女嫌いな伯爵令息と下着屋の甘やかな初恋

春浦ディスコ

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第8話 優雅な昼食

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 サントロ伯爵家を訪れる。下着を新調したいと連絡がきたからだ。普段よりも少し時期を早めて来て欲しいという依頼に不思議に思いながらも、お得意様の要望は出来るだけ応えたい。
 相変わらずサントロ伯爵家の堂々たる佇まいに感嘆の溜息をつきながら正門を潜る。

「クレア王女殿下にご紹介していただきありがとうございました」
「クレア王女殿下も、必ずあなたのファンになること間違いなしよ」
「はい、精一杯、頑張らせていただきます!」

 ナターシャがそわそわとしている。サラの前でははっきりと物を言うナターシャにしては珍しい。

「あのね……不躾だけどサラさん、少し痩せたかしら?」

 なんだそんなことかと、返事をする。

「そうですねえ、最近少し痩せたかも知れません。年々太っていたので丁度よかったです」

 昼食を抜いて仕事に没頭する日が増え、夕食を食べずに寝落ちする日もある。

「んまあ!もともと全然太ったりしてないわ!むしろ心配してたの。前回来てくれた時もそうだったし、公開練習からもさらに痩せた気がするわ?王女殿下に紹介もしてしまったし忙しくさせてしまったかしら?」
「いえいえ!ナターシャ様のせいではありません!確かに忙しくさせていただいてますが、食べる時間がないという訳ではありませんので」

「そうなの?フィリップもとても心配していたわ?頬が痩けた気がするって。ちゃんと食べているのかって」
「ええええ?」

「実は今回お呼びしたのもね、フィリップが私になにか注文しろって。そのくせ納期は長くとれって。サラさんの様子を見たかったのだと思うわ」
「そんなことはないと思いますが……」

 にわかには信じ難い。

「女嫌いはどこにいったの、という感じよね?でも私の見立て通りよ。すぐにあなたのこと好ましく思うと分かっていたもの」

 信じられないことばかり言うナターシャに、サラは頭が混乱していた。心配してくれるだけで有り難いのに好意だなんて、とても信じられない。

「……ナターシャ、そこまで言う必要はないだろう」

 声に振り向くと扉に寄りかかるフィリップがいた。

「あら、フィリップ。本当のことしか言ってないわ」

 フィリップがナターシャを睨んだあと、諦めたように大きくため息をつく。

「……デザインは前と一緒でいいだろう?サラさんを借りるよ。サラさん、ちょっと」
「まったく、そんなせっかちな男はモテませんよ」
「うるさい」

 フィリップに手を引かれて部屋を出た。ナターシャはにこやかに手を振っていたので一旦打ち合わせは問題ないということだろう。

 フィリップに手を引かれている。触れているが、大丈夫だろうか。一応、自分も女ではある。女と思われていないのか、はたまた。

 ナターシャの言葉を思い出して、都合のいい考えが浮かぶが、すぐさまその考えを振り払う。そんなこと、あるわけが無い。

 歩きながらフィリップが口を開く。

「……体調はどうですか?」
「特に問題はないですよ。……心配、してくださったのですか?」
「はい。街の件もあったので」
「ああ!なるほど!」

 サラは合点がいった。騎士団の先輩が迷惑をかけて心配をしているということか。

「あいつのせいでさらに食事も喉を通らなくなっていたらどうしようかと」
「ふふふ、大丈夫ですよ」

 本当に心配してくれていたようだ。なんだかこそばゆい。でも嬉しい。

「あまり、女性に言う言葉ではないかもしれませんが、しっかり食べてください」
「はい、ありがとうございます……そう言えばどちらへ?」
「調理室です」

 丁度着いたらしく、時間的に昼食を準備しているであろう調理室の扉を開いた。

「おや?フィリップ坊ちゃん、どうされましたかな」
「少し見学しても?」
「御自由にどうぞ、お嬢さん、火の近くはお気をつけください」

 ぺこりと頭を下げる。調理室には五人の調理師が忙しなく動いていた。野菜を軽快に切る音、カシャカシャと何かを混ぜる音に、鍋に火をかける音。鍋からは食欲をそそる香ばしい香りも漂ってくる。

「昼食を一緒にどうかと思って」
「ええ!そんな……!恐れ多いですっ」
「……調理室を覗くとお腹が空きませんか?」
「え?あ、たしかに。良い香りになんだかお腹は、空いて来ました……」
「俺も昔から調理室に来るとお腹が空くんですよね」

 ゆっくりフィリップに付いて奥に進みながら、全体を見渡す。当たり前だが伯爵家の調理室など初めて入る。広い調理台にいくつもトレイが置かれ、食材が乗せられている。
何人分の料理を用意しているのだろうか、大鍋がいくつも火に掛けられている。

「嫌いな食べ物はありますか?」
「ありません。何でも食べます」
「そうですか」
「……フィリップ様は何かありますか?」
「言いたくありませんね」
「ええ?」
「……子供っぽいと思われそうなので」
「では、そう思わないので教えてください」
「……エシャロットが苦手です」
「ではフィリップ様のお食事にはエシャロットは出ないのですね」
「反対です。構わず出されるので、残さず食べるようにしていたらますます嫌いになりました」

 サラは思わず、あははと声を上げて笑ってしまう。

 フィリップが調理師に味見を頼むと、小皿で味見をさせてもらえた。美味しい!と綻ぶサラにフィリップも満足そうだった。サラはさらにお腹が減った。

 サラは、フィリップが食欲が湧くようにわざわざ調理室に連れてきてくれたのだと気づいていた。
 うちの下着屋の方針として、高価過ぎるものでなければ、ご好意は全て受け取ってよいことになっている。昼食をいただくことも、きっと問題ないだろう。

「あの、ご迷惑ではないですか?」
「こちらが誘っているのですよ、ぜひ食べていってください」
「では、お言葉に甘えちゃいます。お優しいですね、フィリップ様」
「……そんなことは、ないです」

 なんだか顔が赤い気がするが、調理室の気温が高いためだろうか?

