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第9話『願いを叶えに来たよ』
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横倉村に入り込んだ者たちと、横倉村との攻防が始まって数日。
何の情報も無いというのに諦めない者たちに、横倉村の者たちは辟易しながら日々を過ごしていた。
そして当初の予想通り、彼らは野中家に何の情報も無い事を察すると、今度は村人や子供たちに接触する様になっていった。
ましろについて聞く彼らに誰も何も知らないと返すが、それでも彼らは諦めない。
そんなある日。事態が大きく変わる出来事が起きた。
それは、入院していた裕子がそろそろ出産の準備に入るとのことだった。
村人たちの必死な説得により、裕子へのお見舞いに行けず待機していた誠であったが、流石に生まれるとなれば行かねばならないと、反対を押し切ってでも病院へ向かおうとした。
しかし、野中家の車に乗ってはすぐバレてしまうという事で、誠は野中家とは関係のない車の後部座席に隠れながら乗り、病院へと向かう事になった。
そして流石にましろが出るとバレるだろうという事で、ましろは可哀想だが、自宅で待機する事となったのだが、この決断が、その後の運命を大きく変える事となる。
誠を乗せた車は順調に病院へ着き、まだ余裕のあった裕子の所へたどり着くことが出来たのだが、ここで一つ予想外な事が起きた。
それは、偶然病院の近くを歩いていた男が、ましろの事を調査していた新聞屋の男であり、情報として持っていた写真と見比べる事で誠が天使の関係者であると気づいたのだ。
それからの行動は非常に速かった。
男は仲間を集めると病院に入り込み、裕子の病室で話をしていた誠に押しかけた。
そして出産前で精神的にも厳しい状態であった裕子にも、大人数で押しかけて質問攻めをする。
誠と一緒にいた男はそれを止めようとしたが、大人数の男たちには何も出来ず、結局大きな負担を二人に強いる事となってしまった。
その騒ぎは、駆け付けた看護師や医者、そして警備員によって収まったが、事態は最悪の方向へと突き進んでゆく。
絶対安静であった裕子に精神的な負荷が掛かった結果、裕子は産気づき、しかも裕子の体を考えて万全の準備をして行わねばならない出産を、緊急で行う事となってしまったのだ。
しかも裕子は過呼吸になってしまう程に、危険な状態であり、医者は最悪の事態もあり得ると誠に告げる。
絶望的な状況の中、誠は何もできず、裕子と、生まれてくる子の無事を願ってただ、祈り続けることしかできないのだった。
一方その頃、横倉村にいるましろは美月と遊んでいる最中にも関わらず弾かれた様に窓の向こうへ顔を向けた。
「どうしたの? ましろちゃん」
「……行かなきゃ」
美月の言葉に、短く言葉を返すとましろは窓を開き、そのまま外へと飛び出した。
そして翼を広げて、真っすぐに病院へ向けて飛び立つ。
「ましろちゃん! 駄目だよ!!」
美月の声もどこか遠くに感じながら、ましろは真っすぐに飛んだ。
しかしそんな目立つことをしていれば、当然ではあるが彼女を探そうとしていた者たちに見つかってしまう。
そして彼らは、ましろを捕まえて、利用するべくその欲望を真っすぐにましろへ向けた。
それからの変化は劇的であった。
今まで純白の翼を広げていたましろの翼が、端から黒く染まってゆく。
それと同時にましろは苦しそうにうめくが、それでもましろは飛ぶことを止めなかった。
そんなましろを目撃してしまった村人たちは、必死にましろに声を掛けるが、その声は届かない。
その代わり、横倉村の者たちに舞い降りてきたのはまだ黒く染まっていない真っ白なましろの羽だった。
「これは……? まさか!」
そしてその羽が届いたことで何か異常事態が起きていると察した大岡は急いで空を見上げ、遠くへ向かって飛んでいるましろを見つけ、唇を噛み締める。
