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第二章 後編
第二話
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「あっ」
勤務開始(教団突入前夜、臨時で設けられたものを除けば)初である休日の位置をカレンダーで確認していた時、私はふと気付いた。
来週末は休日だが、その二日前は私の誕生日だ。
「つまり、貴女は十二歳になるのですね」
「はい」
ラーラは微笑んでいた。
「来週の休みに、一緒に何か買いに行きますか?」
「市場にですか?」
「はい。そこなら色々あるし、貴女も行ったことがないのでしょう?」
確かにそうだ。
図書館の一件といい、彼女は素朴だが、故に素晴らしい提案をしてくれる。
まるでこの田舎者の心の底にあるものを、見透かしているようだ。
「そうしましょう。それでお願いしますね」
翌週、待ちに待った冒険の日。
私達は城下町に繰り出した。
「さて、色々と見て回りましょうか」
昼の市場も、私の目には一際煌めくものとして映った。
様々な形態や業種の露店が並び、色彩豊かで見ていて楽しい。
道行く人々は活気に溢れ、商人達は声を張り上げて交渉や宣伝をしている。
不意に、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「この香りはどんな料理ですか?」
「行ってみましょうか」
ラーラに連れられて行ってみると、そこには素朴な装いの店があった。
髭面の店主が、鉄板の上でソーセージやステーキをジュージューと焼いている。
前に客が三人ほど居て、皆受け取った途端に口に運び、「熱い熱い」と言いつつ笑っている。
私の心情について、説明は不要だろう。
「グレア様、食べますか?」
「はい」
肉は厚い紙の箱に入れられ、木串とともに手渡された。
私は迸る肉汁が指に垂れて来ないよう、注意しながらそれを頬張った。
直後、筆舌に尽くし難い幸福感が私を飲み込んだ。
円卓で食べた料理にも勝るとも劣らない、素朴だが耽美な味だった。
昼頃になると、私達は食事の為に近くの料理店へ入った。
依頼主に出された紅茶さえ断る「秘密のラーラ」である。ちゃんと食事してくれるのか危惧していたのだが、店は完全個室制を採用した珍しい所だった。
私達は共に「本日のおすすめ」を注文した。
料理が全て運ばれてくると、ラーラはフードを取り、その可憐な顔を露出した。
「美味しいですね」
上品に麺を巻きながら彼女は笑った。
素顔で食事する彼女を見た事はほぼ無かった為か、私はなんだか彼女の笑顔でも腹が膨れた。
食後は市場でプレゼントを選んだ。
田舎で育った弊害か、はたまた別の原因があるのか、私はなんとも華美な物質に対する感受性が弱いらしい。
私が決め兼ねていると、ラーラが決定してくれた。
「これでいかがでしょう」
彼女が持ち出したのは銀色のネックレス。
赤い宝石が付いただけの、素朴だが美しい造形。
「全てが終わって、今のネックレスを外したら、代わりに着けませんか?」
「いいですね、でも…」
私はもう一つ手に取って、彼女に手渡した。
「なら二人でそうしましょうよ。このネックレスも私の為のプレゼントです。ですが、受け取るのは貴女、ということで」
その瞬間、フードの下でラーラが柔らかく笑ったのが感じられた。
「そうしましょう」
私達は各自プレゼントをポケットにしまって店を出た。
もう既にタイル貼りの街道は夕焼け色に染まっていた。
「そろそろ戻りますか」
夕食後、私は再びラーラの部屋を訪れた。
「どうしたのですか?」
「ラーラ様、一つ話したいことがあって」
私は案内されるまま椅子に座った。
背筋を伸ばしたまま、思わず言葉を詰まらせる。
不可解な緊張を振り撒く私に、彼女は不思議な表情を向けていたかもしれない。
十数秒の沈黙の後、私は呼吸を整え、覚悟を決めて、それを言った。
