものが欲しい、となるわけだ。
この世界の情勢や政界についてを知らない透には、彼女の望むそれが、貴族令嬢として正しい行動なのかどうかは分からない。
だがその行動力、ほんのちょっとでいいから自分にも分けてほしい、とは思う。
「あの……」
話の切れ間に、透はそっと手を挙げた。
詩絵里たちへの相談なしで発言するのはよろしくない。
分かってはいるが。
「攻略本、でよければ、俺、さ、探してきます」
自分のおつかい一つで彼女の望みに協力できるのなら、手を貸したい。
透と比べてほとんど即答に近い形で回答が得られるため、案の定カノンは詩絵里を介しての質問に切り替えた。
この設定を考えたのは詩絵里なので、当事者ということになっている透が答えるよりも安定して情報交換ができるはずだ。
全部嘘っぱちだけど。
「ええ、まあそうなるわね。私自身が見たわけじゃないから、透くんから聞いた限りだけど」
「ゲームソフトとか、漫画とか、ゲームの攻略本とかは?」
「……何か欲しいものがあるから持ってきてほしい、ってことでいいのかしら?」
ここで詩絵里が、わずかながら警戒する様子を見せた。
警戒の様子を見せること自体が演出なのかもしれないが、カノンのスキルは非戦闘時でこそ警戒すべき種類だ。
どちらにせよ対応は変わらない。
「こうなったら全部話すよ。実はね、あたしの周囲だけだと思うけど、転生前にやってたゲームのキャラがそのまま同じ立場・同じ境遇で存在してるの」
「ああー、もう何度目かの、乙女ゲームの中に入っちゃうパターンですね。私も似たようなもんですけどこの世界何人いるんでしょ、ゲーム設定系転生者」
「あ、やっぱり? そんなことだろうと思った。絶対他の国の貴族周りでも乙女ゲームっぽい設定ひっさげて転生してる子いるわこれって思ってたんだよね」
カノンが事情を正直に打ち明けてくる。
だが、ウルティナの一件にフランクとマリウスらの一件、もはやこの手の事情には全員が慣れきっていた。
「でもね、あたしこのゲームさっぱりなんだよね」
「それは珍しいパターンね。好きでもないゲームの設定連れてきちゃったの?」
「あいや違くて。好きっちゃ好きなんだけど、推しがメインキャラじゃなかったせいでろくにストーリー進めなかったっていうか……」
つまり、序盤の町にいる村人Aあたりを好きになってしまい、魔王討伐はせずに序盤の町から一歩も動かずその周辺でのみプレイしていた勇者……みたいな感覚か。
彼女がプレイしていたゲームがなんなのかは知らないが、いきなり転生後の周辺環境がゲーム設定に沿ったものになってしまったらそれは後悔したことだろう。
せめて一通りストーリーをクリアしていれば、とか。
「それで再勉強のために攻略本、もしくはゲームそのものが欲しいと」
「そゆこと! ある程度は友達が各ルートの萌えトークしてたの覚えてるんだけど、やっぱちょっと無理があるっていうかー」
「私乙女ゲームなら結構いろいろやってますけど、どれです?」
ルイーザがカノンからゲームタイトルを聞き出し始めた。
すぐに、彼女の脳内データベースから該当のソフトが見つかる。
透には瞬時に汲み取ることができなかったが、彼女はすぐにコンシューマーの乙女ゲームソフトだろうとあたりをつけていたようだ。
カノンの乙女ゲーム設定がどうこう、攻略本が、ルートが、という話は考えてみればテレビゲームの恋愛シミュレーションである。
「なるほどですねー。ちなみに、誰推しなんですか?」
「もちろん、エドワード・オルコ様――セーブおじさんよ!」
「セーブおじさん行っちゃいましたかー。十歳、いや八歳くらい若ければレギュラー張れそうな顔面でしたけど」
詩絵里や透との話が、とても微妙なところでぷっつりと途切れた。
代わりにゲームのことを知っているルイーザが、カノンとのゲームトークに花を咲かせている。
その様子を詩絵里と二人で見守っていると、カノンがはっと会話を中断した。
「あたしがおじさん好きってのもあるんだけどね、それはいったん置いといて。
エドワード・オルコ様――通称セーブおじさん。セーブとロードの時しか姿を見せてくれない、ちょっとやせこけた感じの優しい中年男性。
この世界に来るまで本名すらわかんなかったくらいのキャラクターだったんだけど、ゲームの登場人物が居ると知って速攻で求婚しに行ったの」
確かその時はあたしまだ七歳だったかな、と彼女がさらりと付け足す。
貴族令嬢七歳児にガチの求婚をされた中年男性、困惑どころの話じゃなかっただろうなあ。
「攻略対象そっちのけでおじさまとコンタクトを取り続けたあたしは、見事婚約に成功」
すごい。行動力がすさまじい。
「推しと婚約できちゃうとかもはや人生薔薇色じゃん? しばらく幸せでフワフワしてたんだけど、あたしのこの身体と生い立ち、ゲームの主人公……ヒロインちゃんの外見と酷似してるんだよね。
なのに七歳で婚約者が決まっちゃってる。となると問題なのが……」
「……あ、下手すれば戦争ですねそれ」
カノンの言葉を継いで、ルイーザが起こり得る最悪のエンディングだけをぶち込んできた。
「そうそう……攻略対象全員がこの国の人ならよかったんだけどさあ、このゲームの攻略対象、隣国の王子様だったり亜人の首領だったり、龍族の長だったりするんだよねえ」
これは、悪役令嬢にさせられて死亡ルートに突き進む瀬戸際だったウルティナとはまた別の危機である。
「一応あたしもそれなりの身分で生まれちゃったし? そりゃ戦争が回避できなくなりそうなら覚悟を決めて政略結婚に乗るよ? でもせっかく推しと婚約できてるんじゃん、無血で足掻ける部分は足掻いておきたいしさー」
それで、攻略本もしくはゲームそのものが欲しい、となるわけだ。
この世界の情勢や政界についてを知らない透には、彼女の望むそれが、貴族令嬢として正しい行動なのかどうかは分からない。
だがその行動力、ほんのちょっとでいいから自分にも分けてほしい、とは思う。
「あの……」
話の切れ間に、透はそっと手を挙げた。
詩絵里たちへの相談なしで発言するのはよろしくない。
分かってはいるが。
「攻略本、でよければ、俺、さ、探してきます」
自分のおつかい一つで彼女の望みに協力できるのなら、手を貸したい。
0
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
転生令息の、のんびりまったりな日々
かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。
※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。
痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。
※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【BL】攻めの将来の為に身を引こうとしたら更に執着されてハメられました
めめもっち
BL
名前無し。執着ハイスペ×地味な苦学生。身分格差。友達から始めた二人だったが、あまりにも仲良くしすぎて一線を越えてしまっていた。なすがまま流された受けはこのままでいいのだろうかと悩んでいた中、攻めの結婚を聞かされ、決断をする。
2023年9月16日付
BLランキング最高11位&女性向け小説96位 感謝!
お気に入り、エール再生ありがとうございます!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
転生先がハードモードで笑ってます。
夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。
目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。
人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。
しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで…
色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。
R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる