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第4章 二月の出会い
第27話 狭山さんとエレナちゃん
しおりを挟む「狭山さーん! 社長が呼んでるよ~」
「熱……っ!?」
三月を目前に控えた、二月末。
スカウトの仕事を終え、事務所で昼食をとっていた狭山は、女子社員の突然の呼びかけに、食べていたカップ麺をひっくり返しそうになった。
食べ始めたばかりの熱々のカップ麺のスープが、細いストライプが入った黒のスーツにかかり、狭山はそれをふき取りながら、言葉を返す。
「え? 今、なんて?」
「あーあー、大丈夫? 火傷してない?」
「だ、大丈夫。てか、今なんて!? 社長室!!? なんで!? おれ、なんかやったっけ!?」
「さぁ、むしろ何もしてないから呼び出されてるんじゃないの?」
「え?」
「休憩、終わったらでいいから、社長室宜しくね~!」
「うそだろ。マジかよ、おい!」
狭山は、顔を青くし暫く頭を抱えたが、こうしちゃいられないと残っていたカップ麺を勢いよくすすと「ごちそうさまー」と手を合わせた後、足早に社長室まで向かった。
休憩室から出て、エレベーターで数回上がった先にある重厚な扉の前に立つと、一旦息をついたあと、精神的にも重いその扉をノックした。
コンコン──
「あー……狭山か?入れ」
「し、失礼します」
扉を鳴らすと、中から返事がし、恐る恐る狭山は社長室に入ると、部屋の奥から50代くらいの男性が手招きをする。
髪をオールバックにしたラフな服装な強面の男。彼は、今狭山が勤めといるモデル事務所の社長であり、一代にして、この事務所をここまで築き上げた、やり手のビジネスマンである。
「な、なんでしょうか、社長……」
「お前に、ちょっと相談なんだけど」
「はい」
狭山が、社長が座る机の前まで足を運ぶと、社長は側においていた書類に一度目を通し、その後狭山を見つめた。
「お前もスカウトばかりじゃ、あれだろ? そろそろ、担当持ってみるか?」
「え?」
大した前置きもなく、あっさりと放たれた言葉は、あまりにも突拍子もない話で、狭山は一瞬口ごもる。
「……で、でも俺、最近スカウト全く成功してないですよ? 誰の担当するんですか?」
「あぁ、実はこの前うちに入ってきた女の子で、名前は──」
社長は、先ほど目を通していた書類を一枚、狭山に差し出す。
「”紺野 エレナ”ちゃんだ」
(あ……この子……)
エレナちゃん──その名前と同時に、書類に添えられていた写真をみて、狭山はクリスマス前、事務所の奥の来客コーナーにいた金髪の少女の事を思い出した。
「え!? この子まだ担当決まってなかったんですか!? だってオーディション受けに来たの12月じゃ!」
そう。今はもう2月も終わり。まさか3カ月近くも担当がいなかったのかと、狭山は目を丸くする。
「いや、担当は坂井が受け持ってるんだが、なんか、もう色々限界みたいでな? 一人じゃ手に負えないっていうんで、お前にサポート役として、二人で担当してもらうことになった!」
「限界!? 限界って何がですか!? いやいや、ちょっと待って!? それ、明らかに厄介な奴じゃないっすか?! めんどくさいの押し付けられてる感じじゃないっすか?!」
「なんだ、嫌なのか? じゃ、美女でもイケメンでも、立派にスカウトしてこい!」
「社長、もしかして俺のこと嫌い? 辞めさせたいなら、ちゃんといって、お願いですから」
「あははは! 冗談だよ。お前、スカウトは下手だけどな。その面倒見のよさだけはかってるんだ! だから、わざわざこの子の担当に、お前を指名したんだからな!」
「……はぁ」
ほめられているのか、けなされているのか、正直、よくわからない。
「ただ、お前はまだ新人だし、いきなり全部は任せられん。だから、デベロップメント(人材育成)と、プロモーション(売り込み)は坂井にさせるから、モデルのマネジメントとメンタルケアは坂井に教わりながら、お前が担当しろ」
「ま、マジすか……」
狭山は、少し顔を曇らせつつも、社長が手渡した書類に改めて目を通す。
紺野 エレナ──髪の色が、あの少年と同じ”ストロベリーブロンド”だからか、見た目こそ派手な印象だが、瞳の色は、少年とは違い、大人しそうな”茶色い瞳”をしていた。
年齢は9歳。スタイルも悪くはなく、まさにスラッとしたモデル体型で、あと数年もすればファッション誌の表紙を飾ることが出来るような、そんな”素質”は確かに秘めている。
だが──
「あの、この子……撮影中は、どんな感じなんですか?」
「……なにか気になるのか?」
「あ、いや……」
気になるのか?といわれたら、上手く説明できない。その「なんとなく」を上手く話せるほど、狭山は話術に長けてはいなかった。
「いえ、わかりました。最近スカウト上手くいかなくて、やる気なくしてたんで、いい機会です」
「おまえ、社長の前でやる気ないとかよく言えたな……そんなに苦手か、スカウトは?」
「っ……少し前に、美女みたいなイケメン、スカウトしたらエライ目にあったんですよ!」
「美女みたいな……イケメン……」
狭山は、例の”金髪碧眼の美少年”の事を思い出して、眉根を寄せた。すると、社長はふむと考えこむと
「もしかして……神木くんか?」
と、平然と問いかけてきた。
「え!? 社長、知ってんの!?」
「あっはっは、やっぱり神木くんか~? そりゃ、神木くんはここらじゃ有名よ。なんせ、俺も8年くらい前にスカウトして、見事にフラれたからな!」
「マジすか!? 社長が!!?」
「あの子は、どんなに口説いても、モデルにはなってくれないんだよね~?」
「そう……なんですか?」
「そうそう。いまだにしつこく声をかけるやつもいるみたいだけど、軽くあしらわれておしまい。本当に、嫌なんだろうね……モデルの仕事」
「……」
社長が残念そうに呟く。この社長は、優秀な人材を発掘する”スカウト”に関しては、特に長けた人だった。
渋る本人だって、反対するその親だって、巧みな話術と誠実さで、見事に信頼を勝ち取ってきた人だ。
そんな人からの誘いも断るとは、よほど、あの少年の意志は固いのだろう……
「ま。あの子なら仕方ない、そう落ち込むな狭山。それにお前、もっと目を見開け!! そんな死んだ魚みたいな目してるから、やる気無さそうに見えるんだぞ!」
(死んだ魚!? なんかひどいこといわれてない!?)
「ま。とりあえず……これから、エレナちゃんのこと、頼むな!」
そう言い、社長は微笑んだ。その眼差しは、社員の成長を心から願うような、そんな笑みだった。
「……はい。わかりました。頑張ってみます!」
狭山はスっと背を伸ばし、真面目な顔をすると、それをみた、社長はまた口角を上げる。
「あとエレナちゃん。母親が忙しいみたいだから、送迎も頼む!」
(……あれ? なんか結局、雑用まかせられてる感じじゃね?)
坂井の言う”限界”とは、もしかして「送迎」込みの担当の事だったのではないだろうか?
そんなことが、漠然とよぎった狭山なのだった。
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