 移動してダイニングルームに案内される。長方形の格子窓がいくつも並んでおり、明るい日差しが入り込む。ぽかぽかと心地の良い空間だ。
 丸いテーブルには皺一つない白いテーブルクロスがかけらており、既にカトラリーやグラスがセッティングされている。フィリップが椅子を引いてくれると、緊張しながら座らせてもらった。マナーなど詳しくないが大丈夫だろうか。
 遅れてナターシャがやってくると、皿を持った使用人が次々と入ってきた。

「テーブルマナーなどは気にせずに食べてください。気になるようでしたら、私と同じようにしてもらえるとよいです」

 フィリップがサラの心を見透かしたようなフォローをしてくれると、サラは正直助かる思いだった。

「リラックスして食べてもらえると嬉しいです。他には誰もいませんしね」

 他には誰もいないと言うが、そもそもフィリップとナターシャと昼食をいただくこと自体、サラにとっては緊張する。しかし前もってそう言ってもらえると、間違えても怒られたりはしないのだろうと緊張が和らいだ。

 伯爵家の昼食はもちろん最高に美味しかった。
 まずは繊細に盛り付けられた一口サイズのアミューズが四種。
 肉と魚の旨味をゼラチンで閉じ込めたアスピックに感動すれば、野菜の旨みが濃縮されたようなスープがサーブされる。サラもたまに料理をするが、どのように調理すればこれほどの美味さが引き出せるのか甚だ疑問である。
 魚料理に出てきたアルベールソースの白身魚のポワレは言うまでもなく絶品で、ソルベを挟み、肉料理はなんと三種も運ばれてきた。豚肉のパネソテーに、若鶏のロティには濃厚なマデラソースがかかっていた。鴨のコンフィはしっとりとしてジューシーなのに、ほろほろと柔らかい。
 柑橘ソースのクレープシュゼットに、プラムのクランブルパイを食べた頃には満腹でお腹がはち切れそうだった。

「もう食べれません……」
「あら、私がテニスをしていた頃はその倍は食べていたわ?食が細いのではなくて?」

 ナターシャの戯言に苦笑いをするしか出来ないほどに、身動きが出来なかった。

 優雅に食後のコーヒーを飲んでいるフィリップがカップを置くと、居住まいを正してサラに改まる。

「サラさん、……サラと呼んでもいいですか?」

 想像もしていなかった言葉にサラが驚く。

「あ、えっと、もちろん、お好きなように……」
「フィリップだけずるいわ!私もサラと呼ばせてくれる?」
「ふふ、はい。もちろん」
「私のこともナターシャと呼んで?」
「それはちょっと、難しいかもしれません……!」

 以前も友人と言ってもらえて嬉しいが、ナターシャは顧客でもあるのだ。しかも伯爵令嬢であるナターシャを軽々しく呼び捨てにすることは出来ない。

「ナターシャの呼び方はなんでもいいので、俺のことはフィリップと。サラの客ではありませんしね」
「んまあ!あなただけ抜けがけは許しませんわ!」

 言い合う二人が面白い。自分を取り合うような言い合いに二人が気を使ってくれているのだろうと察して暖かい気持ちになった。サラはこんなに笑うのは久しぶりかもしれないと思うほど楽しいひと時を過ごした。


 帰り際に、二人に何度もお礼を伝える。こんなに、贅沢で絶品な昼食をいただいて、お腹も胸もいっぱいだった。
 立ち去ろうとした時に、フィリップに止められる。

「サラ、次の休みはいつですか?」
「えっと、八日後ですね」
「何か予定はあるのですか?」
「……少し作業を進めようかなと……」

「では午前だけ作業して午後は暇ということですか?」

 なんだかそういう予定にさせられた気がするが、そういうことにして頷く。

「宜しければサントロ伯爵家特製のアフタヌーンティーをご馳走しますよ」
「……アフタヌーンティーというのは、あの、いくつもお皿が段になっている……」
「そうです、軽食とスイーツが乗っている物です」
「わあ!私、食べたことないんです……!」
「ならぜひ。紅茶もいくつも用意させます」
「嬉しいですが……そんなにお言葉に甘えさせていただいてばかりで……宜しいのでしょうか?」

 甘い誘惑を断るほうが難しい。しかし、気が引ける。こんなに良くしてもらう理由がない。

「サラには恩がありますので、ぜひ来てもらえると嬉しいです」

 フィリップの言葉と、にこにこと笑みを浮かべるナターシャに、サラは恐縮しながら次回の約束を受け入れた。
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