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第4章 栗色の髪の女
第74話 朝と前進
しおりを挟む一夜明け、神木家は、いつもと少し違う朝を迎えた。
蓮が目を覚ますと、壁にかけられた時計の時刻は、まだ4時16分──
少しばかり目が覚めるのが早かったと、蓮は再び布団の中に潜ると、その布団の中でふと昨日のことを思いだした。
昨日は、華に一人で帰るように伝え、蓮はバスケ部の見学にいった。
このままいけば入部することになる。だけど、昨日の華の話を聞いてから、蓮は再び、その心に迷いを抱くようになっていた。
(怖かったよな、きっと……)
男二人に絡まれて、きっと怖かったに違いない。兄が来てくれなければ、どうなっていたか。
あの華を、また危ない目にあわせたくはない。
なら、やっぱり部活に入るのをやめて、今まで通り一緒に帰ればいい。
だけど、どうしたって、自分達は兄姉弟《きょうだい》で、いつまでも一緒にいられるわけじゃない。
いつまでも、守ってやれるわけじゃないし、いつまでも「兄」に守られてばかりの「子供」でいるわけにもいかない。
だからこそ、自立していかなくてはいけないと思った。そして、そのためには、誰かが、今の現状を、 壊していかなくてはならなくて──
だから、部活を始めようと思った。
変わるきっかけを、自ら作った。
きっと、自分達は、変わることを躊躇している。
このまま、ずっと変わらないなら、まず自分が変えていくしかない。
だからこそ前進したのに、結果、華を危ない目に合わせた。
もう、家族が泣くのは見たくない。
居心地がよいからこそ、今の幸せを壊したくない。
「……なんで、大人になんて、ならなきゃいけないんだろう」
成長するのは残酷だ。
大人になるにつれて、家族がバラバラになる日がいつか必ずやってくる。
兄貴が出ていくのはいつ?
華に彼氏ができるのはいつ?
三人一緒にいられるのはあと何年?
『変わる』ことが『大人』になること?
でも、確かに昨日、自分達は、そのきっかけを作ったんだろう。
きっと、華だって自覚したはずだ。
このままでは、いられないと───
「あー!!」
瞬間、蓮は起き上がると、一度頭をクシャッとかきみだし、ベッドから抜け出した。
ゴチャゴチャ考えたせいで、頭がさえてきた。父が使っていた部屋に移動してからは、兄と部屋を別れ、今では一人。
ガランとした部屋は、どこかすこし寂しくも感じるが、だんだん慣れてもきた。
これもまた、一つの成長だと思う。
その後、部屋からでると、蓮はそのままリビングに向かった。
すると、どうやら先客がいたようで、リビングのソファーには、華がマグカップに注がれたココアを飲みながら、一人ちょこんと座っていた。
「ある? 蓮、早いね」
「お前こそ、早いじゃん」
「なんか、目が覚めちゃって……ココア飲む?」
「……いや、いらない」
まだ、日の光も入らないリビングは、すこし薄暗い。蓮は、華が座るソファーに一人分間隔を開けて、ドカッと腰掛けた。
すると、暫く沈黙が訪れたあと、華がゆっくりと語り始める。
「昨日ね、すっごく怖かったんだー。あんなこと、はじめてだったから」
「……」
「蓮が、いつも守ってくれてたんだね。飛鳥兄ぃからきいて、ビックリしちゃった」
「……」
「でも、そうだよね~。思い出せばね、私、守られてばっかりだったなーって。いつも私の側には、蓮か飛鳥兄ぃがいてくれて、私が危ない目に合わないように、先回りして守ってくれてた」
華は、マグカップを見つめていたその視線をあげると、ゆっくりと蓮を見つめた。
「ありがとう、蓮。でもね。私もう、守られるだけにはならないよ。私がいつまでもこんなんじゃ、きっとみんな、前に進めないと思うから……」
「……」
再び、沈黙が訪れる。
守るべき存在がいるというのは、ある意味、幸せなことだと思う。
それを言い訳に、いつまでもそこに、とどまることができるから。
でも、華は……
「私ね、優しくて温かくて、賑やかなこの家族が大好き。だから、ずっとこのままでいたいって、みんなで笑っていられる『今』を壊したくないって、ずっと思ってたけど……やっぱり、それじゃダメだって、しっかりわかった」
「……」
「どんなに願っても、いつかみんな大人になっちゃうから……ずっとずっとこのまま、兄妹弟一緒になんていられるわけないから、だから……だから、変わりたくなくても、変わっていかなくちゃいけないんだよね! 家族の"未来の幸せ"を願うなら」
「……」
そういう華は、すごく穏やかな表情を浮かべていて、その姿は、写真の中でしか見たことない「母」に、とてもよく似ていた。
「私、家族には幸せになってもらいたい。蓮も、飛鳥兄ぃも、お父さんも! だから私も、みんなの重荷にならないように、しっかりとした大人目指して頑張るから。だから……だから蓮も、部活頑張ってね」
「……」
笑顔でそういった華に、胸が締め付けられた。
少しずつ、少しずつ、わかり始める。
華は、きっとまた一つ成長したんだろう。
本当は、ずっと前から、わかってた。
年を重ねる度に
背が伸びる度に
俺たちがどんなに「今」のままがいいと願っても「大人」になるのは、止められない。
そして、華はそれを、しっかり自覚したんだろう。
なら、俺も向き合わなくちゃいけない。
自分の、これからと……
「あぁ、俺も……部活、頑張る」
◇◇◇
「……」
リビングの中から、華と蓮の話し声が聞こえた。
飛鳥は、扉の前で立ち尽くしたまま、その戸を開けることができなかった。
華の言葉が、耳に痛い。
二人はしっかり、前に進み始めた。
それなのに、自分はいつまで、ここにどどまっているつもりなんだろう。
二人の成長を、素直に喜んであげたいのに
いつか、あの二人にも
置いていかれるのかもしれないと思うと
心の奥で、何かが叫ぶ。
──ゆっくり、大人になれ──
「本当、誰に言ってるんだか……」
あの言葉は、誰でもない。
自分にむけた言葉だ。
そう願う。
そうであってほしいと願う
自分への言葉……
せめて、俺が
前に進めるようになるまで
今はまだ、"子供"のままでいてほしいのに……っ
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