グラディア(旧作)

壱元

文字の大きさ
上 下
22 / 27
第一章

01-F「約束」前編

しおりを挟む
   「乾杯!!」

レストランには少年少女たちの、元気な声が響いていた。

コップに注がれたジュースをごくごく飲み干す。

「ゲフッ」

「ウィル、行儀悪いわ」

コーラ一気飲みをしてゲップをするウィルを、ミナーヴァが咎める。

ウィルは

「一々細けえな」

と眉をひそめたが、すぐに笑顔になった。

「でも今日の試合の英雄様に言われたんじゃ言い返せねえな」

ミナーヴァはそれを聞いて、あははと笑った。

でも表情にはどこか暗さがあった。

「そうだ、それなら僕だって英雄ですよ。もっと讃えてください」

レインが偉ぶると、みんなは一言も言わず、ただレインが引っ込むまで手を叩く。

「なんか雑な気がする…。ま、いいでしょう英雄様は心が広いんです」

「あら、そういえばソウ君も英雄じゃないですか?」

パールの発言を聞いて、皆はふとソウの方を見た。

眩しい6つの顔。

「うん、でも俺が勝てたのは皆が居たからだし」

それを聞いて、子供達の顔がパッと明るくなり、ジュピターも笑顔になる。

「だってよ! お前ら! お前、めちゃめちゃ良いこと言うじゃねえか!」

ウィルは隣まで移動してきて、いつかのように突然がしっと肩を組む。

でも今度はソウは動じない。

身体も成長しているのだ。

ウィルはそんなことも知らず、豪快に笑っている。

友人たちに釣られ、ソウも楽しくなった。

金、力、名誉、夢、そして友人。

まだ入って日が浅いが、このGCカローラでの生活は、ソウに本当に色々な物を与えてくれた。

これからも色んな素晴らしい事との出会いが待っているのだろう。

そう思うと、ソウの胸が期待で一杯になった。


 宴は夜まで続いた。

「さて、今度は地区大会だ」

ジュピターが楽しげに言う。

「このメンバーは正直最高だ。仲間としても選手としても。この最高のメンバーなら、きっと優勝出来る! これからも、みんなで頑張って行こう!」

このジュピターの締めの一言で、陽気な時間は幕を閉じた。

 バスに乗る前、ミナーヴァがそっと近づき、ソウの手に何かを握らせる。

「誰にも見せたり、教えたりしないでね」

小声でそう耳打ちすると、ミナーヴァは誰にも悟られぬようそそくさと乗車した。

受け取ったそれを密かにポケットに入れると、ソウも必要以上に平然を装った。


 シャワーを浴び、寝間着に着替えたソウはある場所へと向かっていた。

エレベーターではなく、わざわざ利用者の少ない階段を通って、「003」室のドアの前に到達する。

意を決して、ノックする。

「開いてるわ」

奥からやわらかな声が聞こえた。

ソウはドアをゆっくりと開け、入室する。

月明かりに照らされる部屋。

ミナーヴァはベランダに居た。

普段のツインテールを解き、その鮮やかな赤色の髪を夜風になびかせていた。

「ちゃんと約束通り来たわね」

「うん」

ソウが隣に立つ。

爽やかな冷たい風が、二人の間を通り抜ける。

「気持ちいいわね、そう思わない?」

「うん。涼しいね」

しばらく二人は、目を閉じて心地よく吹かれていた。

「ねえ」

ふと、ミナーヴァが話しかけてくる。

ついに本題を切り出すようだ。

「今日の試合、あんたの活躍、すごかったわよ。あたしとあんたで勝負しようって言ったでしょ? …あれ、あたしの負けよ」

「そうなの?」

ミナーヴァは穏やかな笑顔であった。

どこか諦めた、気楽な様子にも見えた。

「そう。あんたはチャンスを窺って、ここぞという時にあたしたちを有効打へと導いた。あたし達の活躍は絶対にあんたのお膳立ての上にあった。結局あたし達は終始あんたに利用されていたし、そのお陰であの化け物にも勝てたのよ。でも、あたしはほとんどみんなに指示を出せていなかったわ、リーダーなのに。あんたの方があたしよりもずっと優れているのが分かったの」