すぐにましろを追おうとして一歩を踏み出したが、大岡の義足はその負担に耐えられずに彼女の足から外れてしまうのだった。
激痛を感じて、それでも立ち上がろうとする大岡であったが、自分の手に握られている羽が淡く輝いている事に気づき、驚愕に目を見開く。
痛みがないのだ。
先ほどまで感じていた激痛だけでなく、ずっと鈍く大岡を痛めつけていた痛みを感じないのだ。
そしてそれと同時に、体全体にましろと触れ合った時の温かさも感じるのだった。
『大岡さんの痛みが少しでもなくなりますように』
「アタシは、こんなっ、こんな事をして欲しかったんじゃない。アンタに、ただ、笑っていて欲しかったんだ。ましろ!」
大岡は幼少の頃に流したきり、もう流さないと誓った涙を流しながら、遥か遠い空の向こうに消えてゆくましろに手を伸ばした。
しかし、その手が届くことはなく、数刻後にはその姿は完全に消えてしまうのだった。
そしてその奇跡は横倉村の住民に等しく平等に訪れた。
ましろの温かく優しい願いが、彼らの幸せを願うその気持ちが、白い羽という形になって彼らの下に降り注いでゆく。
その優しさに、ましろの気持ちに触れた人々は、ましろの気持ちに深く感謝をしながら、羽から伝わるましろの体を理解して、ただ悲しみに暮れるばかりであった。
ましろの羽に触れた人々は理解した。
ましろが今、己の命を燃やして人々に幸せという名の願いを送っている事を。
ましろの魂は邪なる願いに黒く染まってゆき、それを望まないましろによって消えようとしている事を。
そして、それを知ったとて、何も出来ない事を彼らは理解した。理解してしまった。
しかし、それでも、彼らはただ祈った。
ましろの願いが、野中家の心優しい人たちが救われるようにと。
その祈りは届かないかもしれないが、それでもただひたすらに祈るのだった。
そして、ましろはそんな人々の祈りを力にして、飛び続け、ようやく病院にたどり着いた。
もはや人としての体を保てないましろは窓にも阻まれる事なく病院の中に入り、誠の前に降り立つ。
『お父さん』
「ましろ、さん?」
『願いを叶えに来たよ』
「願い……? 私の願いは」
誠はふと心によぎった願いを口にしようとして、躊躇った。
追い詰められていた心が、弱さが、舞い降りてきた奇跡に手を伸ばそうとしていたが、ましろの姿を見て正気に戻る。
ましろはもう限界をとっくに超えていた。
その姿は薄くなり、翼も殆ど黒く染まってしまっている。
天使として、体を保てなくなっていたのだ。
いずれその姿も消えてしまうだろう。
だが、その前に、ましろにはどうしても、やらなければならない事があったのだ。
『お父さん。願いを言って。お母さんを助けたいの』
「ですが! それを願えばましろさんは」
『うん。多分消えちゃう』
「っ!」
『それでも、最期に……。お父さんの願いを叶えたい』
「最期だなんて、ましろさん! 私は、私たちはまだ、貴女に何も」
『ううん。いっぱい貰ったよ。私のやりたかったこと。いっぱい叶っちゃった。だから、お返ししたいの』
「……ましろさん」
もはやそれ以上何も言えず、ましろの前に蹲ってしまう誠に、ましろは慈愛に満ちた表情でその体を抱きしめた。
もはや触れる事は叶わずとも、その心は確かに共にあった。
『お父さん。私の妹を、お母さんを、助けて』
「っ!」
容易くは無かった。
迷いはあった。
それでも、そのましろの言葉は確かに誠の心に突き刺さった。
『ありがとう。お父さん。大好きだよ』
「ましろさん!」
そして、願いは叶った。
ましろの魂を犠牲にして。
誠が祈っていた扉の向こうからは医師や看護師が飛び出してきて、誠に駆け寄った。
床に座り込み、ただ祈りを捧げていた誠に、彼らは口々に二人とも無事だと、歓喜の声を上げる。
その言葉を受けながら、誠は人々の向こう側で、涙を流しながら、それでも微笑んでいるましろが消えていくのを見た。
