荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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レバノン杉騒動

戦いの後 その2

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 話は戦いが終わった直後までさかのぼる。
「うぅ……うぐ……」
 上体を起こしたズワワは、まだ麦酒ビールの酔いと、巨木による一撃が効いているのか、手でひたいを押さえてしきりに頭を振っている。
 そして勇男いさおはというと、
「うぅ~……ん~……」
 エーラとビーが地面から掘り起こしてくれたが、頭のタンコブと全身骨折のせいで、負傷者用のき物に寝かされてうなっていた。
「ごめんねイサオ。大丈夫?」
「スゴい有様ありさまだな。たぶんお前より怪我した奴ほかにいないぞ」
「うぅ~ん~……」
 何とか返事をしたかった勇男だったが、さすがに怪我がこたえているので、唸る程度がせいぜいだった。
「そいづ、そんなになっでも生ぎでるだが?」
 ようやく状態が落ち着いてきたズワワが、満身創痍まんしんそういの勇男を不思議そうに見ていた。
「何者だが、そいづ。そんなぢがら持ったひどなんが、ごれまで一度いぢども見だごどがねぇ。お前だぢも」
 勇男の次に、ズワワはビーとエーラを交互に見た。ビーの力は言わずもがな、エーラの力にしても、ズワワにとっては既知きちを上回る強さだった。
「いや、おでは負げだ。言いわげはしない」
 ズワワは両拳を地面に立てると、勇男、ビー、エーラの前に頭を差し出すポーズをした。謝罪をするような体勢である。
「? なに?」
 ズワワの行動にビーが首はかしげた。
「お前だぢのぢだ。ごのぐびれ。ごの山の杉も獲っでいい。だが、せめで半分、いや二割でいい。山に杉をのごしでほしい。おどうが討ぢられでがらは、ほんのわずがに残っだがらごごまで育でだ。何も無ぐなっださびしい山に戻るのはしのびない」
 おのれの首を差し出そうとするズワワの言葉は、戦いの時とは打って変わって静かな分、切実さを帯びていた。
 ハトゥアや兵士たちも、ズワワの言葉にウルク国の過去を思い出したのか、もの悲しい表情を浮かべている。
 だが、ビーだけは、
「そんなにいらない。あれだけほしい」
 最初に切り倒した杉の一本を指差し、物怖ものおじせずにそう言った。
「!? お前だぢ、山の杉、ぐそうどしでだんじゃないのが?」
「一本だけあったらいい。だからあれだけほしい。お願い!」
 ズワワに対し、ビーはペコリと頭を下げた。
「守護神ズワワよ!」
 ビーが頭を下げて願い出ているのを見たハトゥアは、すぐにビーの横にやって来ると、ズワワの前にひざまずいた。
「あなたの守る山に入った非礼は、ウルク国の民総たみすべてがおび申し上げる! 過去のこともゆるさないままでいい! だが此度こたび、この杉一本を頂戴ちょうだいできまいか! 国の行く末を左右するこの一本を頂戴できたあかつきには、ウルク国が差し出せるものは如何いかなるものでも差し出そう! 王の命以外なら如何なるものでも!」
「……ハトゥア」
 ビーは横で跪くハトゥアの名前をつぶやいたが、勇男とエーラの位置からは、その表情はうかがうことはできなかった。
「……何でもいいのが?」
「王の命以外なら!」
 ハトゥアの言葉からは、この場で自分の命もす覚悟がにじみ出ていた。
 そして、それは後方にひかえる兵士たちも同じだったようで、無言ではあったが全員が死をも恐れない目をしていた。
「……がっだ。あの杉はお前だぢにやる。そのわり―――」
 ズワワは納得した様子でみずからの条件をげた。
 それは、ハトゥアたちを別の意味で驚かせるものだった。
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