グラディア(旧作)

壱元

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第一章

01-F「約束」後編

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 GCカローラの奇跡的勝利から一週間。

試合は連日メディアによって報じられ、拾った「ヘイト・ブレイド」を使ったクレバーな決着はソウを一躍ちょっとした有名人に変えた。

取材のアポイントメントの電話は後を絶たず、ソウは累計五十以上に上る多くの質問に答えた。

 一方、敗者側にも変化があった。

メディアによって幾度となく繰り返される試合映像の公開によりその卓越した能力が白日のもとにさらされ、こちらも「時の人」になった。

彼の能力は皮肉にも彼の敗北後になって大々的に評価され始めたのだ。

また、ダンテはメジャーリーグである「プリマ・リーガ」への昇格も決定したという。


 よく晴れた、爽快な朝だった。

ジュピターは事務室にて、デバイスのスクリーンに映ったものを見て、驚愕していた。

アプリケーションで勉強を始めてからの、ソウの知力の成長を可視化した折れ線グラフ。

平均の約12倍の速度で伸び、昨日までで「大学生相当」の僅かに下まで達していた。

(素晴らしい…)

少し前まで読み書きの全く出来なかったソウには、もはやこれ以上の教育は不要なようだった。

(もう終わりでいいよ、と彼に言った方がいいみたいだ。そうだ、今度会ったら言おう)

そんなふうに考えていた時、ドアを叩く音がした。

「どうぞ」

ドアを開けて入ってきたのは、なんと、偶然にもちょうどソウだった。


 同時刻、ソウを除く五人は芝の上をジョギングしていた。

一番体力のあるミナーヴァが先頭。

「ほらほら、ここでペース落としたら、体力なんて付かないわよ!」

余裕そうに全体を鼓舞する。

ウィルやレイン、トクスはまだ比較的余裕そうだが、殿を務める子は違った。

息を切らし、走り方も乱れてきたパールを一瞥して、ミナーヴァは決断する。

「よし、あそこまで走ったら休憩よ」

 全員が念願の指定場所に辿り着く。

「もう、ダメ…」

パールは芝生の上に倒れ込み、少年達は苦しげな顔でまとまって座り込む。

余裕があるのは自分だけ。

「もう少し休憩してていいわ。あたしはちょっと散歩してくる」

ミナーヴァはそう言うと、もう少しコースを進んでみる事にした。

(ん?)

道路側に立った時、不可解な物を発見した。

見知らぬ自動車がGCカローラに隣接する道路上に停めてあった。

 「そういえば、ソウはどうしたんだ?」

ウィルが頭をポリポリ掻きながらふと疑問を口にする。

その質問にトクスが答える。

「ああ、なんかジュピターに用事があるって」

「なんだろうな、戦いで活躍した分金を増やしてもらう交渉とか?」

「はは、そうかもね」

その時、ミナーヴァが四人の前を横切って全力疾走で宿舎の方へ向かっていった。

「おい、ミナーヴァ?」

問いかけにも応じず、一心不乱に走っていく。

嫌な予感が彼女を駆り立てた。


 「ソウ君、ちょうど良かった。君に話したい事があるんだよ! 」

ジュピターはソウの隣に近寄った。

「このグラフを見てくれ。今や君は大学生並の教養がある。だから、もう勉強はしなくていいよ」

「うん。知ってる」

「ああ、そうなんだ」

ジュピターはデバイスを退けた。

その時になって初めて、ソウの足元に見慣れぬ物がある事に気づいた。

黒のキャリーバッグ二個。

「ソウ君、どうしたんだい? その格好」

「俺、それについて話したいと思ってここに来たんだ」

ソウは単刀直入に、本当の凶器になりえる内容を告げた。

「俺、移籍する」


 エレベーターを待つ時間が無駄だ。

背に腹は代えられない。

息を切らしながら階段を駆け上がっていく。

(事務室は最上階…結構長いわね)