「実は、魔王をやめようかなって思っているんです」
勤務開始(教団突入前夜、臨時で設けられたものを除けば)初である休日の位置をカレンダーで確認していた時、私はふと気付いた。
来週末は休日だが、その二日前は私の誕生日だ。
「つまり、貴女は十二歳になるのですね」
「はい」
ラーラは微笑んでいた。
「来週の休みに、一緒に何か買いに行きますか?」
「市場にですか?」
「はい。そこなら色々あるし、貴女も行ったことがないのでしょう?」
確かにそうだ。
図書館の一件といい、彼女は素朴だが、故に素晴らしい提案をしてくれる。
まるでこの田舎者の心の底にあるものを、見透かしているようだ。
「そうしましょう。それでお願いしますね」
翌週、待ちに待った冒険の日。
私達は城下町に繰り出した。
「さて、色々と見て回りましょうか」
昼の市場も、私の目には一際煌めくものとして映った。
様々な形態や業種の露店が並び、色彩豊かで見ていて楽しい。
道行く人々は活気に溢れ、商人達は声を張り上げて交渉や宣伝をしている。
不意に、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「この香りはどんな料理ですか?」
「行ってみましょうか」
ラーラに連れられて行ってみると、そこには素朴な装いの店があった。
髭面の店主が、鉄板の上でソーセージやステーキをジュージューと焼いている。
前に客が三人ほど居て、皆受け取った途端に口に運び、「熱い熱い」と言いつつ笑っている。
私の心情について、説明は不要だろう。
「グレア様、食べますか?」
「はい」
肉は厚い紙の箱に入れられ、木串とともに手渡された。
私は迸る肉汁が指に垂れて来ないよう、注意しながらそれを頬張った。
直後、筆舌に尽くし難い幸福感が私を飲み込んだ。
円卓で食べた料理にも勝るとも劣らない、素朴だが耽美な味だった。
昼頃になると、私達は食事の為に近くの料理店へ入った。
依頼主に出された紅茶さえ断る「秘密のラーラ」である。ちゃんと食事してくれるのか危惧していたのだが、店は完全個室制を採用した珍しい所だった。
私達は共に「本日のおすすめ」を注文した。
料理が全て運ばれてくると、ラーラはフードを取り、その可憐な顔を露出した。
「美味しいですね」
上品に麺を巻きながら彼女は笑った。
素顔で食事する彼女を見た事はほぼ無かった為か、私はなんだか彼女の笑顔でも腹が膨れた。
食後は市場でプレゼントを選んだ。
田舎で育った弊害か、はたまた別の原因があるのか、私はなんとも華美な物質に対する感受性が弱いらしい。
私が決め兼ねていると、ラーラが決定してくれた。
「これでいかがでしょう」
彼女が持ち出したのは銀色のネックレス。
赤い宝石が付いただけの、素朴だが美しい造形。
「全てが終わって、今のネックレスを外したら、代わりに着けませんか?」
「いいですね、でも…」
私はもう一つ手に取って、彼女に手渡した。
「なら二人でそうしましょうよ。このネックレスも私の為のプレゼントです。ですが、受け取るのは貴女、ということで」
その瞬間、フードの下でラーラが柔らかく笑ったのが感じられた。
「そうしましょう」
私達は各自プレゼントをポケットにしまって店を出た。
もう既にタイル貼りの街道は夕焼け色に染まっていた。
「そろそろ戻りますか」
夕食後、私は再びラーラの部屋を訪れた。
「どうしたのですか?」
「ラーラ様、一つ話したいことがあって」
私は案内されるまま椅子に座った。
背筋を伸ばしたまま、思わず言葉を詰まらせる。
不可解な緊張を振り撒く私に、彼女は不思議な表情を向けていたかもしれない。
十数秒の沈黙の後、私は呼吸を整え、覚悟を決めて、それを言った。
「実は、魔王をやめようかなって思っているんです」
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