上 下
141 / 193
章1

推しの居る世界こそ楽園(2)

しおりを挟む
「え、こマ? この紅茶、ルリシアのストロベリーフレーバーじゃん!」

 透が両手に抱えたトレイからただよってきた香りを、そのご令嬢は正確にかぎとって歓声を上げた。

 見た目はおしとやかで可憐なイメージの少女だったが、喋り方がもう完全に現代の女子高生である。

「えっと……」

 そして、透が女性の中でもっとも苦手とする部類、いわゆる陽キャの気配がする。
 ものすごく。

 おそるおそる彼女の前に紅茶のカップを差し出して、ティーポットからお茶をつぐ。

「あたしルリシアの紅茶大好きだったんだ! まさかこっちでまた飲めるなんて……」

 詩絵里とルイーザにもお茶を出し、その場に透もお邪魔する。

 女性の部屋に長居するのは気が進まないが、「透くんも合わせて4人分のお茶」と言われたからには同席すべきなのだろう。

「ありがと、透くん。もう分かるでしょうけど、この子も転生者よ」

 じゃあ、まさかこの人が薬を作るスキルを持った女の人?

 訊ねる前に、JK令嬢が口を開いた。

「あたしはこの街の流通を任されているカノン・トーリュウジ。ここはちょっと特殊でね、平民貴族問わず8割くらいの住民が、日本っぽい家名を持ってるんだ」

「私たちのことはざっくり説明してるわ。四人組の転生者パーティーであること、うちひとりは拠点の防衛に残してきてること、回復魔法研究の一環でエリクサーが欲しいこと……話したのはこれくらいね」

 詩絵里がさらっと、偽装情報を提供してくれた。
 二点目以外は全部虚偽内容である。

「そうそう、詩絵里には言ったんだけど、あたしは薬作れる”神子様”じゃないよ。あたしのスキルは<交渉>。詳細はヒミツだけど、まあ交渉事がうまくいきやすくなる的な」

「私たちが探している、薬を作る”神子”は別にいるわ。カノンはその神子に直接取引を持ち掛けて、この国での薬の販売に手を入れた――商人みたいなもんね」

 その説明ではカノンが機嫌を損ねるのでは、と思わないでもなかったが、詩絵里の言葉に当の本人も頷いている。

 詩絵里への自己紹介の際、彼女自身がそう名乗ったのかもしれない。

「流通を管理している貴族に娘がーって話したでしょ? その娘さんっていうのが、カノンだったのよ。日本の安いアクセサリーが珍しがられるわけないわよね」

「まあある意味興味は持ってくれましたよね。それで、日本製品を仕入れられるのは誰だって別室で呼び出されて、あなたが直接宿に来るなら会わせますよーって言って連れてきたんです」

 貴族相手にそっちが訪問しろとは、二人とも、中身が日本人と分かると躊躇いないな。

 そして、透が定期報告に来るのを待っていたというわけだ。

「カノンからの要望を透くんに伝える。その代わり、透くんと会ってから24時間はお互いに手を出さない……契約書また使うはめになったわよ。さすがに専門のスキル持ちにそれ以上の交渉を持ち掛ける気は起きなかったわ」

 今回、透や勝宏はその契約のマジックアイテムには署名をしていない。

 つまり透からは、カノンへは攻撃が可能ということになる。

 透が戻ってきてからでないと話ができないのに、よくその条件で単身宿に待とうというつもりになったものである。

「あたしが聞きたいのは、日本製品を持ってくるスキルのこと。ドチャクソ高いポイント払って手に入る<ショップ>ってスキルあるじゃない。えーっと、透さん? はそのショップスキル持ちなの?」

「え、ええと……」

 以前ルイーザに偽りのスキル内容を説明したことがあったが、あれと同じ設定で行くべきなんだろうか。

 ポイントさえ貯めてしまえば誰でも取れるショップスキルであるとしてしまうのはまずい気がする。

 迷っていると、詩絵里が助け船を出してくれた。

「カノンはどうしてそれを知りたいの? 私てっきり、日本のお菓子とかをいくらか融通してくれみたいな交渉が始まるかと思ってたんだけど」

「そりゃもちろん、そういう話もしたいけどさ。
回答如何ではショップスキルとるかどうか迷うじゃん? たとえばこのルリシアの紅茶、通販サイトでは売ってないんだよね。店舗限定。
そういうのもショップスキルで買えるのか、それとも通販サイトにありそうなものしか買えないのか……あたし的にはそこが重要っていうか」

 そういうことか。
 であればなおさら、ショップスキルであると肯定するとあとあと嘘が発覚することになりそうだ。

 意を決して、以前の設定を引っ張り出すことにする。

「そ、そうですか。すみませんでも、これはショップスキルじゃないんです」

 初対面の陽キャ女子高生相手に、嘘の内容を説明。透にできるだろうか。

「えっと……に、日本の自宅に転移できる、スキルで」

「え、自宅? 家に帰れるの!」

 ああ、それは確か家とショッピングセンターの二か所にのみ転移できるみたいな設定で。
 そこから外に出ることはできないみたいな設定で。

「仕方ないわね。このパーティーのトップシークレットなんだから、誰にも言わないでよ。
……家にっていうか、透くんのスキルは本人限定で、「日本の自宅」か「ショッピングセンター」かのどっちか二択で転移できるのよ。
最初は一択だったんだけど、スキル成長で増えたわ」

 透が泡を吹き始める前に、詩絵里があとを継いでくれた。

 すみません、最近役に立ってるかもとか調子に乗りました。
 いつもお世話になっています。

「現状、その二択でしか転移ができない上に、屋内から出ることはできないわ。だから日本に戻れる、とはちょっといいにくわね。引きこもり生活くらいならできるかもしれないけど」

「おおお……てことはテレビとかゲームとかも?」

「玄関の扉を開けることができないから、通販は無理よ。転生前に用意していたゲーム、転生前に契約していたネットや電気、テレビなんかは大丈夫みたい。お金の調達についてはさすがに企業秘密ね」

 詩絵里が喋ると、本当にそういうスキルがあるみたいに聞こえてくる。
 口の上手さが透と比べるまでもなく雲泥の差だ。

 これでスキルが詐術系じゃないっていうんだからもう七不思議である。

「ははあ、ちなみにそのスキルの名称とかは?」

「スキル名は<帰還>よ。ポイント交換所のスキル一覧にはないから、後天取得は無理ね」

 だめもとで訊ねたカノンが、詩絵里の言葉で撃沈した。

 彼女の中身がいくつなのかは知らないが、もし最初に感じた印象通りに学生さんだったなら、自宅には両親や兄弟がいるだろう。
 会いたいと思うこともあるのかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...