「でも、ミナーヴァが逃げてって言ってくれなかったら俺はダンテの攻撃を食らってたと思う。あれはミナーヴァのおかげだよ」

ミナーヴァは大きく見開いた目でソウの方を見ていた。

だが、寂しく笑って、視線を落とした。

「あんた、本当に優しいのね。でもやめて、惨めになるわ。あたしは今まであんたに散々酷い態度をとってきたのに」

ソウは不思議そうに首を傾げていた。

彼にとってミナーヴァの態度は悪意に溢れたものではなかった。

その裏には、なにか暖かなものが見えたからだ。

「ねえ、なんで俺にそういう風に接してきたの?」

「…少し長くなるけど、いい?」

「別にいいよ」

「わかったわ。よし…」

ミナーヴァは隠された真実を語りだした。

「あたしはあんたをライバルだと思っていたの。あんたはパパ、ジュピターのお気に入りだったから。…本当にくだらない嫉妬よ、あんたは何の悪気もないのに。
…あたしはパパを助けたかった。知ってるでしょ、パパは忘れっぽくておっちょこちょいで、威厳の欠片もない。でも、そこらの少年よりもずっとずっと大きな夢と熱い心を持っているの。実の娘であるあたしはパパの一番の理解者で、パパを引っ張る一番の戦士でも居たかった。
そのためにあたしは戦術や技術の本を沢山買って読んだのよ。だけど、そこにあんたが来て、パパの信頼と『一番の戦士』という称号をかっ攫っていった。あたしはパパにとっての一番から転落したの。
だからパパの『一番』を取り戻したかったし、その為にあんたやパパにあたしが一番優れているって証明したかった。あたしが『一番』だって…」

満天の星空が広がっていた。

手すりに寄りかかり、ソウはあの日のようにそれを眺めながら、話を静聴していた。

人徳の概念の薄弱な路上で暮らしていたソウにとって、人の心とはよく分からないものだ。

しかしながら、彼女が悪意ではなく、善意の為に動いていたことは分かった。

「ねえ、ソウ」

ソウはふと横を見た。

ミナーヴァは今までのように首や目を動かして見るのではなく、体ごとソウの方を向いていた。

その目はいつになく真剣だ。

「どうしたの?」

「お願いがあるの、ソウ」

「何?」

「ソウは正真正銘このチームの一番。それに、パパの一番なの。だから…」

ミナーヴァはソウの両手を優しく取って握った。

「あたしの代わりにパパの夢を叶えてあげて欲しいの」

ソウは目を逸らした。

その様子は迷っているようにも、後ろめそうにしている様にも見えた。

もしかしたら、思いの外大役を任されたことに当惑していたのかもしれない。

だが、

「うん」

ソウは頷いた。

「わかった。やってみる」

「約束よ?」

「うん。約束」

二人はこの夜、秘密の、そして掛け替えのない契りを一つ交わした。

星々は眩く二人を照らしていた。いつの間にか、密談の最初に出ていた澄んだ蒼色の月は、黒雲の中に隠れていた。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

ステージの裏側

二合 富由美
SF
環境破壊と異常気象により、人類は自らの遺伝子に手を加える決断を下す。  国の存亡に関わる事態に、ヒーローとして持て囃される者が居るのと同時に、遺伝子組み替えを軍事利用するらしき動きが日本国内にも見られた。  国に認められた試験的な新人類/ニューフェイスは、自らが先頭に立って、犯罪行為に立ち向かう事を表明する。  この小説はフィクションであり、登場する団体や個人名は現実のものと一切関係はありません。  不定期連載となります。御了承ください。

Eterno@insurrecto

逢結 環
SF
隕石の衝突によって人類が滅亡した未来。 旧人類の遺産、人工生命体「アルマ」が作り出す戦闘用アンドロイドと、突然変異で生まれた新人類が星を取り戻すために始めた戦争が1000年続いていた。

High-/-Quality

hime
青春
「…俺は、もう棒高跳びはやりません。」 父の死という悲劇を乗り越え、失われた夢を取り戻すために―。 中学時代に中学生日本記録を樹立した天才少年は、直後の悲劇によってその未来へと蓋をしてしまう。 しかし、高校で新たな仲間たちと出会い、再び棒高跳びの世界へ飛び込む。 ライバルとの熾烈な戦いや、心の葛藤を乗り越え、彼は最高峰の舞台へと駆け上がる。感動と興奮が交錯する、青春の軌跡を描く物語。

Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック
青春
ある年の全米オープン決勝戦の勝敗が決した。世界中の観戦者が、世界ランク3ケタ台の元日本人が起こした奇跡を目の当たりにし熱狂する。男の名前は影村義孝。ポーランドへ帰化した日本人のテニスプレーヤー。そんな彼の勝利を日本にある小さな中華料理屋でテレビ越しに杏露酒を飲みながら祝福する男がいた。彼が店主と昔の話をしていると、後ろの席から影村の母校の男子テニス部マネージャーと名乗る女子高生に声を掛けられる。影村が所属していた当初の男子テニス部の状況について教えてほしいと言われ、男は昔を語り始める。男子テニス部立直し直後に爆発的な進撃を見せた海生代高校。当時全国にいる天才の1人にして、現ATPプロ日本テニス連盟協会の主力筆頭である竹下と、全国の高校生プレーヤーから“海将”と呼ばれて恐れられた影村の話を...。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...