キラキラと小さく微かな光がましろの体の周りを飛び回り、やがてましろはその姿を完全に消してしまうのだった。
誠と裕子と……生まれてきたましろの妹の元に小さな、白銀に輝く羽を残して。
何の情報も無いというのに諦めない者たちに、横倉村の者たちは辟易しながら日々を過ごしていた。
そして当初の予想通り、彼らは野中家に何の情報も無い事を察すると、今度は村人や子供たちに接触する様になっていった。
ましろについて聞く彼らに誰も何も知らないと返すが、それでも彼らは諦めない。
そんなある日。事態が大きく変わる出来事が起きた。
それは、入院していた裕子がそろそろ出産の準備に入るとのことだった。
村人たちの必死な説得により、裕子へのお見舞いに行けず待機していた誠であったが、流石に生まれるとなれば行かねばならないと、反対を押し切ってでも病院へ向かおうとした。
しかし、野中家の車に乗ってはすぐバレてしまうという事で、誠は野中家とは関係のない車の後部座席に隠れながら乗り、病院へと向かう事になった。
そして流石にましろが出るとバレるだろうという事で、ましろは可哀想だが、自宅で待機する事となったのだが、この決断が、その後の運命を大きく変える事となる。
誠を乗せた車は順調に病院へ着き、まだ余裕のあった裕子の所へたどり着くことが出来たのだが、ここで一つ予想外な事が起きた。
それは、偶然病院の近くを歩いていた男が、ましろの事を調査していた新聞屋の男であり、情報として持っていた写真と見比べる事で誠が天使の関係者であると気づいたのだ。
それからの行動は非常に速かった。
男は仲間を集めると病院に入り込み、裕子の病室で話をしていた誠に押しかけた。
そして出産前で精神的にも厳しい状態であった裕子にも、大人数で押しかけて質問攻めをする。
誠と一緒にいた男はそれを止めようとしたが、大人数の男たちには何も出来ず、結局大きな負担を二人に強いる事となってしまった。
その騒ぎは、駆け付けた看護師や医者、そして警備員によって収まったが、事態は最悪の方向へと突き進んでゆく。
絶対安静であった裕子に精神的な負荷が掛かった結果、裕子は産気づき、しかも裕子の体を考えて万全の準備をして行わねばならない出産を、緊急で行う事となってしまったのだ。
しかも裕子は過呼吸になってしまう程に、危険な状態であり、医者は最悪の事態もあり得ると誠に告げる。
絶望的な状況の中、誠は何もできず、裕子と、生まれてくる子の無事を願ってただ、祈り続けることしかできないのだった。
一方その頃、横倉村にいるましろは美月と遊んでいる最中にも関わらず弾かれた様に窓の向こうへ顔を向けた。
「どうしたの? ましろちゃん」
「……行かなきゃ」
美月の言葉に、短く言葉を返すとましろは窓を開き、そのまま外へと飛び出した。
そして翼を広げて、真っすぐに病院へ向けて飛び立つ。
「ましろちゃん! 駄目だよ!!」
美月の声もどこか遠くに感じながら、ましろは真っすぐに飛んだ。
しかしそんな目立つことをしていれば、当然ではあるが彼女を探そうとしていた者たちに見つかってしまう。
そして彼らは、ましろを捕まえて、利用するべくその欲望を真っすぐにましろへ向けた。
それからの変化は劇的であった。
今まで純白の翼を広げていたましろの翼が、端から黒く染まってゆく。
それと同時にましろは苦しそうにうめくが、それでもましろは飛ぶことを止めなかった。
そんなましろを目撃してしまった村人たちは、必死にましろに声を掛けるが、その声は届かない。
その代わり、横倉村の者たちに舞い降りてきたのはまだ黒く染まっていない真っ白なましろの羽だった。
「これは……? まさか!」
そしてその羽が届いたことで何か異常事態が起きていると察した大岡は急いで空を見上げ、遠くへ向かって飛んでいるましろを見つけ、唇を噛み締める。
すぐにましろを追おうとして一歩を踏み出したが、大岡の義足はその負担に耐えられずに彼女の足から外れてしまうのだった。
