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レバノン杉騒動

戦いの後 その3

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「オホン―――みなさかずきは手にしたな? では此度こたびにおける任務の成功および、東の山の守護神ズワワとの和解を祝して―――」
 ハトゥアに導かれ、杯―――葡萄ぶどうジュースが入った―――を持ったビーが前へ歩み出る。
「我らが王に乾杯の音頭おんどをいただく」
 ウルク国の兵士たち、守護神ズワワ、そして勇男いさおとエーラが神妙な面持ちで注目する中、ビーは静かに杯を前へ向けた。
 一瞬だけ目を閉じ、
「みんな……」
 水を打ったような場に、ビーの声だけが通り、
「――――――かんぱーーーい!」
 次の瞬間には、パッと華やいだ笑顔のビーが、のように明るく乾杯の合図をした。
「うおおおお!」
 途端、兵士たちは歓喜に雄叫おたけび、それぞれの杯の中身を一気に飲み干した。
「みんなー! ズワワから杉をもらえたから、これでもう大丈夫! みんなで元気にウルク国に帰ろー!」
「おおお!」
「今夜は思いっきり飲んで食べよー! ハゲタカたくさんったからー!」
「おおおお!」
 麦酒ビールの効きよりもビーの言葉の方がよほど効いているのか、兵士たちはときの声以上の雄叫びを上げていた。
「すんごい活気だな。怪我した兵たちでさえ怪我のこと忘れてるみたいだ」
 エーラもまた、驚きつつも嬉しそうに杯をけていた。
「そうだな。き物が落ちたっていうか、みんな気が軽くなったんだろ」
 勇男も杯をかたむけ、口元に着いたしずくを軽く指でぬぐった。
 事実、兵士たちはハトゥアも含めて、本当に楽しそうに杯をわしていた。
 これまでも決して暗かったわけではないが、ビーがいたことで、どこか遠慮や緊張のような部分があったが、今はそれがない。
 ビーが王族としての気概きがいを見せ、ハトゥアたちもビーをウルク国の王としてようやく受け入れることができた。
 わだかまりが解消されたことで、こうしてうたげに反映されているのだと、勇男はしみじみと感じていた。
「ズワワー!」
 杯にジュースをぎ直したビーが、ズワワの元へと駆け寄ってきた。
「ズワワも乾杯乾杯!」
乾杯がんぱい?」
「こうするの」
 ビーは自分の杯を、ズワワの持っていた麦酒ビール大瓶おおがめにコツンと当てた。
「ごうが?」
 ビーにならってズワワも大瓶を杯に当てるが、勢い余って麦酒ビールこぼれ、ビーは頭から麦酒ビールかぶってしまった。
「あははは! そうそう! それでグイっと飲むの!」
「ん~、ごうが?」
 ズワワは口元で大瓶を傾け、盛大な水音を立てて瓶の中身をからにした。
「うおぉ~~~」
「どう? どう?」
「――――――美味うまいが~!」
「そうでしょそうでしょ! あはははは!」
 ビーは嬉しさのあまり、ズワワの周りを何度もグルグルと走っていた。
 勇男はビーが引っかぶった麦酒ビールで酔っ払っているんじゃないかと心配しつつも、ビーとズワワの様子を見て、胸をで下ろしていた。
(いろいろあったけど、『あれ』で済んだわけだから良かったってところか)

「あの杉はお前だぢに譲る。そのわり―――」
 ズワワが杉の代価として要求した物。それは、
「『ごれ』、もうすごしあるが?」
 ズワワは自身の顔を指差した。
 それがどんな意味を示すのか、その瞬間は誰もわからなかったが、ズワワが口元をペロリとめた時、
「あっ!」
 ビーが真っ先にその意味に気付いた。
麦酒ビール、ほしいの?」
 ビーがそう確かめると、ズワワはコクリとうなずいた。

 ウルク国において、普段の生活であろうと行軍時であろうと、何はなくても麦酒ビールは欠かせない。
 部隊の物資にはまだまだ麦酒ビールのストックがあったので、ズワワを交えて宴会をもよおすという形で、ビーたちは杉一本を譲り受けることができた。
(もうちょっと話し合いができてれば、わりと簡単に済んだ気がしないでもないが……)
 そう思いそうになったが、勇男はそれ以上は考えないでおくことにした。
 宴の光景をながめていれば、何であれ、終わり良ければ全て良し、と思えたからだ。
「さてと、じゃあオレも焼きハゲタカを―――」
「イサオー!」
 立ち上がろうとしていた勇男の元へ、ビーが満面の笑みで走りこんできた。
「ビー……」
 普通なら勇男も笑顔で迎えるところだが、
「あれ?」
 違和感から勇男は首をかしげた。
 ビーは全くスピードをゆるることなく、勇男に向かって一直線に走ってきていた。
「イサオー!」
「ビー!? ちょっ! 止まれ! 止ま―――」
 勇男が制止するよりも速く、ビーのひたいが勇男の胸板に直撃していた。
「あれ? イサオは?」
 いきなり眼前から消えてしまった勇男を、ビーは不思議そうにして辺りを見回す。
 当の勇男はというと、ビーの前方100メートルほど先の平野で痙攣けいれんしながら倒れていた。
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