胸騒ぎはどんどん大きくなっていく。


 「え、な、なんて?」

「だから、俺は移籍するって言った」

ジュピターの眼球が震える。

だが、すぐに冷静さを幾分か取り戻し、必死の作り笑顔を浮かべた。

「やだな、契約書に契約年数が書いてあったでしょ? その間は移籍出来ないんだよ」

「書いてなかったよ」

「…は?」

ソウはデバイスを取り出してその画面を見せた。


…クラブの宿舎に居住。毎日の食事が提供され、訓練と試合を行う。空いた時間でデバイスのアプリケーションを用いた教育を受ける。20000レイ/月…


ジュピターは異常に忘れっぽい。

「何か大事な事を忘れている気がする」

そう自覚していた。

その筈だった。

「次の場所では教育は契約内容に含まれていないんだけど、俺は教育ももういらないから」

「ああ…」

ジュピターは言葉にならない嗚咽を喉から発し、膝から崩れ落ちた。


 「はあ、はあ」

ミナーヴァは事務室の前まで来ていた。

すると、ドアが開き、すました顔のソウが出てくる。

「ソウ!」

一瞬笑顔になったミナーヴァだったが、そのただならぬ雰囲気を感じ、何故かまとめられた荷物を見て全てを察した。

「ねえ、どういうこと…?」

「俺、移籍するんだ」

「え、何で!? どうしてよ!?」

「もっといい場所を見つけたんだ」

平然とそう言い放つソウを見て、ミナーヴァは一瞬硬直した。

ソウは「もういいだろう」とばかりにエレベーターの方に身体を向け、歩き出そうとする。

「ねえ」

その時、腕を掴まれる。

「みんなと過ごした思い出は、どうしたの? 絆は…楽しい時間は偽物だったっていうの!?」

「…」

ソウは無視して歩き出した。

ミナーヴァは引っ張られる。だが、必死に引っ張り返す。

「あんたが抜けたら五人になるの! せっかく勝ったのに、大会に出られなくなるの!」

「…」

ソウは無理やり腕を引き、ミナーヴァをズルズル引きずるようにエレベーターへと歩き出す。

ミナーヴァは必死に踏ん張り、少しでも抵抗しようとする。

その目には涙が浮かぶ。

「どういうことなの!? みんなを裏切るの!? どうしてそんなことが出来るの!?」

「…」

ソウはなおも進もうとする。

ついにエレベーターのボタンに触れ、そのまま押し込んだ。

ミナーヴァは持てる全ての力を持って引っ張った。

その両目には涙が溢れていた。

声を振り絞り、最後の言葉を放つ。

「約束は!? 約束はどうしたのよ!?」

(「あたしの代わりにパパの夢を叶えてあげて欲しいの」)

ミナーヴァから託された夢。

「『やってみる』って言ってくれたでしょ!?」

(「グラディアに関わるのは子供の時からの夢だった。」「僕は父に商才を認めてもらえると思っているから」)

ソウが抜けたら叶わぬ夢。

「ねえ」

いつの間にか腕を掴むミナーヴァの力は弱まり、声もか細く、弱くなっていた。

「お願いよ…」

「…」

ソウは足を止めた。

その表情に一切の変化は無かった。

彼はその腕に力を込めた。

「…もう決めたんだ」

ソウは腕を強かに振り払い、エレベーターのドアの向こうに消えていった。

 「おい、あれ!」

ウィルが指差す先には、石畳の道をキャリーバッグを引きながら歩いていくソウの姿があった。

ソウは路上に停まっていた見知らぬ車のトランクに荷物を積むと、ドアを開け、社内に消えた。

「別れは済んだか?」

ヴィヴィアンが事務的に訊いてくる。

「…うん」

「そうか、なら行くぞ」

ヴィヴィアンはアクセルに体重を乗せた。

「デスティニーヒル・ライオンズへ

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