激痛を感じて、それでも立ち上がろうとする大岡であったが、自分の手に握られている羽が淡く輝いている事に気づき、驚愕に目を見開く。
痛みがないのだ。
先ほどまで感じていた激痛だけでなく、ずっと鈍く大岡を痛めつけていた痛みを感じないのだ。
そしてそれと同時に、体全体にましろと触れ合った時の温かさも感じるのだった。
『大岡さんの痛みが少しでもなくなりますように』
「アタシは、こんなっ、こんな事をして欲しかったんじゃない。アンタに、ただ、笑っていて欲しかったんだ。ましろ!」
大岡は幼少の頃に流したきり、もう流さないと誓った涙を流しながら、遥か遠い空の向こうに消えてゆくましろに手を伸ばした。
しかし、その手が届くことはなく、数刻後にはその姿は完全に消えてしまうのだった。
そしてその奇跡は横倉村の住民に等しく平等に訪れた。
ましろの温かく優しい願いが、彼らの幸せを願うその気持ちが、白い羽という形になって彼らの下に降り注いでゆく。
その優しさに、ましろの気持ちに触れた人々は、ましろの気持ちに深く感謝をしながら、羽から伝わるましろの体を理解して、ただ悲しみに暮れるばかりであった。
ましろの羽に触れた人々は理解した。
ましろが今、己の命を燃やして人々に幸せという名の願いを送っている事を。
ましろの魂は邪なる願いに黒く染まってゆき、それを望まないましろによって消えようとしている事を。
そして、それを知ったとて、何も出来ない事を彼らは理解した。理解してしまった。
しかし、それでも、彼らはただ祈った。
ましろの願いが、野中家の心優しい人たちが救われるようにと。
その祈りは届かないかもしれないが、それでもただひたすらに祈るのだった。
そして、ましろはそんな人々の祈りを力にして、飛び続け、ようやく病院にたどり着いた。
もはや人としての体を保てないましろは窓にも阻まれる事なく病院の中に入り、誠の前に降り立つ。
『お父さん』
「ましろ、さん?」
『願いを叶えに来たよ』
「願い……? 私の願いは」
誠はふと心によぎった願いを口にしようとして、躊躇った。
追い詰められていた心が、弱さが、舞い降りてきた奇跡に手を伸ばそうとしていたが、ましろの姿を見て正気に戻る。
ましろはもう限界をとっくに超えていた。
その姿は薄くなり、翼も殆ど黒く染まってしまっている。
天使として、体を保てなくなっていたのだ。
いずれその姿も消えてしまうだろう。
だが、その前に、ましろにはどうしても、やらなければならない事があったのだ。
『お父さん。願いを言って。お母さんを助けたいの』
「ですが! それを願えばましろさんは」
『うん。多分消えちゃう』
「っ!」
『それでも、最期に……。お父さんの願いを叶えたい』
「最期だなんて、ましろさん! 私は、私たちはまだ、貴女に何も」
『ううん。いっぱい貰ったよ。私のやりたかったこと。いっぱい叶っちゃった。だから、お返ししたいの』
「……ましろさん」
もはやそれ以上何も言えず、ましろの前に蹲ってしまう誠に、ましろは慈愛に満ちた表情でその体を抱きしめた。
もはや触れる事は叶わずとも、その心は確かに共にあった。
『お父さん。私の妹を、お母さんを、助けて』
「っ!」
容易くは無かった。
迷いはあった。
それでも、そのましろの言葉は確かに誠の心に突き刺さった。
『ありがとう。お父さん。大好きだよ』
「ましろさん!」
そして、願いは叶った。
ましろの魂を犠牲にして。
誠が祈っていた扉の向こうからは医師や看護師が飛び出してきて、誠に駆け寄った。
床に座り込み、ただ祈りを捧げていた誠に、彼らは口々に二人とも無事だと、歓喜の声を上げる。
その言葉を受けながら、誠は人々の向こう側で、涙を流しながら、それでも微笑んでいるましろが消えていくのを見た。
キラキラと小さく微かな光がましろの体の周りを飛び回り、やがてましろはその姿を完全に消してしまうのだった。
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